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第二章 三年前
私の婚約者
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【11】
昼食を済ませ、身支度を整え終えた頃、母が迎えに来て久しぶりに部屋から出た私は廊下を見渡し父の姿がないことを確認する。そんな私に気付いた母が
「大丈夫よ、安心なさい? 父親には隠れて覗き見するのも駄目だと念を押して言ってあるし、第一騎士団隊長にも見張ってもらっているから。それでもまだ来るようであれば、今度は娘と同様に私も同じことをしてやるわ!と言って約束させたから心配ないと思うわ」
確かにそれならと母の言葉に納得する。それでなくとも娘に無視されているのに、その上母にまで無視をされてしまう事は父の望むところではない。だから母との約束は絶対に守るはずだ。
廊下を歩いて庭の方へと近付いて行くにつれ、段々と気持ちが ざわついてくる。ユーリウス王子と会うのは実に数ヶ月ぶりだ。しかし私はその数ヶ月の間、自分に婚約者がいることなど すっかり忘れて意識すらしていなかった。
昨年までの私ならばユーリウス王子と面会することが分かると、嬉しすぎて はしゃぎまくっていたものだが、今は自分でも分からない心境の変化で、決して彼が嫌いになったわけではないのに会う事を避けたいという気持ちの方が強くなる。
それに一つ懸念があるのは、クラウスが城に来てはいないかという事だ。ユーリウス王子とクラウスを会わせたくはない。けれどもしクラウスが来たら、王族して彼がユーリウス王子と顔を会わせるのは礼儀作法として必須になる。
もし今ここにクラウスが現れたら
私は…………
「………母様。今日はクラウスは来ているの?」
私がボソッと小さな声で聞くと、母は歩きながら私の方を見る。
「いいえ、今日は来てはいないわ。何でも近々、薬学研究の大きな集会があるので忙しいみたいね。だから心配しなくても大丈夫よ。それにもしクラウスが来たとしてもあんたの方には行かせないから安心なさい?」
それを聞いて心底ホッとする。そして母は私のそんな心境を理解してくれているようにも思えた。
それはともかくユーリウス王子には私の元気な姿を見せて早々に帰国してもらおう。彼は多忙な身の上、それを私のご機嫌伺いなどの為に、貴重な時間を費やすことなどない。ーーと、私は自分の心の内を誤魔化すかのように、そんな正当な理由付けを脳裏に擦り込んで、考える事を押し込めた。
*****
庭のテラスへ出ると既にテーブルセッティングが出来ており、そこにはユーリウス王子とお付きの騎士であろう二人が立ち話をしていて、こちらに気付くと彼等は私達の方に優雅に歩いて来た。
「ーーご機嫌よう。お待たせ致しまして申し訳ありませんわ」
母が淑女の挨拶をとるのと同時に私も同じく挨拶の礼をとる。するとユーリウス王子とお付きの騎士達も礼を返し、王子はその美しい顔に笑顔を見せる。
「いいえ、我等も今来たばかりですので お気になさることはありません。こちらの方こそ突然の来訪でしたのに、このような貴重なお時間を頂けたことを大変光栄に思っております」
「まあ、それはこちらが申し上げなくてはならない言葉ですわ。ユーリウス王太子様におかれましてはご多忙なお身の上でいらっしゃいますのに、我が娘の為にその貴重なお時間を割いてまで こうしてお見舞い下さいました事、心より感謝致しますわ。おかげさまで娘もこの通り元気でおりますので、ご心配には及びませんわ」
母の言葉を聞いてユーリウス王子は頷くと、今度は私にその優しい表情を向ける。
「ええ、こうして姫のお姿を拝見して安心致しました。ーーリルディア姫、お久しぶりです。ずっと伏せっておいでだとお聞きしておりましたが、お体の具合は如何ですか?」
「ご機嫌よう、ユーリウス王太子殿下。わざわざ遠い所を私のお見舞いの為に ご来訪下さいましたこと心より感謝致します。ご心配をおかけ致しましたが、私はこの通り元気でおりますわ。伏せっているなどと周りが大袈裟に申しているだけですの。本当に大した事はございませんのよ?」
ユーリウス王子の母国セルリアでは、王女の事を『姫』と呼ぶのが慣例であるので、ブランノアのように『王女』という呼称は殆ど使われてはいない。なので普段より聞き慣れてはいない『姫』などと呼ばれると、何だか こそばゆいような、ちょっと変な感じだ。
「そうなのですか? ーーそれでも少し、おやつれになったようにも お見受け致します。どこかご無理をされていらっしゃるのではありませんか?」
心配そうに私の体を気遣うユーリウス王子に、私は首を大きく横に振る。
「大丈夫ですわ。ええ、もうこの通り、全く無理などしてはおりませんとも。ご心配には及びませんわ」
確かに本当に痩せてはいたので実際、やつれたように見えたのかもしれないが、これはユーリウス王子の心配するような体調が悪いという事が原因ではなくて、実のところ父への当て付けで半分断食をしていたので、特にここ最近は甘いお菓子の食べ過ぎで少し太ってきたような気もしていたから、これは丁度良い機会だと不機嫌気分の勢いに乗っかって本格的に減量をしていたら、つい夢中になってしまい、母に止められたのはつい昨日のことだ。そういう訳なので本当の理由を明かすわけにはいかない。
すると母が会話の間に入ってくれる。
「まあ、立ち話もなんですし、どうぞ お座りになって下さいな。お茶も冷めてしまっては美味しくありませんもの」
母の言葉にそれまで控えていた執事と侍女達が一斉に動き出す。そして私達は席に着くと、お茶の時間を開始したのだった。
*****
そうして私達はお茶を飲みながらお互いの国の世間話など特に当たり障りのない会話をしていたが、そんな折り、突然母が席を離れると言う。
「か、母様!?」
私は席を離れようとする母を止めようと慌てて声を掛ける。
「直ぐに戻るわ。向こうの様子を確認してくるだけよ。いくら約束させていても、もしかしたらって事もあるでしょ? それに他の懸念もあることだし、やっぱり気になるから確認してくるわ。だからその間、あんたはユーリウス王子にお庭をご案内して差し上げなさいな。
ーーユーリウス王子。申し訳ありませんが、私は少し席を外させて頂きますわ。娘に庭を案内させますので少しの間、我が娘の相手をお願いできますかしら?」
!?
母様!? 一体どういうつもり!? 私だけを置いて行くなんて! しかも庭を案内?? 私の心境を理解してくれていたんじゃないの!?
慌てる私を他所に母はユーリウス王子にニッコリと微笑むと、ユーリウス王子も快く快諾する。
「ええ、勿論です。リルディア姫。もしご迷惑でなければご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「え? え、ええ。でもセルリアのお城の美しいお庭に比べたら、大したことのない普通の庭ですのよ? 本当によろしいのかしら?」
自然との調和を大事にしている自然国家と呼ばれるセルリアーー
その王城の庭は他のどこにも類を見ないほど、見事なまでに大変美しい庭だったことを覚えている。
それに対し我が国ブランノアは武力主体の国家であり、城内にある大きな庭などは騎士達や兵士達の訓練場となっていて、今私達のいるこの庭は私達親子に与えられている唯一の私庭であり、しかも貴族の屋敷の庭とさほど変わらない ごく普通の庭だ。それを案内などとは かえって失礼にあたるのではないだろうか?
「大したことがないなどと、そんなことはありません。ここのお庭も手入れの行き届いた大変素晴らしいお庭ではありませんか。きっと庭師の腕がよろしいのですね。姫、是非ともお願いできますか?」
「え、ええ、ユーリウス王子がよろしいのでしたら、ご案内致しますわ」
「ありがとうございます。姫とご一緒させて頂けること、大変光栄に思います」
このユーリウス王子という人は大変、紳士的で丁寧で女性への接し方がすごく優しい。だから私のような言動や態度が大人ぶっている子供にでさえも、きちんと女性としての対応をとってくれる。しかも王子は絶世の美女ならぬ絶世の美男子で、ふと気付けば周囲の侍女達が平静を装いながらもチラチラと王子の姿を垣間見ている。多分今日は城内で働く女性達の間で、この美しい王子の話題が持ちきりになるだろう。
以前、王子が来訪した時も特に若い侍女達が色めきたって騒ぐものだから年配の侍女頭が騒ぎを鎮めるのに相当手を焼いたらしい。だから侍女頭には気の毒だが、今回もまた同じ事になるに違いない。
………お疲れ様。でも彼を呼んだのは私ではないのよ? ………全てお父様のせいよ?
そうして私はというと、そんなユーリウス王子と我が城の庭を散策することに。無論、王子のお付きの騎士達はついては来ないので私は必然的に王子と二人っきりだ。
それでも以前までの私であるならそんな状況に嬉しくて舞い上がっていたのだろうが、一年も経つと私も大人になったものだ。はしゃぐどころか現在、自分の心境の変化もあって、王子と二人っきりという状況が正直きつい。
だから「お付きの方々もご一緒に」と半ば強引に同行を勧めたのだが、彼のお付きの騎士達は私達に気を遣い自分達も「用を足してくる」と言って、私が留める間もなく足早に逃げられて?しまったので、それなのに私だけが自分のところの騎士や侍女達をぞろぞろと連れて歩くわけにもいかず、ーー結局、こういう状況になってしまった。
ああ、本当に何を話せば良いのだろう? 相手は19歳の大人の男性だし、まさか貴族の令嬢達とのお決まりの話題である噂話や恋バナなどをするわけにもいかない。
「あ、あの、ユーリウス王子、今日は本当に良いお天気ですわね?」
お天気など見れば分かるが、天気類いの話というのは一番話しかけやすい話題と決まっている。
「ええ、本当に。おかげでこうして姫と歩けるのですから、私は天に感謝しなくてはなりませんね」
ユーリウス王子はそんな私のありきたりな天気の話でさえも丁寧に笑顔で返してくれる。
それにしてもここ数ヶ月会わない間に、王子の美貌は更に拍車がかかって、お日様の光を背に受けた その微笑みは神々しく、今の今まで彼の存在を忘れていた私がその姿を見る事は罰当たりのような気がして、なるべく王子の顔を直視しないように視線を逸らす。
そんなブランノアの貴族や巷の間では密かに格付けランキングなるものが存在する。その中の一つに『格好良い男性(独身)』ランキングというのがあって、勿論、国内外認める不動の第一位が、このセルリアのユーリウス王子だ。
きっと後日、私はお茶会の席で貴族のご令嬢達から今日の王子の訪問の事で質問攻めに合うに違いない。それというのもご令嬢達は皆、この手の話が大好きだ。私は他人の恋愛話を聞く分には面白いのでいつも聞き役に徹しているが、私自身の事になると聞かれてもよく分からないので正直、私に話を振るのはやめて欲しいところだ。それなのにご令嬢達は何かにつけて私の話を聞きたがるから困ってしまう。
どうやら彼女達には私は恋愛経験豊富者のように見えるらしく、当の私はまだ恋愛経験はおろか年齢すらも子供の領域から出てはいないというのに、全くもって傍迷惑な勘違いである。
それでもお付き合い程度に仕方なく私がユーリウス王子との事を話すと、皆、忽ちその目がキラキラと言うよりは、まさにギラギラと期待に満ちた瞳を輝かせて身を乗り出して次々に質問してくる。
皆、子供に何を期待しているんだか。そしてどれだけ恋バナ好きなんだ。
しかもいくら期待されようにも恋愛経験皆無の私にはご令嬢達が聞きたい話など出来るはずもなく、皆は私が王女だからそんな私的な事は話せないのだと、こちらの都合良く解釈しているようなので助かってはいるが、どうやら私のユーリウス王子に対する好意は彼女達の恋愛話を聞いていると、どうも“恋愛感情”のそれとは違う様な気がしてならない。
確かにユーリウス王子は容姿端麗で大人で優しくて貴族のご令嬢達や他の女性達の憧れの存在で、そんな王子を婚約者にしている私は常に彼に憧れる女性達から羨望の眼差しを送られている。それに関しては私も鼻が高いし自慢気な気持ちもある。だから世の女性達と同様に素敵だとか格好良いと言うような憧れる気持ちは確かにあるにはあるのだが、その好意は全く軽い気持ちのものだ。
ーー以前、既婚者となった年上の貴族令嬢にそれとなく恋愛の定義を聞いた事がある。その彼女が言うには恋愛感情を本格的に自覚するのは年齢にして15、6歳くらいからが多いのだそうだ。しかし貴族間では政略結婚が主流なので、恋愛を伴う愛情は結婚してから育つのだという。だから私とユーリウス王子もそういうものなのだとは思うが、今ではそれが本当に良いのかどうか考えると分からなくなってくる。しかも私はクラウスの結婚を反対しておきながら、その自分には婚約者がいるってどうなんだ?ーーとも思う。
今の私には自分が結婚するなどと全くもって自覚は無い。まして16歳で嫁ぐなど絵空事のようだとも思っているのに、この婚姻は両国同士で既に正式に『契約』成立されているので、私が16歳を迎えた頃には確実に婚姻は実行される。そして私はセルリアの次期国王でもあるユーリウス王太子の妃となる。
それは自ら望み、他国に対しても絶対的な父の権力を行使してまで手に入れた未来の王妃の席だというのに、今は以前の私とは違い、それまでは大して意識もしてこなかったという事もあるが、その事実が今頃になって重く圧し掛かってくるようにさえ思えた。
だからなのだろうか? ユーリウス王子の来訪は ますます私の気分を重くする。決して彼を嫌いなわけじゃない。けれど彼を見ると、どうしてもその事実を突き付けられているようで、彼を避けたい気持ちが沸々と沸き上がってくる。
「あの、ユーリウス王子。今回のご訪問はお父様が無理を言って貴方を呼びつけてしまったのでしょう? 本当に ご迷惑をお掛け致しましたわ。後で父には二度とこのような事をなさらない様、苦言しておきますので、どうかご容赦下さいませ」
すると隣で私の歩調に合わせてゆっくりと歩いていたユーリウス王子は足を止めると、クスッと小さく笑う。
「それは困りましたね。それでは私が姫に面会する口実が無くなってしまう」
「え?」
予想外の返答が返ってきてーーいや、社交辞令かもしれないが、私も歩くのを止め、そのまま彼の方を見上げた。するとそこには私を見つめて微笑むユーリウス王子の優しい視線があり、私の心臓は思わずドキッと跳ね上がってしまった。
ーーこれは不可抗力だ。美形の王子様の笑顔は乙女の心臓への破壊力が半端ない!!
「それよりも姫、今は二人だけです。そろそろいつもの姫の話し方に戻られては如何ですか? その方が貴女らしい」
「ーーこれでも王女なのだけれど、まあ、いいわ。貴方がそれで良いのなら私もその方が話しやすいし。それじゃあ、貴方の方はいつもの話し方は禁止ね?」
私は淑女の言葉使いをやめていつもの言葉使いに戻す。彼は私の口の悪さも市井言葉を使う事も既に知っているので、私は王子と二人だけの時には大抵その話し方で接していた。
本来、他国の王族に対して一国の王女が使う言葉使いではないが、畏まった話し方は社交辞令みたいで嫌だったので、王子にも敬語で話すのはやめてもらった。
そんなユーリウス王子の普段からの言葉使いは敬語が基本なので、彼が私に対して唯一、敬語を使わずに話すことは、 私だけが彼の『特別』なのだという優越感に浸っていた時期も一時あったが、今ではそんな事はない。私もこの一年でかなり大人になった。
ユーリウス王子は再び小さく笑うと彼の言葉使いも変わる。
「ありがとう。そうしてもらえると嬉しいよ。それで先ほどの話なのだけれど、私は貴女のお父上に要請されたから訪問したというよりも、自分の目で貴女の様子を確認したくて自分の意思で訪問させてもらったから、お父上のことは私の中ではきっかけに過ぎない。
しかも頂いた親書には貴女はここしばらく ずっと部屋に閉じこもって伏せっていて、お母上以外の誰にも近付かせず、このままでは貴女が病気になってしまうと書いてあったから すごく驚いたよ。私は元気な貴女の姿しか知らないから、その貴女が伏せっているとは何事があったのかと心配で、貴女の様子を伺いに来たんだ。
けれど確かにこうして姫を拝見すると、以前お会いした時よりも少しやつれた様にも見える。本当に体の方は大丈夫? どこか無理をしているのではない? 私では役不足かもしれないけれど、いつでも姫の力になりたいと思っている。だから、もし何かあるのならどんな事でも相談して欲しい」
本当に心配そうに私の体調を気遣うユーリウス王子に私は後ろめたさを感じつつ、慌てて首を横に振る。
「ユーリウス王子、本当に大した事じゃないのよ。そこまで心配してもらうような事はないわ。体だって全然何ともないのよ? その、やつれて見えるのはーーええっと、何と言うか、もう言ってしまえば太り気味の女性によくある減量をしていたからなの。実は最近太ってきたような気がして気になっていたから、その減量を少々やり過ぎてしまっただけなのよ。
それに伏せっていたというのも全てお父様への当て付けで、数日前にお父様と喧嘩をしてしまって、本当に頭にきたから その報復の意味合いで、お父様に対して意地悪をしていただけなの。それなのにお父様ったら事を大袈裟にして、お忙しいユーリウス王子をわざわざ呼びつけるなんて許せないわ! 後できつく言っておかないと!」
私は再び色々と思い出し、無意識に眉間に皺を寄せて不機嫌になる。ユーリウス王子には大した事ではないとは言ったものの、私にとっては非常に重大な出来事で数日経った今でもまだ苛々は治まらない。しかしそれはユーリウス王子には全く関係のない事で、そんな身内の事情で彼に心配をかけてこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。ーーだから、やつれた原因も素直に話すことにした。
これを異性に話すのはかなり恥ずかしさを伴うが、伏せってやつれるなどと、そんなか弱い理由ではない事を説明しておかないと彼は他人を気遣う優しい人だ。きっと私の事で要らぬ心配をかけてしまう。それに伏せっていた理由も親子喧嘩という大した理由ではない事も強調しておく。細かい内容は絶対に言えないが、説明自体は嘘ではないので、これで彼には心置きなく自分の国に帰国してもらえるだろう。
それでも一つ懸念があるのはこの親子喧嘩の『理由』をユーリウス王子が聞いてしまうことだ。父が身内事情を他国の王子に話すとは思わないが、他の誰かの口から彼の耳に入るかもしれない。何といっても王城は“風の噂”が往来する場所だ。
まさか私の怒りの原因が叔父であるクラウスの結婚話から始まった事など、自分の婚約者に聞かせる話ではない。もしその事が彼の耳に入って、それに対して説明を求められても何も答えられないからだ。だから尚更ユーリウス王子には早々に帰国してもらわなければならない。
そんな不機嫌な表情を浮かべる私に、ユーリウス王子は少し困惑気味に微笑む。
「姫、お父上はそれだけ貴女の事が心配だったのではないかな? 私の事なら全く気にしなくていい。寧ろ、貴女に会う口実が出来て私は嬉しいと思っている。だから私の事でお父上を怒らないであげて欲しい。
ーーだけど姫、減量というのは私の母上や姉上達もよく気にされているけれど、やり過ぎというのはやはり体には良くないと思う。食事も摂らずに痩せていくのはかえって体に悪いし本当に病気になってしまう。幸い私の母上達はいつも途中で挫折してしまうので、それほど心配はしていないのだけれど、姫は何事にも一生懸命になってしまうから本当に心配なんだ。
現にこうしてやつれているし、お父上でなくとも皆、心配してしまう。それに姫は減量などしなくとも、そのままの姿で十分美しいと思う」
しかし私は首を横に振る。
「王子! それは甘いわ! 太った王女なんて世間的にも見られたものじゃなくってよ? 特に私なんか色々な意味で周囲の視線に晒されているから、体型が崩れて太った私を想像してごらんなさいな。間違いなく女として不名誉な噂が流れるに違いないし母様とだって並んで歩けなくなってしまうわ。それにユーリウス王子だって婚約者が“豚王女”だなんて、王子の沽券にも関わってくるわよ。きっと婚約者である事を恥じて死ぬほど後悔するに違いないわ!」
あ、でもそうか。それなら婚約を解消してもいいのかな? 世間だってこんなに綺な王子様の婚約者が“豚王女”だなんて絶対に納得しないわよね? それに もしこれで婚約解消って事になってもセルリアの体面は保てるのだし、万事問題ない。
………なんて、そんなわけがない!! 問題大ありだ!!
それには私が見るからに体型が変わってしまうほど太らなくてはならないという事で、そうなると私はユーリウス王子と婚約解消は出来るけれど、その引き換えとして私は世間から“豚王女”として噂されて馬鹿にされる。
それでなくとも我儘王女で通っているのに更に“豚王女”だなんて言われたら私の女としてのプライドが許さない。しかも もしそんな事になったら母譲りの美貌があるからこそ許されている態度や行為も周囲に一切通用しなくなってしまう。
それに当然貴族の令嬢達からは馬鹿にされ蔑まれて笑われるのは予側せずとも分かるし、何よりもそんな姿の私をクラウスの前に晒すのは絶対に嫌だ!!
私が内心、婚約解消と自分のプライドとで押し問答をしていることなど知る由もないユーリウス王子は本当に乙女の心臓に悪い笑顔を向けて笑う。
「ふふっ、姫は本当に素直で楽しい方だね。姫はたとえ体型が変わったとしても その美しさを損なう事はないよ。それに私は貴女がどんな姿になっても貴女の婚約者である事を恥じる事など絶対にないな。
ーーそうだな。それでもまだ姫が気にされるようなら、その時は私も同じ様に体型を変えて“豚王子”になることにするよ。そうすればお互い一緒だから姫が気にされる事など無くなるよね?」
それを聞いた私は自分の耳を疑わずにはいられなかった。そんな神様からも寵愛を受けているような美しい笑顔で、この王子様はさらっと恐ろしいことを仰る………
この世で最も美しく麗しい王子様が“豚王子”になるなどと誰が許すと言うのだろう。きっと神様だって許しはしない。もし私のせいでそんな事になったら、私が天罰を喰らう! ーーいや、それよりもこの世の美しいものを愛する全ての女性達から“抹殺”される!! それでなくとも王子の婚約者の席を父親の権力を使って強引に手に入れた私は今や女の敵に他ならないというのに!
私は思わずユーリウス王子の腕をガシッと掴んで、首を何度も大きく横に振る。
「駄目よ!! それは絶対に駄目っ!! ユーリウス王子は絶対にそのままでいて!! 貴方が“豚王子”の姿だなんて想像するのも恐ろしいし、そんなの神様だってお怒りになるわ! たとえ私の体型が崩れたとしても貴方がそんな姿になったら絶対に許さないから!! もしそうなったら直ぐにでも婚約解消するわ! これでも私は面食いなのよ。自分の夫にするのなら、見目の格好良い男性がいいわ!」
端から聞けば何とも自分勝手な話だ。王子は私がどんな体型になってしまっても気にしないと言ってくれているのに、その私は王子がそのままの姿でいなければ許さないと言うのだから。けれどそれが本心だからしょうがない。やはり美しいものは美しいままであって貰いたい。
私は王子とは違い俗物的な人間なので自分の恋人や婚約者を名乗る者が太って腹の出た男なんて絶対に御免だ。でもそうすると王子の方も私が考えていた“豚王子”計画を実行すれば、私との婚約を解消出来ると思うかもしれない? 現に今、私は王子にそんな姿になったら直ぐに婚約解消だと言ってのけたのだ。
そもそもこの婚約自体は、私が父の権力を行使して強引に王子を元婚約者から引き剥がした、いわば略奪婚約だ。今まで考えた事は無かったが、王子が不満に思っていてもおかしくはない。もしかしたらユーリウス王子は王子の幼馴染みだとかいう、あの侯爵令嬢の事を今でも愛しているかもしれないのに。
私に言わせれば、あんな良い子ぶりっ子令嬢など大嫌いだが、王子にとっては特別な存在だったのかもしれない。だから彼女の元へ戻りたいが為に本当に“豚王子”計画を実行するかもしれない。
何度も言うが駄目だ! それだけは絶対に阻止しなければ!! 王子にはやはり美しい王子のままでいて欲しい。だからもし王子が本当にそうするつもりでいるなら、王子の幸せの為にも婚約は解消しようと思う。
相手は大変気に入らないが、それでも王子が好きなら仕方がない。“人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られる”と誰かが言っていた。一体、どうやったらそのような状況になるのかは不思議ではあるが、それってつまりは馬で逃亡しようとする二人の後ろを追いかけて、その馬の後ろ足で蹴られるとでもいうのだろうか?
そんなの冗談じゃない!! もしそんな事になったら下手をしたら命さえ危ない!! そもそも、そんな間抜けな理由で死ぬのは嫌だ!!
だからユーリウス王子が令嬢と馬で駆け落ちしないよう、私は話し合いで解決しようと思う。一国の王族同士、何事も冷静に、だ。
間違っても二人の後を追いかけて馬の後ろ足でーーなんて事は決してない。それでなくとも馬の後方に立つ事は禁じられている。
私もこの一年で大人になった。嫌な事も“多少”なら我慢出来る………と思う。………多分。
だから王子が“豚王子”になるくらいなら婚約解消もやむを得ない事だ。
しかしそんな私の考えていた事とは裏腹にユーリウス王子の反応は驚くほどに違っていた。
ユーリウス王子は私に掴まれた腕をそのままに、その場に腰を落として膝をつくと、私の目線に合わせる体勢を取りふわりと優しく微笑む。
「クスッ、何だかそんな風に言われると、今にも妻に離縁されそうな夫の気分だな。それじゃあ私は姫に愛想を尽かされない様に、今の体型を維持していかなければいけないようだ。貴女には嫌われたくはないからね。でも先ほどの私の言葉は嘘じゃない。たとえ貴女がどんな姿であっても私はありのままの貴女が好きだ」
その殺人的ともいえる究極の優しい笑顔で美しい淡い灰色の瞳を向けられ、なるべく視線を合わせないようにしていたのに、間近でそれを見てしまった挙げ句、更にトドメとばかりに「好きだ」という言葉の武器が私の乙女の心臓をブッスリと容赦なく貫いた。
私はその場で一呼吸分の硬直と共に、思わずグラッと後ろによろめきそうになるのを堪える。しかも体の熱が一気に顔に集中し貫かれたままの心臓がドキドキと早鐘を打ち続けている。
ーーこのままだと出血多量で倒れる………いや、死ぬ!!
王子の「好き」は恋愛の好きとは違うのだと分かっている。王子が優しいのは誰に対しても同じだし、それに私はまだ子供で大人の王子からしてみれば妹のような存在だろう。それはよく分かってはいるのだけれど、王子の優しさは本人に自覚はなくとも女性には毒性が強いかもしれない。まして容姿端麗なこの姿だ。
恋愛を知らない子供の私でさえもこんなに胸がドキドキしてしまうのだから、これが王子の事を恋愛的に好きな女性なら今のような言葉を王子から掛けられでもしたらまず卒倒ものだろう。私も違うと分かっているはずなのに、思わず恋愛?と錯覚しそうになる。
ーーううっ、心臓が煩い。静まれ心臓!! 違うから! これは恋愛じゃないから! 彼にとって私はまだ子供なんだから。だから彼の「好き」はそういう意味じゃない。
私は自分の煩いくらい早鐘を打つ心臓にそう言い聞かせながら頭に集中した熱で おそらく真っ赤になっているであろう顔を誤魔化す為に、ユーリウス王子の視線から見えないように後ろを向いて掴んでいた王子の腕を強く引っ張って立ち上がるように促す。
「ユーリウス王子! いつまでもこんな所で立ち話も何だし、散策を続けましょう? ーーああ、そうだわ。あそこに見える東屋で ひと休みしましょうよ。歩いてお話をしていたら、私、少し疲れてしまったわ」
我ながら散策を続けようとか東屋で休もうとか、自分でもどっちなの?とも言えるが、この際、どうでもいい。とにかく、この現状を今すぐ変えたい。このままユーリウス王子の“攻撃”を受け続けていたら私の心臓は持ち堪えることが出来そうもない。
ユーリウス王子の事は勿論好きではあるが、この「好き」は王子と同様で恋愛感情などではない。けれど、こうしていると私の頭の中や心臓が勘違いをしてしまう恐れがある。それは王子にとって非常に迷惑千万でしかない。
慌てたようにその腕を引っ張って行く私に王子はクスクスと小さく笑っている。
「分かりました。では、そろそろ参りましょうか? そして貴女の仰る通り、あの東屋で一休み致しましょう。姫をこれ以上、疲れさせてしまうわけには いきませんから」
「ああ、もう! だから敬語は禁止って言ったでしょ? 自分でもそうして欲しいと言ったくせに」
私はチラッと王子の方に視線を向けると、やはり王子はまだ笑っている。
「ふふっ、そうだったね。それじゃあ、行こうか」
ユーリウス王子は私にされるがままに強引に引っ張られながら、私達は再び歩き始めた。
【11ー終】
昼食を済ませ、身支度を整え終えた頃、母が迎えに来て久しぶりに部屋から出た私は廊下を見渡し父の姿がないことを確認する。そんな私に気付いた母が
「大丈夫よ、安心なさい? 父親には隠れて覗き見するのも駄目だと念を押して言ってあるし、第一騎士団隊長にも見張ってもらっているから。それでもまだ来るようであれば、今度は娘と同様に私も同じことをしてやるわ!と言って約束させたから心配ないと思うわ」
確かにそれならと母の言葉に納得する。それでなくとも娘に無視されているのに、その上母にまで無視をされてしまう事は父の望むところではない。だから母との約束は絶対に守るはずだ。
廊下を歩いて庭の方へと近付いて行くにつれ、段々と気持ちが ざわついてくる。ユーリウス王子と会うのは実に数ヶ月ぶりだ。しかし私はその数ヶ月の間、自分に婚約者がいることなど すっかり忘れて意識すらしていなかった。
昨年までの私ならばユーリウス王子と面会することが分かると、嬉しすぎて はしゃぎまくっていたものだが、今は自分でも分からない心境の変化で、決して彼が嫌いになったわけではないのに会う事を避けたいという気持ちの方が強くなる。
それに一つ懸念があるのは、クラウスが城に来てはいないかという事だ。ユーリウス王子とクラウスを会わせたくはない。けれどもしクラウスが来たら、王族して彼がユーリウス王子と顔を会わせるのは礼儀作法として必須になる。
もし今ここにクラウスが現れたら
私は…………
「………母様。今日はクラウスは来ているの?」
私がボソッと小さな声で聞くと、母は歩きながら私の方を見る。
「いいえ、今日は来てはいないわ。何でも近々、薬学研究の大きな集会があるので忙しいみたいね。だから心配しなくても大丈夫よ。それにもしクラウスが来たとしてもあんたの方には行かせないから安心なさい?」
それを聞いて心底ホッとする。そして母は私のそんな心境を理解してくれているようにも思えた。
それはともかくユーリウス王子には私の元気な姿を見せて早々に帰国してもらおう。彼は多忙な身の上、それを私のご機嫌伺いなどの為に、貴重な時間を費やすことなどない。ーーと、私は自分の心の内を誤魔化すかのように、そんな正当な理由付けを脳裏に擦り込んで、考える事を押し込めた。
*****
庭のテラスへ出ると既にテーブルセッティングが出来ており、そこにはユーリウス王子とお付きの騎士であろう二人が立ち話をしていて、こちらに気付くと彼等は私達の方に優雅に歩いて来た。
「ーーご機嫌よう。お待たせ致しまして申し訳ありませんわ」
母が淑女の挨拶をとるのと同時に私も同じく挨拶の礼をとる。するとユーリウス王子とお付きの騎士達も礼を返し、王子はその美しい顔に笑顔を見せる。
「いいえ、我等も今来たばかりですので お気になさることはありません。こちらの方こそ突然の来訪でしたのに、このような貴重なお時間を頂けたことを大変光栄に思っております」
「まあ、それはこちらが申し上げなくてはならない言葉ですわ。ユーリウス王太子様におかれましてはご多忙なお身の上でいらっしゃいますのに、我が娘の為にその貴重なお時間を割いてまで こうしてお見舞い下さいました事、心より感謝致しますわ。おかげさまで娘もこの通り元気でおりますので、ご心配には及びませんわ」
母の言葉を聞いてユーリウス王子は頷くと、今度は私にその優しい表情を向ける。
「ええ、こうして姫のお姿を拝見して安心致しました。ーーリルディア姫、お久しぶりです。ずっと伏せっておいでだとお聞きしておりましたが、お体の具合は如何ですか?」
「ご機嫌よう、ユーリウス王太子殿下。わざわざ遠い所を私のお見舞いの為に ご来訪下さいましたこと心より感謝致します。ご心配をおかけ致しましたが、私はこの通り元気でおりますわ。伏せっているなどと周りが大袈裟に申しているだけですの。本当に大した事はございませんのよ?」
ユーリウス王子の母国セルリアでは、王女の事を『姫』と呼ぶのが慣例であるので、ブランノアのように『王女』という呼称は殆ど使われてはいない。なので普段より聞き慣れてはいない『姫』などと呼ばれると、何だか こそばゆいような、ちょっと変な感じだ。
「そうなのですか? ーーそれでも少し、おやつれになったようにも お見受け致します。どこかご無理をされていらっしゃるのではありませんか?」
心配そうに私の体を気遣うユーリウス王子に、私は首を大きく横に振る。
「大丈夫ですわ。ええ、もうこの通り、全く無理などしてはおりませんとも。ご心配には及びませんわ」
確かに本当に痩せてはいたので実際、やつれたように見えたのかもしれないが、これはユーリウス王子の心配するような体調が悪いという事が原因ではなくて、実のところ父への当て付けで半分断食をしていたので、特にここ最近は甘いお菓子の食べ過ぎで少し太ってきたような気もしていたから、これは丁度良い機会だと不機嫌気分の勢いに乗っかって本格的に減量をしていたら、つい夢中になってしまい、母に止められたのはつい昨日のことだ。そういう訳なので本当の理由を明かすわけにはいかない。
すると母が会話の間に入ってくれる。
「まあ、立ち話もなんですし、どうぞ お座りになって下さいな。お茶も冷めてしまっては美味しくありませんもの」
母の言葉にそれまで控えていた執事と侍女達が一斉に動き出す。そして私達は席に着くと、お茶の時間を開始したのだった。
*****
そうして私達はお茶を飲みながらお互いの国の世間話など特に当たり障りのない会話をしていたが、そんな折り、突然母が席を離れると言う。
「か、母様!?」
私は席を離れようとする母を止めようと慌てて声を掛ける。
「直ぐに戻るわ。向こうの様子を確認してくるだけよ。いくら約束させていても、もしかしたらって事もあるでしょ? それに他の懸念もあることだし、やっぱり気になるから確認してくるわ。だからその間、あんたはユーリウス王子にお庭をご案内して差し上げなさいな。
ーーユーリウス王子。申し訳ありませんが、私は少し席を外させて頂きますわ。娘に庭を案内させますので少しの間、我が娘の相手をお願いできますかしら?」
!?
母様!? 一体どういうつもり!? 私だけを置いて行くなんて! しかも庭を案内?? 私の心境を理解してくれていたんじゃないの!?
慌てる私を他所に母はユーリウス王子にニッコリと微笑むと、ユーリウス王子も快く快諾する。
「ええ、勿論です。リルディア姫。もしご迷惑でなければご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「え? え、ええ。でもセルリアのお城の美しいお庭に比べたら、大したことのない普通の庭ですのよ? 本当によろしいのかしら?」
自然との調和を大事にしている自然国家と呼ばれるセルリアーー
その王城の庭は他のどこにも類を見ないほど、見事なまでに大変美しい庭だったことを覚えている。
それに対し我が国ブランノアは武力主体の国家であり、城内にある大きな庭などは騎士達や兵士達の訓練場となっていて、今私達のいるこの庭は私達親子に与えられている唯一の私庭であり、しかも貴族の屋敷の庭とさほど変わらない ごく普通の庭だ。それを案内などとは かえって失礼にあたるのではないだろうか?
「大したことがないなどと、そんなことはありません。ここのお庭も手入れの行き届いた大変素晴らしいお庭ではありませんか。きっと庭師の腕がよろしいのですね。姫、是非ともお願いできますか?」
「え、ええ、ユーリウス王子がよろしいのでしたら、ご案内致しますわ」
「ありがとうございます。姫とご一緒させて頂けること、大変光栄に思います」
このユーリウス王子という人は大変、紳士的で丁寧で女性への接し方がすごく優しい。だから私のような言動や態度が大人ぶっている子供にでさえも、きちんと女性としての対応をとってくれる。しかも王子は絶世の美女ならぬ絶世の美男子で、ふと気付けば周囲の侍女達が平静を装いながらもチラチラと王子の姿を垣間見ている。多分今日は城内で働く女性達の間で、この美しい王子の話題が持ちきりになるだろう。
以前、王子が来訪した時も特に若い侍女達が色めきたって騒ぐものだから年配の侍女頭が騒ぎを鎮めるのに相当手を焼いたらしい。だから侍女頭には気の毒だが、今回もまた同じ事になるに違いない。
………お疲れ様。でも彼を呼んだのは私ではないのよ? ………全てお父様のせいよ?
そうして私はというと、そんなユーリウス王子と我が城の庭を散策することに。無論、王子のお付きの騎士達はついては来ないので私は必然的に王子と二人っきりだ。
それでも以前までの私であるならそんな状況に嬉しくて舞い上がっていたのだろうが、一年も経つと私も大人になったものだ。はしゃぐどころか現在、自分の心境の変化もあって、王子と二人っきりという状況が正直きつい。
だから「お付きの方々もご一緒に」と半ば強引に同行を勧めたのだが、彼のお付きの騎士達は私達に気を遣い自分達も「用を足してくる」と言って、私が留める間もなく足早に逃げられて?しまったので、それなのに私だけが自分のところの騎士や侍女達をぞろぞろと連れて歩くわけにもいかず、ーー結局、こういう状況になってしまった。
ああ、本当に何を話せば良いのだろう? 相手は19歳の大人の男性だし、まさか貴族の令嬢達とのお決まりの話題である噂話や恋バナなどをするわけにもいかない。
「あ、あの、ユーリウス王子、今日は本当に良いお天気ですわね?」
お天気など見れば分かるが、天気類いの話というのは一番話しかけやすい話題と決まっている。
「ええ、本当に。おかげでこうして姫と歩けるのですから、私は天に感謝しなくてはなりませんね」
ユーリウス王子はそんな私のありきたりな天気の話でさえも丁寧に笑顔で返してくれる。
それにしてもここ数ヶ月会わない間に、王子の美貌は更に拍車がかかって、お日様の光を背に受けた その微笑みは神々しく、今の今まで彼の存在を忘れていた私がその姿を見る事は罰当たりのような気がして、なるべく王子の顔を直視しないように視線を逸らす。
そんなブランノアの貴族や巷の間では密かに格付けランキングなるものが存在する。その中の一つに『格好良い男性(独身)』ランキングというのがあって、勿論、国内外認める不動の第一位が、このセルリアのユーリウス王子だ。
きっと後日、私はお茶会の席で貴族のご令嬢達から今日の王子の訪問の事で質問攻めに合うに違いない。それというのもご令嬢達は皆、この手の話が大好きだ。私は他人の恋愛話を聞く分には面白いのでいつも聞き役に徹しているが、私自身の事になると聞かれてもよく分からないので正直、私に話を振るのはやめて欲しいところだ。それなのにご令嬢達は何かにつけて私の話を聞きたがるから困ってしまう。
どうやら彼女達には私は恋愛経験豊富者のように見えるらしく、当の私はまだ恋愛経験はおろか年齢すらも子供の領域から出てはいないというのに、全くもって傍迷惑な勘違いである。
それでもお付き合い程度に仕方なく私がユーリウス王子との事を話すと、皆、忽ちその目がキラキラと言うよりは、まさにギラギラと期待に満ちた瞳を輝かせて身を乗り出して次々に質問してくる。
皆、子供に何を期待しているんだか。そしてどれだけ恋バナ好きなんだ。
しかもいくら期待されようにも恋愛経験皆無の私にはご令嬢達が聞きたい話など出来るはずもなく、皆は私が王女だからそんな私的な事は話せないのだと、こちらの都合良く解釈しているようなので助かってはいるが、どうやら私のユーリウス王子に対する好意は彼女達の恋愛話を聞いていると、どうも“恋愛感情”のそれとは違う様な気がしてならない。
確かにユーリウス王子は容姿端麗で大人で優しくて貴族のご令嬢達や他の女性達の憧れの存在で、そんな王子を婚約者にしている私は常に彼に憧れる女性達から羨望の眼差しを送られている。それに関しては私も鼻が高いし自慢気な気持ちもある。だから世の女性達と同様に素敵だとか格好良いと言うような憧れる気持ちは確かにあるにはあるのだが、その好意は全く軽い気持ちのものだ。
ーー以前、既婚者となった年上の貴族令嬢にそれとなく恋愛の定義を聞いた事がある。その彼女が言うには恋愛感情を本格的に自覚するのは年齢にして15、6歳くらいからが多いのだそうだ。しかし貴族間では政略結婚が主流なので、恋愛を伴う愛情は結婚してから育つのだという。だから私とユーリウス王子もそういうものなのだとは思うが、今ではそれが本当に良いのかどうか考えると分からなくなってくる。しかも私はクラウスの結婚を反対しておきながら、その自分には婚約者がいるってどうなんだ?ーーとも思う。
今の私には自分が結婚するなどと全くもって自覚は無い。まして16歳で嫁ぐなど絵空事のようだとも思っているのに、この婚姻は両国同士で既に正式に『契約』成立されているので、私が16歳を迎えた頃には確実に婚姻は実行される。そして私はセルリアの次期国王でもあるユーリウス王太子の妃となる。
それは自ら望み、他国に対しても絶対的な父の権力を行使してまで手に入れた未来の王妃の席だというのに、今は以前の私とは違い、それまでは大して意識もしてこなかったという事もあるが、その事実が今頃になって重く圧し掛かってくるようにさえ思えた。
だからなのだろうか? ユーリウス王子の来訪は ますます私の気分を重くする。決して彼を嫌いなわけじゃない。けれど彼を見ると、どうしてもその事実を突き付けられているようで、彼を避けたい気持ちが沸々と沸き上がってくる。
「あの、ユーリウス王子。今回のご訪問はお父様が無理を言って貴方を呼びつけてしまったのでしょう? 本当に ご迷惑をお掛け致しましたわ。後で父には二度とこのような事をなさらない様、苦言しておきますので、どうかご容赦下さいませ」
すると隣で私の歩調に合わせてゆっくりと歩いていたユーリウス王子は足を止めると、クスッと小さく笑う。
「それは困りましたね。それでは私が姫に面会する口実が無くなってしまう」
「え?」
予想外の返答が返ってきてーーいや、社交辞令かもしれないが、私も歩くのを止め、そのまま彼の方を見上げた。するとそこには私を見つめて微笑むユーリウス王子の優しい視線があり、私の心臓は思わずドキッと跳ね上がってしまった。
ーーこれは不可抗力だ。美形の王子様の笑顔は乙女の心臓への破壊力が半端ない!!
「それよりも姫、今は二人だけです。そろそろいつもの姫の話し方に戻られては如何ですか? その方が貴女らしい」
「ーーこれでも王女なのだけれど、まあ、いいわ。貴方がそれで良いのなら私もその方が話しやすいし。それじゃあ、貴方の方はいつもの話し方は禁止ね?」
私は淑女の言葉使いをやめていつもの言葉使いに戻す。彼は私の口の悪さも市井言葉を使う事も既に知っているので、私は王子と二人だけの時には大抵その話し方で接していた。
本来、他国の王族に対して一国の王女が使う言葉使いではないが、畏まった話し方は社交辞令みたいで嫌だったので、王子にも敬語で話すのはやめてもらった。
そんなユーリウス王子の普段からの言葉使いは敬語が基本なので、彼が私に対して唯一、敬語を使わずに話すことは、 私だけが彼の『特別』なのだという優越感に浸っていた時期も一時あったが、今ではそんな事はない。私もこの一年でかなり大人になった。
ユーリウス王子は再び小さく笑うと彼の言葉使いも変わる。
「ありがとう。そうしてもらえると嬉しいよ。それで先ほどの話なのだけれど、私は貴女のお父上に要請されたから訪問したというよりも、自分の目で貴女の様子を確認したくて自分の意思で訪問させてもらったから、お父上のことは私の中ではきっかけに過ぎない。
しかも頂いた親書には貴女はここしばらく ずっと部屋に閉じこもって伏せっていて、お母上以外の誰にも近付かせず、このままでは貴女が病気になってしまうと書いてあったから すごく驚いたよ。私は元気な貴女の姿しか知らないから、その貴女が伏せっているとは何事があったのかと心配で、貴女の様子を伺いに来たんだ。
けれど確かにこうして姫を拝見すると、以前お会いした時よりも少しやつれた様にも見える。本当に体の方は大丈夫? どこか無理をしているのではない? 私では役不足かもしれないけれど、いつでも姫の力になりたいと思っている。だから、もし何かあるのならどんな事でも相談して欲しい」
本当に心配そうに私の体調を気遣うユーリウス王子に私は後ろめたさを感じつつ、慌てて首を横に振る。
「ユーリウス王子、本当に大した事じゃないのよ。そこまで心配してもらうような事はないわ。体だって全然何ともないのよ? その、やつれて見えるのはーーええっと、何と言うか、もう言ってしまえば太り気味の女性によくある減量をしていたからなの。実は最近太ってきたような気がして気になっていたから、その減量を少々やり過ぎてしまっただけなのよ。
それに伏せっていたというのも全てお父様への当て付けで、数日前にお父様と喧嘩をしてしまって、本当に頭にきたから その報復の意味合いで、お父様に対して意地悪をしていただけなの。それなのにお父様ったら事を大袈裟にして、お忙しいユーリウス王子をわざわざ呼びつけるなんて許せないわ! 後できつく言っておかないと!」
私は再び色々と思い出し、無意識に眉間に皺を寄せて不機嫌になる。ユーリウス王子には大した事ではないとは言ったものの、私にとっては非常に重大な出来事で数日経った今でもまだ苛々は治まらない。しかしそれはユーリウス王子には全く関係のない事で、そんな身内の事情で彼に心配をかけてこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。ーーだから、やつれた原因も素直に話すことにした。
これを異性に話すのはかなり恥ずかしさを伴うが、伏せってやつれるなどと、そんなか弱い理由ではない事を説明しておかないと彼は他人を気遣う優しい人だ。きっと私の事で要らぬ心配をかけてしまう。それに伏せっていた理由も親子喧嘩という大した理由ではない事も強調しておく。細かい内容は絶対に言えないが、説明自体は嘘ではないので、これで彼には心置きなく自分の国に帰国してもらえるだろう。
それでも一つ懸念があるのはこの親子喧嘩の『理由』をユーリウス王子が聞いてしまうことだ。父が身内事情を他国の王子に話すとは思わないが、他の誰かの口から彼の耳に入るかもしれない。何といっても王城は“風の噂”が往来する場所だ。
まさか私の怒りの原因が叔父であるクラウスの結婚話から始まった事など、自分の婚約者に聞かせる話ではない。もしその事が彼の耳に入って、それに対して説明を求められても何も答えられないからだ。だから尚更ユーリウス王子には早々に帰国してもらわなければならない。
そんな不機嫌な表情を浮かべる私に、ユーリウス王子は少し困惑気味に微笑む。
「姫、お父上はそれだけ貴女の事が心配だったのではないかな? 私の事なら全く気にしなくていい。寧ろ、貴女に会う口実が出来て私は嬉しいと思っている。だから私の事でお父上を怒らないであげて欲しい。
ーーだけど姫、減量というのは私の母上や姉上達もよく気にされているけれど、やり過ぎというのはやはり体には良くないと思う。食事も摂らずに痩せていくのはかえって体に悪いし本当に病気になってしまう。幸い私の母上達はいつも途中で挫折してしまうので、それほど心配はしていないのだけれど、姫は何事にも一生懸命になってしまうから本当に心配なんだ。
現にこうしてやつれているし、お父上でなくとも皆、心配してしまう。それに姫は減量などしなくとも、そのままの姿で十分美しいと思う」
しかし私は首を横に振る。
「王子! それは甘いわ! 太った王女なんて世間的にも見られたものじゃなくってよ? 特に私なんか色々な意味で周囲の視線に晒されているから、体型が崩れて太った私を想像してごらんなさいな。間違いなく女として不名誉な噂が流れるに違いないし母様とだって並んで歩けなくなってしまうわ。それにユーリウス王子だって婚約者が“豚王女”だなんて、王子の沽券にも関わってくるわよ。きっと婚約者である事を恥じて死ぬほど後悔するに違いないわ!」
あ、でもそうか。それなら婚約を解消してもいいのかな? 世間だってこんなに綺な王子様の婚約者が“豚王女”だなんて絶対に納得しないわよね? それに もしこれで婚約解消って事になってもセルリアの体面は保てるのだし、万事問題ない。
………なんて、そんなわけがない!! 問題大ありだ!!
それには私が見るからに体型が変わってしまうほど太らなくてはならないという事で、そうなると私はユーリウス王子と婚約解消は出来るけれど、その引き換えとして私は世間から“豚王女”として噂されて馬鹿にされる。
それでなくとも我儘王女で通っているのに更に“豚王女”だなんて言われたら私の女としてのプライドが許さない。しかも もしそんな事になったら母譲りの美貌があるからこそ許されている態度や行為も周囲に一切通用しなくなってしまう。
それに当然貴族の令嬢達からは馬鹿にされ蔑まれて笑われるのは予側せずとも分かるし、何よりもそんな姿の私をクラウスの前に晒すのは絶対に嫌だ!!
私が内心、婚約解消と自分のプライドとで押し問答をしていることなど知る由もないユーリウス王子は本当に乙女の心臓に悪い笑顔を向けて笑う。
「ふふっ、姫は本当に素直で楽しい方だね。姫はたとえ体型が変わったとしても その美しさを損なう事はないよ。それに私は貴女がどんな姿になっても貴女の婚約者である事を恥じる事など絶対にないな。
ーーそうだな。それでもまだ姫が気にされるようなら、その時は私も同じ様に体型を変えて“豚王子”になることにするよ。そうすればお互い一緒だから姫が気にされる事など無くなるよね?」
それを聞いた私は自分の耳を疑わずにはいられなかった。そんな神様からも寵愛を受けているような美しい笑顔で、この王子様はさらっと恐ろしいことを仰る………
この世で最も美しく麗しい王子様が“豚王子”になるなどと誰が許すと言うのだろう。きっと神様だって許しはしない。もし私のせいでそんな事になったら、私が天罰を喰らう! ーーいや、それよりもこの世の美しいものを愛する全ての女性達から“抹殺”される!! それでなくとも王子の婚約者の席を父親の権力を使って強引に手に入れた私は今や女の敵に他ならないというのに!
私は思わずユーリウス王子の腕をガシッと掴んで、首を何度も大きく横に振る。
「駄目よ!! それは絶対に駄目っ!! ユーリウス王子は絶対にそのままでいて!! 貴方が“豚王子”の姿だなんて想像するのも恐ろしいし、そんなの神様だってお怒りになるわ! たとえ私の体型が崩れたとしても貴方がそんな姿になったら絶対に許さないから!! もしそうなったら直ぐにでも婚約解消するわ! これでも私は面食いなのよ。自分の夫にするのなら、見目の格好良い男性がいいわ!」
端から聞けば何とも自分勝手な話だ。王子は私がどんな体型になってしまっても気にしないと言ってくれているのに、その私は王子がそのままの姿でいなければ許さないと言うのだから。けれどそれが本心だからしょうがない。やはり美しいものは美しいままであって貰いたい。
私は王子とは違い俗物的な人間なので自分の恋人や婚約者を名乗る者が太って腹の出た男なんて絶対に御免だ。でもそうすると王子の方も私が考えていた“豚王子”計画を実行すれば、私との婚約を解消出来ると思うかもしれない? 現に今、私は王子にそんな姿になったら直ぐに婚約解消だと言ってのけたのだ。
そもそもこの婚約自体は、私が父の権力を行使して強引に王子を元婚約者から引き剥がした、いわば略奪婚約だ。今まで考えた事は無かったが、王子が不満に思っていてもおかしくはない。もしかしたらユーリウス王子は王子の幼馴染みだとかいう、あの侯爵令嬢の事を今でも愛しているかもしれないのに。
私に言わせれば、あんな良い子ぶりっ子令嬢など大嫌いだが、王子にとっては特別な存在だったのかもしれない。だから彼女の元へ戻りたいが為に本当に“豚王子”計画を実行するかもしれない。
何度も言うが駄目だ! それだけは絶対に阻止しなければ!! 王子にはやはり美しい王子のままでいて欲しい。だからもし王子が本当にそうするつもりでいるなら、王子の幸せの為にも婚約は解消しようと思う。
相手は大変気に入らないが、それでも王子が好きなら仕方がない。“人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られる”と誰かが言っていた。一体、どうやったらそのような状況になるのかは不思議ではあるが、それってつまりは馬で逃亡しようとする二人の後ろを追いかけて、その馬の後ろ足で蹴られるとでもいうのだろうか?
そんなの冗談じゃない!! もしそんな事になったら下手をしたら命さえ危ない!! そもそも、そんな間抜けな理由で死ぬのは嫌だ!!
だからユーリウス王子が令嬢と馬で駆け落ちしないよう、私は話し合いで解決しようと思う。一国の王族同士、何事も冷静に、だ。
間違っても二人の後を追いかけて馬の後ろ足でーーなんて事は決してない。それでなくとも馬の後方に立つ事は禁じられている。
私もこの一年で大人になった。嫌な事も“多少”なら我慢出来る………と思う。………多分。
だから王子が“豚王子”になるくらいなら婚約解消もやむを得ない事だ。
しかしそんな私の考えていた事とは裏腹にユーリウス王子の反応は驚くほどに違っていた。
ユーリウス王子は私に掴まれた腕をそのままに、その場に腰を落として膝をつくと、私の目線に合わせる体勢を取りふわりと優しく微笑む。
「クスッ、何だかそんな風に言われると、今にも妻に離縁されそうな夫の気分だな。それじゃあ私は姫に愛想を尽かされない様に、今の体型を維持していかなければいけないようだ。貴女には嫌われたくはないからね。でも先ほどの私の言葉は嘘じゃない。たとえ貴女がどんな姿であっても私はありのままの貴女が好きだ」
その殺人的ともいえる究極の優しい笑顔で美しい淡い灰色の瞳を向けられ、なるべく視線を合わせないようにしていたのに、間近でそれを見てしまった挙げ句、更にトドメとばかりに「好きだ」という言葉の武器が私の乙女の心臓をブッスリと容赦なく貫いた。
私はその場で一呼吸分の硬直と共に、思わずグラッと後ろによろめきそうになるのを堪える。しかも体の熱が一気に顔に集中し貫かれたままの心臓がドキドキと早鐘を打ち続けている。
ーーこのままだと出血多量で倒れる………いや、死ぬ!!
王子の「好き」は恋愛の好きとは違うのだと分かっている。王子が優しいのは誰に対しても同じだし、それに私はまだ子供で大人の王子からしてみれば妹のような存在だろう。それはよく分かってはいるのだけれど、王子の優しさは本人に自覚はなくとも女性には毒性が強いかもしれない。まして容姿端麗なこの姿だ。
恋愛を知らない子供の私でさえもこんなに胸がドキドキしてしまうのだから、これが王子の事を恋愛的に好きな女性なら今のような言葉を王子から掛けられでもしたらまず卒倒ものだろう。私も違うと分かっているはずなのに、思わず恋愛?と錯覚しそうになる。
ーーううっ、心臓が煩い。静まれ心臓!! 違うから! これは恋愛じゃないから! 彼にとって私はまだ子供なんだから。だから彼の「好き」はそういう意味じゃない。
私は自分の煩いくらい早鐘を打つ心臓にそう言い聞かせながら頭に集中した熱で おそらく真っ赤になっているであろう顔を誤魔化す為に、ユーリウス王子の視線から見えないように後ろを向いて掴んでいた王子の腕を強く引っ張って立ち上がるように促す。
「ユーリウス王子! いつまでもこんな所で立ち話も何だし、散策を続けましょう? ーーああ、そうだわ。あそこに見える東屋で ひと休みしましょうよ。歩いてお話をしていたら、私、少し疲れてしまったわ」
我ながら散策を続けようとか東屋で休もうとか、自分でもどっちなの?とも言えるが、この際、どうでもいい。とにかく、この現状を今すぐ変えたい。このままユーリウス王子の“攻撃”を受け続けていたら私の心臓は持ち堪えることが出来そうもない。
ユーリウス王子の事は勿論好きではあるが、この「好き」は王子と同様で恋愛感情などではない。けれど、こうしていると私の頭の中や心臓が勘違いをしてしまう恐れがある。それは王子にとって非常に迷惑千万でしかない。
慌てたようにその腕を引っ張って行く私に王子はクスクスと小さく笑っている。
「分かりました。では、そろそろ参りましょうか? そして貴女の仰る通り、あの東屋で一休み致しましょう。姫をこれ以上、疲れさせてしまうわけには いきませんから」
「ああ、もう! だから敬語は禁止って言ったでしょ? 自分でもそうして欲しいと言ったくせに」
私はチラッと王子の方に視線を向けると、やはり王子はまだ笑っている。
「ふふっ、そうだったね。それじゃあ、行こうか」
ユーリウス王子は私にされるがままに強引に引っ張られながら、私達は再び歩き始めた。
【11ー終】
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