我儘王女は目下逃亡中につき

春賀 天(はるか てん)

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第三章 三年前~奉納祭~

奉納祭~前夜~②

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【24】



そして嵐が去った後のように静まり返った部屋でローズロッテの大きく吐くため息だけが聞こえる。



「ーー本当にお騒がせな御方ですわね。“我慢”だの“許容”だのどの口が仰るのかしら?」



ローズロッテは扉の方を見つめると今度はこちらの方に歩いて来る。



「リルディア様? そろそろお休みになられないと、本当に明日に響きますわよ?」



しかし私はローズロッテに声を掛けられても、そんな彼女には視線も向けずに口だけを動かす。



「ーーああ、分かっているわ。けれど、それどころじゃないのよ!ローズロッテ、あの煩いのを追い出してくれて助かったわ。 これでやっと頭に入りそうよ」



私はひたすら羊皮紙を見つめながらブツブツと呟く。 するとローズロッテが私の横から顔を覗かせて羊皮紙を見つめる。



「リルディア様? これは正式な舞踊の方ですわよね? 確かリルディア様の方は簡略したものではございませんでしたの?」



その問いに私は小さく首を振る。



「そうなのだけれど、やっぱりそういうわけにはいかないわよ。 考えてもご覧なさいな。 

聖乙女達の中で一人だけ違う踊りをしていたら不自然に浮いてしまうし、毎年行われている儀式なだけに観衆もきっと変に思うでしょ? まして王女である私が一人だけ簡略した踊りなんて恥ずかしくて出来ないわよ。 

こうなったら私はやるわよ! 第四王女の底意地を示してやるわ!

……とは言ってみても正直苦手なのよね。 小難しい文面を頭で覚えるのは。 しかもこの説明の分かりづらさったらないわ! 

誰が書いたものなのかは知らないけれど、もっと簡単に書けないものなのかしら?   文面が堅苦しい上に、やたら説明が細かいから無駄に長くて、この文字を見ているだけでも苛々する!」



そう言って、私が必死で羊皮紙と奮闘している隣でローズロッテがクスクスと笑っている。
  

 
「ふふっ、リルディア様は本当に意外にも真面目でいらっしゃいますわよね。 普段のお姿からは、とても想像出来ません事よ?」


「ローズロッテ、茶化さないでよ。ーーそう言う事だから放っておいて一人にしてくれる? 今はこれに集中したいの」



私は言うなり羊皮紙に意識を集中しようとすると、すかさずローズロッテにそれを取り上げられてしまう。



「ちょっと! ローズロッテ?」



私はローズロッテに視線を向けると、彼女は人差し指を振りながら肩を竦める。



「いけませんわ。 寝不足はお肌の大敵ですわよ? 明日はリルディア様が祭りの主役も同然ですのに目の下にくまが出来て眠たそうなお顔を大衆の面前にお晒しになりますの? 

しかも明日はご婚約者であられるセルリアの王太子様もおいでになられるのでしょう? それでは尚更、万全を期して早くお休みになられませんと」



そんなローズロッテの言葉に私は首を横に振って、羊皮紙を取り返すべく手を伸ばす。



「ーー同じ事よ。 例え寝不足を回避したところで明日の儀式で王女が不出来なものを見せたとあっては物笑いの話で後々まで語り継がれるじゃないの。 それこそ不名誉極まりないわ! 

それに一晩くらい眠らなくても大丈夫よ。 目の隈ならお化粧でいくらでも隠せるし、眠気なんて強力な苦い野菜汁でも飲めば、一気に目も覚めるというものよ。

それにユーリウス王子の事も心配してはいないわ。 あの御方は私が『豚王女』になっても全く構わないと言ってのけた大海原の如く度量の広い心の器の持ち主よ? 

だからたとえ私の隈の出来た顔を見たところで心配はされるかもしれないけれど他に関してはさほど問題はないわね。 兎にも角にも私は一国の王女よ? そんな私が自分を貶める失態なんて絶対に出来ないのよ!」



私の決意の込めた言葉を聞いたローズロッテは少しだけ目を見開いたように私を見つめていたが、その表情が突如として緩むとにやりと微笑む。



「ーーうふふっ、リルディア様? その『豚王女』とはどういうお話ですの? 私、初耳でしてよ?」



そんなローズロッテの反応に私は内心「しまった」と舌打ちしたが、もう遅い。



「リルディア様ったら、本当にお人が悪いですわ~? そのような楽しそうなお話をお隠しになられていたなんて。

リルディア様はご婚約者のユーリウス王子様との恋愛話を中々、教えては下さらないのですもの。 ずっと気になっておりましたのよ?」


「ーーええっと、いや、恋愛話なんてそんな色気のあるものではないのよ? まして『豚王女』ですもの。だから恋バナ好きなローズには残念ながら全くもって興味をひくような楽しい話ではないから気にする事はないわ」



恋愛話に煩いローズロッテにそんな誤魔化しめいた言葉など通用しないとは分かっていてもつい口に出てしまう。
 
ーーいや、どうにかして誤魔化されてくれないだろうか? それでなくともユーリウス王子の事は私の心境が微妙なだけに何気のない世間話ではあっても何となく触れては欲しくない話題だ。


しかしそんな私の願いも虚しく、ローズロッテは真正面から私の顔を覗き込み「絶対に逃がしませんわ?」と言う分かりやすい視線を私に送りながらクスクスと笑う。



「いいえ? リルディア様。
私、すごく興味がありましてよ? ユーリウス王子様が『豚王女』でも構わないと仰られたという、そこのところの経緯を是非とも詳しくお聞かせ願いたいですわ? 

ーーああ、そうですわ! 折角の同室なのですもの。 そこの貴女達も第四王女様の恋愛話をお聞きしたくてはなくて?」



何を思ったのか突然ローズロッテは部屋の角で小さく固まっている市井の聖乙女達3人に声を掛ける。

そんな彼女達はまさか私達の方から声を掛けられるとは思ってもみなかったのだろう。 慌てふためきながら3人はお互いの顔を見合わせて戸惑いの表情を浮かべている。

しかし上流貴族の侯爵令嬢であるローズロッテの言葉を無視するわけにもいかず、その中の一人が意を決したように口を開いた。



「あ、あの、ですが、私達は市井の者です。 こうしてお部屋をご一緒させて頂いているのも恐れ多いのに、まして高貴な御方方のお話を聞かせて頂くなどと、私達のような者には分不相応ではありませんか?」

 

それを聞いてローズロッテはそんな彼女達にこちらに来るように手招きをしながらニコニコと愛想良く笑顔で答える。



「ふふっ、貴女達、お忘れですの? 私達『祝福の聖乙女』は奉納祭の間は貴族も市井も身分関係なく立場は“同等”ですのよ。  無論、それは王女様であっても例外無くですわ。 ですからそのように恐縮なさらなくてもよろしいのよ?」


「で、ですが、あの、アニエス王女様が………」



するとローズロッテは扉の方を見つめながら、大きく肩を竦めて呆れたようにため息をつく。



「あの御方は、ああいうご気性なので仕方がないのですわ。 本当に困った第三王女様ですわね。 物分からぬ幼子でもありませんのに、集団行動内の規則も守れぬ様では逆にご自身の品格を問われてしまうというもの。けれど、こちらの第四王女様は違いますわよ?  

ーーね? リルディア様はこの方達がご一緒でも構いませんわよね?」



ローズロッテは私の背後から私の両肩に手を添えて話し掛けてくる。 

私はその隙にすかさずローズロッテの手から羊皮紙を抜き取ると今度は取られまいとそれを両手でしっかりと握って再びそれを食い入る様に目を通したまま口だけを動かす。

 

「ええ、構わないわよ? ここは王城ではないし、寧ろ私は客人ですもの。 それに規律は守らなければ秩序が乱れるものなのでしょう? 私だってそれくらいは教わっているわよ?     

それに私の母様は市井の出身だからアニエス姉様のように市井と同等だからといって不快を覚えるような抵抗感はないわね。  幸い私は母様の教育方針で自分の身の回りの事も困らない程度には出来るし。

だから貴女達も私の事は王女だからといって気を遣わずとも良いのよ? ローズロッテの言う通り、ここでは同等なのだし、そんな角にいる事はないわ。 各自、自由に過ごしたらいいのよ。 それにあの一人で騒いでいた傍迷惑な“煩い人”はこのローズロッテ嬢が追い出してくれた事だし。

私にしてみればあの“煩い人”が一緒にいる方が苛々するし、我慢ならないところだったわ。 あんなに一人で騒ぐくらいなら『祝福の聖乙女』なんてやめればいいのに。

それこそ私の方が『聖乙女』なんてお父様のご希望でもなければ即辞退すところよ。 だって信じられる? たった二日間でこれを覚えるだなんて!! 

私はどちらかといえば、実践で記億するタイプなのよ? それなのにこんなに頭を使う事になるなんて過去にも無いわ! 

……はぁ、こんな事になるのなら、毎年の奉納祭の儀式にきちんと出席していればよかった。 そうすれば見知っている分、少しは楽だったかもしれないのにーーー」



私はそんな自業自得な愚痴を溢しながらも羊皮紙をひたすら見つめていると、市井の3人の少女達が私達の方に近付いてくる。



「………あ、あのリルディア王女様。私達でよければご協力致しましょうか?」



恐る恐る掛けられる声に、私は今までずっと見つめていた羊皮紙から顔を上げる。



「え?」



すると先ほど3人の代表で口火を切った少女が、おずおずと口を開く。
 


「『剣の聖乙女』のご担当のアニエス王女様はいらっしゃいませんが今、このお部屋にはそれ以外の『祝福の聖乙女』が全て揃っています。そして私はリルディア王女様と同じ『矛の聖乙女』の担当なのです。

舞踊での聖乙女達は同じ武器の担当同士、基本の動作は左右対称の同じ踊りなので、ご僭越ながら、私がリルディア王女様にお教えする事が出来ますし、実際にやってみて覚えられた方が分かりやすいのでは?とーーー」



それにはローズロッテが賛同の声を上げる。



「まあ! それは名案ですわ! リルディア様、是非そう致しましょう? 実際に踊って覚えられた方がそんな羊皮紙よりもリルディア様にはずっと効率的でよろしいですわよ。

それにリルディア様は物覚えがお早いですから、皆で練習すれば、一晩かけずとも直ぐに覚えられますとも!」


「ーー物覚えが早いかは疑問だからさておき、それは私だけの都合の良い話でしょ? ローズはまだ良いとしても、貴女達3人はここ二日間しか面識のない私とは何の係わりのない人達だわ。 それなのに私に付き合って貴女達まで寝不足で明日に支障をきたしては困るでしょう?    

 しかも本来であれば、私が妥協して私に用意されている簡易な舞踊を踊れば良いだけの話を敢えてそれをしないのは私の勝手ですもの。 

だから私の事は構わないで貴女達は先に休んでいいわ。

ーーという事だから、ローズは勿論、私に付き合ってくれるでしょう? 貴女とは私的にも付き合いが長いのだし、今更、遠慮なんてしないわよ?」



そう言ってローズロッテの方にニッコリと微笑んでやると、彼女は小さく肩を竦める。



「リルディア様はお人がよろしいですわね。 ええ勿論、分かっておりましてよ。 私も始めからそのつもりでしたもの。リルディア様のお気が済むまでお付き合い致しますわ。

それにーー先ほどのお話も詳しくお聞かせ頂かなくてはなりませんし。夜は長いですわね? ーーフフフッ」



ローズロッテのその笑顔が何故か怖い。上手く話が逸れたと思ったが、やはり彼女を誤魔化すのは無理なようだ。

そんな私が諦めとも言える深いため息を溢していると、市井の彼女達が遠慮がちに口を開く。



「お話に割って入るようで申し訳ありません。 ですが私達にもお気遣いは無用です。 ですから是非とも、王女様にご協力させて下さい」


「そうですよ、王女様。 踊りなどは実際にやってみた方が覚えやすいですよ? それに明日はここにいる皆で踊るのですし、明日の予行練習も兼ねて皆で練習しましょう?」


「王女様、どうかご一緒に練習させて下さい。 そして明日は私達皆で素晴らしい儀式に致しましょう? 私、王女様の歌を聞けるのもすごく楽しみにしているんです!」



そんな市井の3人の少女達をローズロッテは微笑みながら私の側まで連れてくる。



「リルディア様。 この方達は心優しくご親切な大変良い方達ですわ。ですからここは彼女達のご厚意に甘えさせて頂きましょう? 

明日の儀式では私達は運命共同体なのですもの。 それこそ一人の失態は、すなわち皆の失態に繋がるというもの。 それはリルディア様も望むところではありませんでしょう?」



ローズロッテはそう言って人好きのするような笑顔を彼女達に向けるので昨日から私達と同室という事もあり、ずっと緊張の面持ちだった彼女達の表情からは強張りが解れて、その顔にも笑顔が浮かぶ。
 

ーーしかし、私は知っている。 これは『策』であるローズロッテの思惑なのだと。  

察するに市井の彼女達に私達の印象を気位の非常に高い王女のアニエスと比較させて私達への心象を良く思わせ、差しずめ明日の儀式の為に彼女達を手懐けておいて、いざという時の手駒にでもするつもりなのだろう。

その効果なのか、こうして彼女達はおのずから協力を申し出ている。


さすがは人心術に長けている侯爵令嬢である。 他人の心の裏側を考え、知らない人間を遠ざけようとする私には出来ない芸当だ。

しかし、そんなローズロッテのおかげもあって、この彼女達の申し出は私にとって“天の助け”でもある。 

ーーこの時ばかりは『悪友』に感謝である。



「………本当に良いの?  貴女達まで寝不足になって、明日の儀式に影響しても私は責持てなくてよ?」

 

私がぽそりと呟くと、さすがは聖乙女に選ばれるだけあって、本当に優しい娘達なのだろう。 彼女達はそんな私に満面の笑みで微笑んだ。



「はい! 大丈夫です! 私達は市井育ちなので、これでも色々とたくましいのですよ?」
 

「ええ、寝不足なんて、私達には大した影響にもなりませんわ!」
  

「そうです! それに第四王女様とご一緒出来るなんて、こんな機会、私達には滅多にありませんもの! 

しかもこの世で一番美しいと称されている王女様のご尊顔をこんなに間近で見られた上に、こうしてお話まで出来るなんて私、聖乙女に選ばれて本当によかった!!」


「ええ、本当に王女様って噂以上にすごくお綺麗だわ!! 私、町に帰ったら王女様とご一緒出来た事を皆に自慢するわ!!」


「王女様は私達とは違い、たった二日間しか舞踊を覚える時間がなかったのに、それでも私達と同じ踊りをこんなにも一生懸命覚えようと努力なさっていて、しかも市井の私達にまでお気遣い下さる大変お優しい御方なのよ?   それに第四王女様がこんなに話しやすくて気さくな御方だなんて正直、驚きました!」


「第四王女様!! 私達、王女様の味方です!! 王女様の補佐役は私達にお任せ下さい!」


「ええ、王女様に恥をかかせる事など、私達、絶対に神様に誓ってさせませんからご安心下さい!!」


「王女様!! 明日は皆で力を合わせて頑張りましょうね!!」



………本当に『効果』は絶大だ。

これが先ほどまで部屋の角で小さく縮こまっていた人達なのだろうか? しかも信じられない事に彼女達は私を敬愛するようなキラキラとした眼差しで、大袈裟では?と思うほどの使命感溢れる勢いで力説され正直、私の方がそんな彼女達の勢いに押されて面食らってしまう。

そして市井の3人の少女達は妙に高い高揚感で「私達が王女様をお守りするのよ!」ーーとか言って円陣を組んで固く結束しているではないか。


ーー私は別に彼女達に気を遣ったわけではなく、私に付き合わせて彼女達までが寝不足が祟って儀式で失態をすれば、私の失態云々に関わらず後々恥ずかしい事になるからそういう言い方をしたに過ぎない。

ーーだって、そうだろう。今回の儀式では王女が二人も舞台に立つ事だけでも大変珍しいのに、もしそんな事になれば、それこそ奉納祭がある度に語り継がれる『失態伝説』になるではないか。 しかも人々の記憶に残るのは市井の彼女達ではなく王女の名前である。



私はそんな彼女達の光景を唖然として見つめていると、私の右腕にローズロッテがするりと自分の腕を回してきた。


「ふふっ、よろしかったですわね? 大変心強い味方が出来ましたし、これで明日はリルディア様もご安心出来ましてよ? 

それにもし万が一、儀式で何か不都合が起こっても、その時は彼女達がご自分のお体を張ってでもリルディア様を守って下さいますわ。 勿論、この私もですけれどね?」



私と同じくして、市井の彼女達を見つめながら、しかしこちらは楽しそうにクスクスと笑うローズロッテに私は目を細めると隣のローズロッテにしか聞こえないように極めて小さな声で囁く。



「………仕組んだわね? この『策士』め。………本当に貴女だけは敵に回らないで欲しいわ……出来る事ならーーだけど」


「ふふっ、リルディア様のその聡明さには当然の事ながら感服致します。 私はそんなリルディア様が大好きですわ。 そして私の一番の『お気に入り』でしてよ? 手放したりなど致しませんわーー絶対に」



そう言う彼女の腕が私の右腕にその意思を示すようにギュッと力が込められる。 そして意味深に微笑む彼女を見て、思わず背筋がゾワリと震えた。



………何となく執着される側の気持ちが分かったような気がする。

ーーそして、そんな私は今、本当に心の底から思う事があるーーー彼女が『女』でよかったーーと。




【24ー終】

















































































    
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