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第三章 三年前~奉納祭~

奉納祭~前夜~

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【23】



ーー『奉納祭』


それはブランノア国の年に一度の大きな祭典であり、武力国家の象徴として戦の勝利を祈願する為に天地に武器を『奉納』するという行事である。

その『奉納』の儀式は祭りの一番初めに大神殿の大広間で行われ、『奉納』する武器は『剣』『槍』『矛』の3種類。

それらの武器は『天』に納める分と『地』に納める分で二つずつあり『祝福の聖乙女』と呼ばれる乙女が貴族から3名、市井から3名の15歳以上の未婚の若い女性の中から選出され、その各武器を担当して『奉納』するというしきたりになっている。


そんな『祝福の聖乙女』はブランノアの若い女性達の憧れの役どころで、選ばれた者は国から様々な恩恵を受けるだけではなく、最も清らかで美しい女性として世間からも賛美され、

しかも結婚の良縁も約束されたようなもので、特に市井出の女性などは貴族から求婚される事も多く、密かに羨望されている役どころらしい。


そして厳選されて選ばれた聖乙女達は祭りの二日前から儀式が終えるまでの間、たとえ肉親であろうとも異性との接触を一切禁じられ、大神殿の神女の館に事実上、監禁状態で置かれる決まりになっている。


そんな神女の館に今回選ばれた聖乙女達5人と共に何故かそこに『私』がいるーーー

しかも館内では乙女達は皆、身分など関係なく同等の扱いの他、同じ部屋で寝食を共にする規則になっている。

しかし、そんな祭りの前夜になって貴族側から選出されている聖乙女の一人であるブランノア国第三王女アニエスが、自分の要求が通らない事や市井の娘達と同等の扱いが不満らしく、一人、部屋で騒いでいた。



「ああ、信じられませんわ!! どうして王女であるこのわたくしが下々の者達と同等に扱われなければなりませんのっ!? しかも侍女も連れてきてはいけないだなんて! 神女の世話役だけでは気が利かなくて用が足りませんのよっ!! 城に使いをやって私の侍女を連れて来なさい!!」



しかし年長の神女長はそんなアニエスにも臆する事なく毅然な態度で接する。



「それは出来ません。 聖乙女は身分関係なく同等の扱いが規則です。勿論、侍女を連れてくる事も禁じられています。 ですからアニエス様の身の回りのお手伝いは私共が致します」



その言葉にアニエスはキッと睨みつける。



「ですから、あなた達では用が足りないから言っているのですわ! それに私の身の回りの世話など全くやってはいないではありませんの! 

湯浴みにしても体を洗いもしないし髪の毛をかす事もしないしドレスの着付けにしても最小限でしか手を貸さないし、こんなに役立たずの侍女なんて私なら即刻、解雇致しますわ!」



アニエスのそんな憤る様子にも神女長は厳しい真顔の表情で、その態度は変わらない。



「アニエス様。私共は“侍女”ではございません。 ですから最低限のお手伝いは致しますが、ご自分で出来ることは全てお一人でやって頂きます。この館内ではそれが『規則』です」



それを聞いたアニエスは益々怒りを露にして苛立つように大声を上げる。



「この無礼者っ!! お前は誰に向かってそのような生意気な口をきいていますの!? 私はこの国の第三王女でありフォルセナ王家の一族でもある高貴な血統の王族ですのよ!? お前のような下々の者がそのような口をきいてよい相手ではありませんわ!      

王女である私に自分の立場もわきまえずに生意気な態度を取るのであれば、母上に申し上げてお前を私への不敬罪で罰して頂いてもよいのよ!?」



しかしそんなアニエスの脅しとも言える言葉にも神女長は真っ直ぐな姿勢で起立したまま、はっきりとした口調で答える。



「アニエス様。 私は間違った事は何一つ申し上げてはいないと認識しております。 ここは王城ではございません。 この大神殿の館では規律が最も重んじられており、神に仕える者達がそれに従事し住まう場所。 アニエス様のご要求はどれも規律違反にあたります。 

それでもご不満であれば王妃様に申し上げて下さっても結構です。 ですが、ここでは“治外法権”が適用されております。 国の法律では大神殿に属する私を罰する事は出来ません。 私を唯一罰する事が出来るのは国王様か大神官長様のみだけです」


「なっ、なんて生意気な!!」



わなわなと肩を震わせて顔を真っ赤にしながら怒りを露にするアニエスと、その対面で毅然とした態度を崩さず真顔のまま厳しい表情を変えない神女長。 そして部屋の隅で小さく縮こまって様子を見守っている市井出の聖乙女達。


そんな私はというとーーーそんなものはどうでもいい。 今はそれどころではないのだ。 他人を気にする余裕があるのなら“これ”を確実に頭と体に記憶させなければーーーと、複数に綴られた羊皮紙と一心不乱に直視したまま、一人、ブツブツと呟いていた。


そしてアニエスが何やら一人で大騒ぎをしているようだが、全くもって関わりたくないので無視を決め込んではいるものの、その甲高い金切り声が否応なしに耳障りに頭の中に響いてくるので、こちらの方が次第に苛々してくる。


ーーったく、何を騒いでいるのよ! 明日には城に戻れるのに、たった二日間が何だと言うの? 多少の不自由は我慢しろっていうのよっ! 幼い子供でもあるまいし、あんた、我儘すぎんのよ!

こっちはそれどころじゃないっていうのに! 私にはあんたよりもやる事が一杯あるのよ!? 騒いでいるのはあんた一人だけじゃない! ーーくっ、駄目だ。こっちに集中しないとーーー


私はそんなアニエスに向かって思わず叫びたくなる衝動を抑えながらも、しかし心の中で文句を言いつつ、とにかく羊皮紙を食い入るように見据える。


ーー本来なら私はこの場にいる人間ではない。 私の役目『奉納祭』の儀式の始めと終わりに『祝福の聖乙女』達が歌う予定であった独唱部分を『特別枠』という形で私が乙女達の代表で歌うというのが私の『役割』だった。

だから私は『祝福の聖乙女』などではなく、更に言えば、私の年齢は12歳であり聖乙女選抜の規定では15歳からなので、その資格は元より無い。


ーーであるから私は奉納歌だけを暗記して当日までに歌えるようにするだけでよかったーーはずだった。それが突如、選ばれた聖乙女達が大神殿に入る二日間の当日の朝に貴族側の聖乙女の一人が欠如したという理由からその代役に急遽私が選出された。

その欠如したという一人はあのアリシア=プリンヴェルで、どうやら私が儀式で歌う事になった為、神殿側の方で王女である私に配慮しアリシアを解任したという事だった。


確かにアリシアの顔を見るのは嫌だが私達の『計画』の為にはどうしてもアリシアに接触しなくてはならず、『奉納祭』であれば国内中の貴族達もほぼ確実に出席するので、

そんな中、貴族側の聖乙女に選出されているアリシアと接触するのに不自然にならないようにと、ローズロッテの提案で、本当なら以前から話はあったものの歌う心境ではないという理由から、ずっと断り続けていた『奉納祭』の儀式での独唱を敢えて承諾したのにーーだ。


神殿側がわざわざ気を回してくれたおかげで『計画』が変わってきてしまうではないか!

しかし抜け目のないローズロッテはそれも“想定内”だと言い、しかもこちらからわざわざ接触せずとも私が公の場に出て来さえすれば向こうの方から接触してくるので大丈夫だとも言う。


ーー本当はこの『計画』さえなければ、私は『奉納祭』に一切参加しないつもりであったので『儀式』自体に全くの無関心であったのが今、こうして裏目に出ている。

これもよからぬ事をこれからしようとしている私への神様からの天罰であるのか?


私は毎年『奉納祭』では、武器を奉納する儀式の式典は堅苦しい作法がある上、しかも沢山の人の目に晒される場であるので、王女である私は特にお行儀よく観覧していなければならず、

何より退屈この上ないので初めの内だけ式典に顔を出し、その後は式典後に行われる騎士達の奉納試合がある闘技場の方にお祭り見物も兼ねて先に行っていたので、

そんな式典の『儀式』の内容などはさほど興味も無かった事もあり、私の記憶には殆ど覚えてはおらず別にそれでも問題なかったはずーーだった。ーーが、今それが私をこうして悩ませている事になろうとは………

話によると『祝福の聖乙女』には儀式の際に少々舞踊があるという。 なので前もって選ばれた聖乙女達はその舞踊を約ふた月ほど掛けて覚えるらしいが、私が代役に選ばれたのはふた月どころか『奉納祭』の二日前………

しかも本来ならば私が正式に聖乙女の資格を得るのは三年後の話で、そもそも『聖乙女』などには元より興味のない私にはそんな舞踊など教養としても覚える必要が無く、だから当然、振り付けも全く知らないわけで、到底、踊れるはずもなくーーー


私はその話が出た時に、国賓なども集まる大勢の観衆の面前で王女である私が醜態を晒す事は出来ないので、当初の予定通りアリシアを再び戻すか他の貴族の令嬢達の中から代役を立てるように申し立てたのだが、やはりこれも悪巧みを企んでいる私への何らかからの報復なのだろうか?


そんな神殿側からは私の踊りの振り付けは簡単なものに変更するので大丈夫だと言い、それでも私がまだ自分は12歳の年齢で『聖乙女』の資格は元より無いのだと言えば、その回答には私の外見や精神年齢は実年齢の方が信じられないほどに大人びているので問題はないと、そんな何とも安易な理由で妥協してきた。


神に仕える神殿側の人間で特にこの神女長の言う通り、規律を重んじる側がそんな適当な頭数を揃える為だけの辻褄合わせのような理由で、そのように安易に決定してよいのかと疑問には思う。

それに『祝福の聖乙女』の資格は15歳以上という規定があるのに私が出ては規定違反になるだろう。


しかしこれには大神殿の長の許可が既に降りていると言うから驚きだ。

しかも渋る私に神殿側は国王ーーつまり私の父の方にも直談判をしたらしい。その場に同席した母いわく、大神官長や神官達が私の事をそれはもうこれでもかと言うくらい賛美し誉めちぎっていたのだという。

それにすっかり気分を良くした父が私の説得に応じたらしい。父から私の聖乙女姿をどうしても見たいと懇願されてしまえば、私はそれに頷くしかない。

ーー父が私に弱いように私も大好きな父のお願いには弱いのだ。



するとアニエスと神女長の様子を暫く傍観していた同じく聖乙女に選抜されているデコルデ侯爵令嬢ローズロッテが口を開く。



「神女長殿? アニエス様のご要望に全て応えられずとも、第三王女様にはお部屋を別にご用意されては如何いかがでしょう? わたくし達も大事な明日に備えて早く就寝致したいのですけれど、アニエス様のこのご様子では私達が寝不足で明日に支障をきたしてしまいますわ」



それを聞いたアニエスがローズロッテの方を苛立だしげに睨み付ける。



「私のせいだと仰りたいの!? 貴女こそ、よく我慢がお出来になりますわね? 上流貴族の侯爵令嬢であるのにこのような下々の者達と同等の扱いを受けていて、よく平然としていられますわ。

さすがは貴族内でも“変わり者”で有名なデコルデ侯爵令嬢ですわね。私にはとても真似出来ませんわ!」



そんなアニエスにローズロッテは余裕の笑みを返す。



「ええ、私の方は全く問題ありませんわ。 我が家は仕事柄、市井の方々とも懇意にしておりますもの。寧ろアニエス様お一人だけですわよ? ご不満を仰っているのは。世の中には『郷に入りては郷に従え』という言葉がある事をご存知?」



ローズロッテの余裕の態度にアニエスは捲し立てるように反撃する。



「私は正統な王族で、しかも高貴な血統の王女ですのよ? そこにいる半端者の王女や貴女のような変わり者と一緒になさらないで頂きたいわ! 

それにこの私が従う? 高貴な王女であるこの私が?? あり得ませんわ!  逆に私に従う事こそ格下の者達の義務であり常識ですわよ」



そんなアニエスの言葉にローズロッテはあからさまな呆れ顔でわざとらしく深いため息を吐く。



「その高貴なお血筋の王女様がそのような我儘を仰られては尚の事下々の者に示しが付きませんことよ? これでは妹君の我儘をどうこう申せませんわね。 姉君が更にその上をゆかれるのですもの」


「私があの娘よりも我儘ですって!?」



アニエスとローズロッテのこういう場面はしばしばよく見られる。しかし端から見ていても口の達者なローズロッテの方が一枚上手だ。



「ええ、私の認識ではそう解釈致しますわ。 無理難題を主張して、無理矢理、自分の要求を押し通そうとし周りを困らせる事を『我儘』というものだと認識しておりましたのですけれどーーアニエス様の認識ではお違いになりますのかしら?」


「ーーぅぐっ」



ローズロッテの最もな正論にアニエスは返す言葉も出てこないのか、言葉に詰まり唇を噛み締めている。するとそんな二人の様子を見ていた神女長が小さく肩を落とすと静かに口を開いた。



「ーー分かりました。 アニエス様には別にお部屋をご用意致します。お世話をする者も増やし、なるべくアニエス様のご不満を解消出来る様、取り計らいましょう。 アニエス様、それでご納得頂けますか?」



それを聞いたアニエスはローズロッテから視線を外すと、気を取り直すように神女長に向き直る。



「ええ、それでよろしいわ。 私の洗練された侍女達とは違い、ここの者達の気が利かない所はよく考えれば仕方のない事ですものね。そこは我慢しましょう。

あなたも初めから素直にそう言えばよろしいのよ。 私とて多少の不便くらい我慢して差し上げる許容はありますのよ?」


「………申し訳ございません。 ーーでは、アニエス様。私と共にいらして下さい。 お部屋にご案内致します。皆様、お騒がせ致しました。明日の大事なお役目の為にも今夜はお早めにお休み下さい。ーーそれでは失礼致します」



神女長は私達に一礼し、アニエスの方は私達を一瞥した後、ふん、とそっぽを向いて神女長と共に部屋を出て行った。




【23ー終】












































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