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「沙耶、殿下から手紙が来てます」

 ティエリが私の部屋をノックする。

「きっと、これからのことについての内容ね」

 婚約の話を父としてから数日、殿下からの初めての手紙だ。
 私が頷くと、ティエリが当然のように私の部屋に入ってきた。

 以前なら、部屋にティエリと私が二人でいた時は、常に近くに使用人の誰かがいたけれど、今日はドアを開いているだけで、部屋には誰も入ってこなかった。
 私が殿下の婚約者になると決まった途端、私とティエリが部屋で二人で過ごすことに義母の警戒がすっかりなくなってしまったのは、本当に不思議なくらいの変化だ。

 向かい合っている小さなソファにお互い座ると、私は手紙の封を切った。

「義父上が、俺の留学についての話を知らないみたいなんだけど、何か書いてる?」

 きっとそれはこの手紙に書いてあるはずだ、と思いながら読み始めた私は、すぐに混乱した。

「どういうこと?」
「沙耶、どうしたの?」

 向かいに座るティエリに、私は手紙を差し出した。

「書いてあることが、話していたことと違うわ」

 ティエリの視線が紙の上を滑ると、その瞳が見開かれた。

「約束が……違う」

 ティエリが悔しそうに唇を噛む。

「……どうして、留学を取りやめなきゃいけないのかしら……」

 殿下の手紙には、この間話し合ったはずの、隣国への留学の話は必要ないため留学は辞めて欲しい、と書いてあった。
 それ以上の理由は何も書いてなかった。

「留学しなくても、法律をきちんと作るための知識が得られる方法が見つかった、とか?」
「……その可能性はゼロではないけれど、それならば、そうと書いてくださってもいいんじゃない?」
「確かに……」

 そもそも、私が一緒に居ても居なくても、殿下には関係ないはずなのに、留学を取りやめるように言われる理由が思いつかなかった。

「どうしてなのか、聞きに行きましょう?」

 何だか、嫌な予感がする。

「そうだね。直接聞いた方が、理由はわかるし……」
 
 頷くティエリに、私は首を振る。

「殿下の本音を聞きに行くわ」
「……無理、しなくても。本心を聞くの、本当は嫌なんでしょう?」
「だけど、仕方ないわ」

 私の本音を知っているティエリには、嘘をついても仕方なかった。

「俺が、他の人の心も読めるなら、代わってあげられるんだけど……」
「え? どういう意味?」

 ティエリは、私と同じで本音を読めるんじゃなかったの?

「……俺が分かるのは、沙耶の本音だけだから、沙耶みたいに色んな人の本音が読めるわけじゃないから」
「どうして?」

 私の疑問に、ティエリが困ったように笑う。

「それは……わからない。だけど……」
「だけど?」
「転生する前、カラ元気に見える沙耶の本音が分かればいいのに、って思ったのが関係してるのかな、って思ったり」

 私を見るティエリの瞳は、優しかった。

「……そんなこと、思ってたんだ」
「沙耶は、どうしてそんな能力があると思ってる?」
「……わからない。よくある転生モノのチートみたいなものなんじゃないかって思ってるけど……。こんな能力、必要ないけどね」

 自嘲した笑いが漏れる。
 本音を聞くことで、嫌な気分になることの方が多かった。
 もちろん、それまでのサシャの行いのせいではあるんだけど……。

「嫌ならやらなくてもいいんじゃないかな。話し合いで殿下の本音を探ろうよ」

 優しいティエリに私は首を振る。

「この間みたいに殿下の本音が分からないまま丸め込まれたら、今回みたいに話を反故にされてしまうから。殿下の本音を聞いておきたいの」

 私の決意に、心配そうにティエリが頷いた。
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