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「お義姉様?」
 
 ティエリの声に我に返ると、私も姿勢を正す。
 ティエリの片手は私の腰を支えていて、もう片方の手は私の肩の位置で組まれている。
 ヒールを履いているのに、ティエリと視線の高さが合っている。
 ――ダンスを練習し始めた頃のティエリとは、身長が違う。
 幼かった顔つきも、大人びたものになってきた。
 それでも、ティエリの心の声は伝わってくることがないんだから、天使は天使のままだ。
 
「はい、1、2、3。1、2、3」

 ダンス教師のゲクラン先生が、手でリズムを取る。
 私たちは先ほど別々に教えられたステップを踏んでいく。
 3年前に習った簡単なステップではなく、より優雅に足を運んでいく。
 ティエリの足を踏んでいた12歳の私は、もういない。

「サシャ様、顔を上げて」

 それでも慣れないヒールに足元に意識が向いて、顔を下げてしまっていたみたいだ。
 顔を上げると、ちょっと弾力のある何かを踏む感触がした。

「あ」

 足を止めると、ヒールがティエリの靴を踏んでいた。
 慌てて足を外す。

「ごめんね、ティエリ」

 申し訳ない気持ちしかない。
 絶対痛いはずだ。

「大丈夫だよ。お義姉様」

 なのに、ニコリと笑って私を見るティエリからは、文句など聞こえてこない。
 『ヴィダル学園の恋人』の姿に近づいたティエリの顔は、ゲームで見たような影はなくて、美しい顔つきを、朗らかさで更に輝かせている。
 最近は、ティエリの顔が眩しすぎて、見ていられないときもある。
 悶絶しているだけなんだけど。

「さあ、続けましょう」

 ゲクラン先生の合図に踏み出した足は、もうティエリと簡単にぶつかることはない。
 この3年間、必死でダンスも学んできたから。

「さっきはごめんね、ティエリ」

 身を寄せて私が眉を下げると、ティエリが微笑む。

「僕も悪かったんだ。踏まれるのは久しぶりだったから、油断してたよ」

 大きくなっても天使とか、悶えるしかない。

 ――こうやって、ティエリの顔を見ながら悶えられるのも、あと数か月。
 もうすぐ、私はヴィダル学園へと行かなくてはならない。
 もちろん、学園の長期休みには帰ってくるつもりだけど、毎日毎日毎日毎日、天使に癒されていた日々は、終わりを告げるのだ。

「お義姉様? 大丈夫ですか?」

 どうやら物思いにふけっていたせいで、ティエリを心配させてしまったらしい。

「大丈夫よ?」

 ティエリに微笑むと、ティエリが安心した表情になる。
 どんな顔でも天使とか、『ヴィダル学園の恋人』のキャラデザインした人、天才かもしれない。

「1、2、3。1、2、3」

 ゲクラン先生の刻むリズムに、私はティエリに身を任せる。
 ティエリにリードしてもらえば大丈夫だと、わかっているから。
 ……とは言え、私のダンスの上達は、役に立たない可能性が高いんだけど。 
 
 未だに、ティエリ以外に触れられることが怖いから。

 この3年、真面目に勉強を続けていたことと、わがまま放題を言わなくなったことで、サシャへの風当たりは、弱くなった。

 誰も彼もが、最初は私の態度に懐疑的だった。
 だけど3年間変わらない姿勢を見せ続けたのが良かったみたいで、今は、私を見直してくれた人たちもいる。
 昔みたいに常に罵詈雑言の心の声を聞くようなことは減っていた。
 さっき、ゲクラン先生にステップを習った時だって、ゲクラン先生は熱心に話を聞く私に感心していたくらいだ。
 
「お義姉様、上の空はやめて下さい」

 まだ、ぷくりと頬を膨らませるティエリは、あざといけど(あざとくないけど)かわいい。
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