魔法学無双

kryuaga

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第一章 駆け出し冒険者は博物学者

#28

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 孤児院での服の製作は、ある意味順調でまたある意味では順当に行き詰っていた。



 ミリアの技術が抜きん出て優れており、ミリア一人で一日に三着はえるようになっていた。もう少し慣れれば一日五着は縫える、とはオリベさんの弁。

 しかし、これが孤児院の子供たちの職業訓練を兼ねていることを考えると、ミリア一人が技術の習熟度を上げても意味がない。ミリア以外の子供たちが、分業してでも一日十着縫えるようにならなければ、孤児院で仕事を請ける意味がないのである。



 よって、ミリアは賭けの対象である服の製作を休止し、同じ服のサイズ違いの製作に着手した。

 ただ、人間の服のサイズというモノは、サイズアップするからといってすれば良いという訳ではない。また、採寸してそのサイズに合わせる訳でもない。ミリアは何もない状態から、ワンランク上のサイズの服を作るという難題に挑戦することにしたのである。



 その為にミリアがしたことは。

 まず、孤児院の子供たち全員のサイズを測り、統計的に集合される数値を見出みいだし、そのサイズを基準に子供服の規格サイズを決定した(当然、最終的には個々人に合わせて詰めたり、或いはひもで縛ったりすることで調整――将来の成長分も見込んで――する)。

 そしてその規格となる寸法から、大人用サイズの寸法比を算出しようとこころみたのである。



 ……いや、驚いた。

 前世地球にいて『数学』という学問は、そもそも物理現象を測定・予測する為に生まれ、発展した。

 しかしこの世界には魔法があり、細かい数値を測定せずとも、曖昧ファジーにして適当アバウトな感覚で、細かいところは魔力任せにしても魔法は発動する。その為、“計算”が求められるのはもっぱら商業(会計)の分野であり、経営分析を伴わない会計算術は結局のところ、桁数の多い足し算と引き算に過ぎない。



 にもかかわらず、等比拡大だの寸法比だの、統計だの集合だのといった、初等教育レベルの算術どころか高等数学レベルの思考法をもってこの難題に向き合っているのである。



 当然、この世界では数学的技術(公式や公理・定理のたぐい)が存在していない為、出来る分析には限度がある。また、そのやり方が実際に正しいか否かはこの際考慮しないとしても、その発想に至ったという一点だけで、十分に驚愕するに値する事実であろう。



「ミリア、ちょっと頭の体操をしようか」

「なに? おにぃちゃん」

「この間、四つの数字を加減乗除することで『10』を作るという遊びをやっただろ? あれの一つ。四つの『9』を加減乗除して『10』を作ってみよう」

「うんわかった!」



……しばらく(主観時間で10分程度)経過後。



「……(泣きべそかきながら)わかんない~~」

「おっけ。じゃあ模範解答だ。【(9×9+9)÷9】で、『10』が出来る」

「(頭の中で計算をして)あ、ほんとだ~」



 で、この日はこれで終わったと思ったのだが、翌日。



「おにぃちゃん。昨日の問題だけどね?」

「何だい?」

「【(□×9+□)÷□】で、□に入る数字が0以外の同じ数字なら、どんな数字を入れても『10』になるよね?」

「(頭の中で計算をして)え? 本当だ」



 ……ちょっと待て。

 前述の通り、この世界では数学そのものが殆ど発展していない。だから『エックス』などの未知数に関して、公おおやけには全く知られていない(暦を管理する、精霊神殿の天文官はおそらく使っているだろうが)。それを、数えで10歳の少女が、それもひと月前までは一桁の足し算もろくに学んでいなかった孤児が、独力で発見した?

 そして、因数分解などという数学技法が存在しないこの世界で、【(a×9+a)÷a】=イコール『10』という計算式を見出したその発想。本当の意味で『天才』と称すべきなのは、ミリアのような才覚の持ち主に対してなのかもしれない。



◇◆◇ ◆◇◆



 さて、肝心の別サイズの服の作成だが。

 規格となるサイズが決定しても、すぐに完成する訳ではなかった。

 そのサイズで型紙をおこしても、「わ」の部分(折り代)や縫代が考慮されておらず完成品は想定サイズとは違っていたり、そもそも想定サイズの縦横比の計算が間違っていて思った通りのサイズにならなかったりと、さしもの天才少女も悪戦苦闘を続けることになった。



 一方他の子供たちは、まず生地の裁断で躓いた。

 生地は経糸と緯糸で編まれている。その為生地自体にも縦と横があり、また裁断も基本的には緯糸と平行に行うことになる。これが斜めになってしまうと、そこから糸が解れていくので、その時点で失敗なのである。

 また、経糸と緯糸で糸の太さが違っていたり、また編み方が経糸と緯糸が一本ずつで編まれている訳ではない場合もある為、縦と横を間違えるだけでも服としては失敗作になってしまう。生地の「縦と横」は、ある程度慣れなければ判別のしようもない為、結局失敗作を量産しながら覚えるということになるのである。



 それに加えて針の刺し方。これも生地の縦横で違いがある。

 こういった細かいことを、講師役となったオリベさんが一つずつ丁寧に教えてくれることで、子供たちは亀の歩みながら百足むかでの進歩をしていた。



 オリベさんが子供たちに教えてくれたのは、それだけではない。

 オリベさんは、店長のミラさんの助手として、貴族や豪商と直截ちょくせつ言葉を交わすこともあるという。

 その際先方に対し失礼に当たらない、最低限の言葉遣いと礼儀作法を、ことあるごとに子供たちに指導してくれていた。



 礼法教育も職業訓練の一環として取り入れる予定であった為、院の会計から予算を捻出し、オリベさんに支払う必要があるとセラさんと話し合った。



「いや、いいわよセラ院長。そんなつもりで言っているんじゃないんだから」

「いいえ、どちらかというと依頼なんです。今後も子供たちの為に色々教えてほしいから。

 今この時だけなら、オリベさんの厚意に縋ることも出来ますけれど、今後もずっととなると、負担でしょう? だから、院から正式に依頼させてほしいのです。

 あまり高額な報酬は支払えませんけれど、出来る限りで構いませんから、受け取ってください」



「……アレク君、君の仕込みなの?」

「“仕込み”だなんて人聞きの悪い。

 今セラさんの言った通りですよ。厳密には、以前から計画していたんですけれど、講師役がなかなか見つからなくて。

 そんなときに貴族の礼法を知るオリベさんが現れて、あぁ丁度良いや、ってことになったんです」

「丁度良いって……」



「アレク君の言葉の選びはどうかと思いますけれど、でも巡り会わせというのはあると思います。是非、お願いします」

「まあ、関わってしまった以上、この件が終わったらはいさようなら、というのも寂しいですね。子供たちも可愛いし。

 わかりました。毎日、とは約束出来ませんが、なるべく頻繁にお邪魔させていただくことにします」



 こうして、孤児院改造計画はまた一つステップを踏むのであった。
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