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学院編:オヴェルニー学院
【100話】剣術の授業
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アーサーが武器戦術クラスへ入ると、好奇心をおさえられない子どもたちがアーサーをじろじろ見ていた。クラスには男の子が10人、女の子が5人いた。一人の女の子がアーサーに声をかける。
「わたし、リオラっていうの。ダービー家の一人娘。よろしくね」
「よろしく。僕はアーサー。リングイール家の息子だよ」
「さっきも思ったんだけど、私リングイール家って聞いたことないわ」
「うん。僕の家、とっても小さくてあまり知られてないんだ。オーヴェルニュ伯爵に推薦してもらったからリリー寮になっただけだよ」
「まあ!オーヴェルニュ伯爵とお知り合いなの?それは素敵」
横で聞き耳を立てていた女子4人がアーサーを囲い込んだ。貴族の娘はいついかなる時も結婚相手探しを怠らない。
「アーサーくん、はじめまして。私はクレアよ」
「私はドリー」
「私はグレンダ!」
「私はマーサ」
「クレア、ドリー、グレンダ、マーサー。よろしくね」
アーサーはにこりと笑って4人の手の甲に挨拶のキスをした。女子生徒は頬を赤らめてアーサーを見つめている。端正な顔立ちで物腰の柔らかいアーサーに、早くも心を奪われてしまったようだ。
それが面白くなかったのか、男子生徒たちが不機嫌そうに近寄ってきた。先頭にいた男の子が、アーサーを見下すような目で声をかけた。
「リングイールくん。彼女たちより先に挨拶するべき人がいるんじゃないかい?」
「え?」
リーダーらしき男の子の後ろに控えている生徒が、偉そうな口調で言った。
「図が高いぞ!!彼はこの国の王子、ウィルク様でおられるぞ!」
「ウィルク王子?!」
アーサーは目を見開いてその少年を見た。銀髪の髪、緑色の目…国王の髪色と、王妃の瞳の色と同じだ。少しばかりアーサーと顔立ちも似ている。だが、人を見下すような目つき、生意気そうに口角をきゅっと上げている唇…表情は似ても似つかない。
「おい!まずは跪いて挨拶をしろ!!」
取り巻きの生徒がやいやいと騒ぐ。アーサーはウィルク王子の前に跪き、丁寧に挨拶をした。
「ウィルク王子。お初にお目にかかります。わたくし、リングイール家の長男、アーサーと申します。王子と共に学べること、光栄に思います。どうぞよろしくお願いいたします」
「ふん、やればできるじゃないか」
王子はアーサーの顎につま先を当て、顔を上げさせた。
「生意気にも僕と同じ髪の色をしているじゃないか。それに…灰色の瞳」
王子はアーサーの顔をじっと覗き込んだ。明らかに動揺している。自分の正体がバレたかと思いアーサーの心臓が痛いほど激しく鼓動した。
「アーサー。兄弟はいるか?」
「い、妹が一人おります」
「ほう!もしかして双子か?」
「いいえ。1つ下です」
「…そうか。リングイール家など僕は聞いたことがない。王族との関係は?」
「全くございません。リングイール家は商人上がりの貴族ですから」
「なぜ商人上がりの貴族がリリー寮にいる?ビオラ寮に入るべきでは?」
「幸運なことにオーヴェルニュ侯爵に可愛がっていただいておりまして。特別に入れさせていただきました」
「……」
王子はまたじぃっとアーサーを覗き込んだあと、ため息をついて顔を背けた。
「ばかばかしい。死んでるはずなんだから。何を期待してるんだ僕は」
平静に戻った王子はそのままアーサーを蹴り尻もちをつかせた。その姿を鼻で笑い「商人上がりのリングイールくん。せいぜい頑張りたまえ」と言ってその場を離れた。冷や汗をダラダラ垂らしていたアーサーは心の中で安堵のため息をついた。気のせいだと思ってくれて助かった。
「アーサーくん!大丈夫?!」
「大丈夫だよ。ありがとう」
ドリーが地べたに座っているアーサーに手を差し出した。彼女の手を取って立ち上がり、ズボンについた砂を払いながら弟の後姿をちらりと見た。
(ウィルク…。10歳にしてあの高慢さか。参ったな…。弟のあんな姿あまり見たくなかった)
アーサーが少しがっかりして気分が沈んだ。そうしているうちに筋肉隆々の先生らしき人が教室に入ってきた。
「うーし!授業始めるか。…お!お前が転入生か?俺はカーティス。よろしくな!俺は厳しいぞ!」
「よろしくお願いします、カーティス先生」
「おう!じゃ、早速訓練場へ行くぞ。今日は剣術だ。剣を持ってついてこい」
アーサーのクラスの生徒たちはそれぞれ自分の剣を手に先生についていった。学院から出て、訓練場に辿り着く。先生は生徒に剣を構えるように指示した。生徒一人一人の構えをチェックしていく。
「リオラ、肘が歪んでいる…サイラス、なんだその構えは!まず握り方から直さないとな…エディー、お前は何度言ったらそのクセ治るんだ?…ウィルク様は、さすがだな。美しい構えだ」
アーサーはちらりとウィルクを見た。たしかに癖のない綺麗な構えをしている。きっと学院に来る前から剣術を教わっていたのだろう。よそ見をしているうちに、先生がアーサーの前に立っていた。じっとアーサーの構えを見ている。
「アーサー…お前のその構え…」
「え?変ですか?」
先生はアーサーの耳元で囁いた。
「お前、カミーユさんに剣術教えてもらったのか?構えが瓜二つだ」
「うっ…」
「はん。図星か」
「あの、このことは内密に…」
「分かってるよ。じゃないとカミーユさんに人が押し寄せちまう」
ガハハと笑って先生はアーサーの肩を叩いた。どうやら先生とカミーユは面識があるようだ。それどころか、構えだけでカミーユに教えてもらったことがバレるなんて、きっと幾度となくカミーユが剣を振るうところを見てきたのだろう。
「へえ、こりゃあ楽しくなってきたな。っといけねえいけねえ。今は授業中だった。おーいお前ら、構えはできたな?じゃあ素振り100回だ」
「えええ!」
「おいマーサ、何がえええ、だ。素振りがなってねえとなんもできねえんだぞ!」
「はぁい…」
生徒たちはヒーヒー言いながら素振りをした。カミーユの地獄の特訓を経験したアーサーにとっては、難なくこなせられる楽なものだったが。
素振りの次は、藁の束に剣を打ち込んだ。6人ほどが苦戦している。なかなか藁の束を切り倒せないようだ。アーサーはたった一度で軽々と切り倒した。アーサーの洗練された一太刀を見た生徒たちは驚いて手を止めてしまうほどだった。女子たちはうっとりした顔でアーサーを見つめ、男子たちは気に食わないと睨みつけている。アーサーは生徒たちの視線に気づいていないようで、のんびりとした仕草で暇つぶしに切り落とした藁の束を空中に投げ、落下している間に束が粉々になってしまうまで何度も斬りつけた。
「うーん、なまっちゃってるなあ。怒られそう…」
「ねえ、聞いた…?あれでなまってるって…」
「アーサー君って一体何者なの?」
「かっこいい…」
「はいお喋りする暇あったらお前らの目の前にある束を切り倒せー」
頭を先生に掴まれ、アーサーに夢中になっていた女子生徒たちが慌てて剣を握りなおした。
藁の束をクリアした生徒たちは、木剣に持ち替えて二人一組になった。アーサーはグレンダとペアになる。
「よーい、はじめ!」
先生の合図と共に生徒たちが相手に向かって剣を振り上げた。グレンダも剣を構えようとしたが、先ほどまで目の前にいたアーサーがいない。
「あれ?」
「こっち」
後ろからトン、とグレンダの首に木剣が優しく当たる。振り返るとアーサーと目が合った。アーサーは目じりを下げて「僕の勝ち」と笑った。グレンダは顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。それを見ていた先生はうーんと唸った。
「思ってた以上だな…。これじゃあ実力差がありすぎる。ペアを変えるか」
先生はアーサーを男子生徒と組ませたが実力差はさほど縮まらない。それどころかあまりにアーサーの動きが速いので練習にならない。先生は一太刀を交えるまではアーサーが動くことを禁止したほどだった。
(そっか。これは剣術の練習だもんね。僕がちょろちょろしてたら相手の子の練習にならないのか。だったら動き回らないで剣を受けたほうがいっか)
それからのアーサーはほとんど動かないようにして生徒と剣を交えた。相手が両手で思いっきり振りかぶった剣も、片手で軽々と受け流してしまう。アーサーからは反撃しないのに、長時間剣を振り続けて体力を切らした生徒が次々とリタイアしていった。何人相手にしても全く疲れた様子を見せないアーサーに、先生は「こりゃあ驚いたぜ…」と小さく拍手した。
女子はそんなアーサーを見てキャッキャと騒いでいる。それを見て面白くなかったウィルク王子が先生に提案した。
「先生、アーサーと僕を組ませてください」
「あっ、いや、それは…」
「なぜですか。僕じゃアーサーに敵わないとでも?」
ウィルク王子は10歳という年齢で見ればかなり優秀だ。対してアーサーは、B級冒険者レベルかそれ以上の実力を持っていると先生は感じ取った。まだ未熟なウィルク王子は、自分とアーサーとの差を分かっていないのだろう。自分から名乗り出て王子が負けたら赤っ恥だ。それは避けたいが、高慢な王子になんと言っていいのか分からず先生は黙ってしまった。そんな先生にアーサーがこそっと耳打ちをする。
「先生、僕、大丈夫ですよ」
「アーサー、お前の心配をしているわけじゃなく…」
「いえ、そう意味ではなく」
アーサーはそう言ってウィルク王子と向き合って立った。
「よろしくお願いします。ウィルク王子」
「お前が尻もちをつく姿、もう一度見せてやる」
やれやれ、と頭を掻きながら先生が合図を出した。アーサーは木剣を構えて突っ立ったままだ。そんな彼にウィルク王子が木剣を振り下ろす。何回か剣を交えたあと、王子の渾身の一撃を受け止めたアーサーがバランスを崩した。
「わっ」
その隙に王子がアーサーの腹に木剣を打ち込んだ。地面に倒れこんだアーサーは「いててて」とおなかをさすりながら王子に敬礼する。
「さすがウィルク王子です。僕では受けきれないほどの力強い剣筋でした」
「ははは!この程度かアーサー!お前たち、こんなへなちょこに負けたのか?不甲斐ないぞ」
上機嫌で取り巻きの元へ戻って行った王子を見て、先生はほーっと安堵のため息をついた。ズボンについた土を払いながら立ちあがっているアーサーと目が合った。先生が手を振って礼を示すと、アーサーはニコリと笑って手を振り返した。
(場をおさめるために、皆の前で恥をかくことも厭わず手を抜いたか…。
強く、賢く、場を読める。無駄なプライドもない。なんて良い印象を抱かせる少年なんだ。…これはカミーユさんが剣術を教えたくなるのが分かるな)
その後、王子の機嫌が良くなったので授業がやりやすくなった。アーサーはそれ以降も生徒と組むときはかなり手を抜いて相手の実力に合わせて剣を合わせた。ベルが鳴るまで、生徒たちは必死に剣を振り続けた。
「わたし、リオラっていうの。ダービー家の一人娘。よろしくね」
「よろしく。僕はアーサー。リングイール家の息子だよ」
「さっきも思ったんだけど、私リングイール家って聞いたことないわ」
「うん。僕の家、とっても小さくてあまり知られてないんだ。オーヴェルニュ伯爵に推薦してもらったからリリー寮になっただけだよ」
「まあ!オーヴェルニュ伯爵とお知り合いなの?それは素敵」
横で聞き耳を立てていた女子4人がアーサーを囲い込んだ。貴族の娘はいついかなる時も結婚相手探しを怠らない。
「アーサーくん、はじめまして。私はクレアよ」
「私はドリー」
「私はグレンダ!」
「私はマーサ」
「クレア、ドリー、グレンダ、マーサー。よろしくね」
アーサーはにこりと笑って4人の手の甲に挨拶のキスをした。女子生徒は頬を赤らめてアーサーを見つめている。端正な顔立ちで物腰の柔らかいアーサーに、早くも心を奪われてしまったようだ。
それが面白くなかったのか、男子生徒たちが不機嫌そうに近寄ってきた。先頭にいた男の子が、アーサーを見下すような目で声をかけた。
「リングイールくん。彼女たちより先に挨拶するべき人がいるんじゃないかい?」
「え?」
リーダーらしき男の子の後ろに控えている生徒が、偉そうな口調で言った。
「図が高いぞ!!彼はこの国の王子、ウィルク様でおられるぞ!」
「ウィルク王子?!」
アーサーは目を見開いてその少年を見た。銀髪の髪、緑色の目…国王の髪色と、王妃の瞳の色と同じだ。少しばかりアーサーと顔立ちも似ている。だが、人を見下すような目つき、生意気そうに口角をきゅっと上げている唇…表情は似ても似つかない。
「おい!まずは跪いて挨拶をしろ!!」
取り巻きの生徒がやいやいと騒ぐ。アーサーはウィルク王子の前に跪き、丁寧に挨拶をした。
「ウィルク王子。お初にお目にかかります。わたくし、リングイール家の長男、アーサーと申します。王子と共に学べること、光栄に思います。どうぞよろしくお願いいたします」
「ふん、やればできるじゃないか」
王子はアーサーの顎につま先を当て、顔を上げさせた。
「生意気にも僕と同じ髪の色をしているじゃないか。それに…灰色の瞳」
王子はアーサーの顔をじっと覗き込んだ。明らかに動揺している。自分の正体がバレたかと思いアーサーの心臓が痛いほど激しく鼓動した。
「アーサー。兄弟はいるか?」
「い、妹が一人おります」
「ほう!もしかして双子か?」
「いいえ。1つ下です」
「…そうか。リングイール家など僕は聞いたことがない。王族との関係は?」
「全くございません。リングイール家は商人上がりの貴族ですから」
「なぜ商人上がりの貴族がリリー寮にいる?ビオラ寮に入るべきでは?」
「幸運なことにオーヴェルニュ侯爵に可愛がっていただいておりまして。特別に入れさせていただきました」
「……」
王子はまたじぃっとアーサーを覗き込んだあと、ため息をついて顔を背けた。
「ばかばかしい。死んでるはずなんだから。何を期待してるんだ僕は」
平静に戻った王子はそのままアーサーを蹴り尻もちをつかせた。その姿を鼻で笑い「商人上がりのリングイールくん。せいぜい頑張りたまえ」と言ってその場を離れた。冷や汗をダラダラ垂らしていたアーサーは心の中で安堵のため息をついた。気のせいだと思ってくれて助かった。
「アーサーくん!大丈夫?!」
「大丈夫だよ。ありがとう」
ドリーが地べたに座っているアーサーに手を差し出した。彼女の手を取って立ち上がり、ズボンについた砂を払いながら弟の後姿をちらりと見た。
(ウィルク…。10歳にしてあの高慢さか。参ったな…。弟のあんな姿あまり見たくなかった)
アーサーが少しがっかりして気分が沈んだ。そうしているうちに筋肉隆々の先生らしき人が教室に入ってきた。
「うーし!授業始めるか。…お!お前が転入生か?俺はカーティス。よろしくな!俺は厳しいぞ!」
「よろしくお願いします、カーティス先生」
「おう!じゃ、早速訓練場へ行くぞ。今日は剣術だ。剣を持ってついてこい」
アーサーのクラスの生徒たちはそれぞれ自分の剣を手に先生についていった。学院から出て、訓練場に辿り着く。先生は生徒に剣を構えるように指示した。生徒一人一人の構えをチェックしていく。
「リオラ、肘が歪んでいる…サイラス、なんだその構えは!まず握り方から直さないとな…エディー、お前は何度言ったらそのクセ治るんだ?…ウィルク様は、さすがだな。美しい構えだ」
アーサーはちらりとウィルクを見た。たしかに癖のない綺麗な構えをしている。きっと学院に来る前から剣術を教わっていたのだろう。よそ見をしているうちに、先生がアーサーの前に立っていた。じっとアーサーの構えを見ている。
「アーサー…お前のその構え…」
「え?変ですか?」
先生はアーサーの耳元で囁いた。
「お前、カミーユさんに剣術教えてもらったのか?構えが瓜二つだ」
「うっ…」
「はん。図星か」
「あの、このことは内密に…」
「分かってるよ。じゃないとカミーユさんに人が押し寄せちまう」
ガハハと笑って先生はアーサーの肩を叩いた。どうやら先生とカミーユは面識があるようだ。それどころか、構えだけでカミーユに教えてもらったことがバレるなんて、きっと幾度となくカミーユが剣を振るうところを見てきたのだろう。
「へえ、こりゃあ楽しくなってきたな。っといけねえいけねえ。今は授業中だった。おーいお前ら、構えはできたな?じゃあ素振り100回だ」
「えええ!」
「おいマーサ、何がえええ、だ。素振りがなってねえとなんもできねえんだぞ!」
「はぁい…」
生徒たちはヒーヒー言いながら素振りをした。カミーユの地獄の特訓を経験したアーサーにとっては、難なくこなせられる楽なものだったが。
素振りの次は、藁の束に剣を打ち込んだ。6人ほどが苦戦している。なかなか藁の束を切り倒せないようだ。アーサーはたった一度で軽々と切り倒した。アーサーの洗練された一太刀を見た生徒たちは驚いて手を止めてしまうほどだった。女子たちはうっとりした顔でアーサーを見つめ、男子たちは気に食わないと睨みつけている。アーサーは生徒たちの視線に気づいていないようで、のんびりとした仕草で暇つぶしに切り落とした藁の束を空中に投げ、落下している間に束が粉々になってしまうまで何度も斬りつけた。
「うーん、なまっちゃってるなあ。怒られそう…」
「ねえ、聞いた…?あれでなまってるって…」
「アーサー君って一体何者なの?」
「かっこいい…」
「はいお喋りする暇あったらお前らの目の前にある束を切り倒せー」
頭を先生に掴まれ、アーサーに夢中になっていた女子生徒たちが慌てて剣を握りなおした。
藁の束をクリアした生徒たちは、木剣に持ち替えて二人一組になった。アーサーはグレンダとペアになる。
「よーい、はじめ!」
先生の合図と共に生徒たちが相手に向かって剣を振り上げた。グレンダも剣を構えようとしたが、先ほどまで目の前にいたアーサーがいない。
「あれ?」
「こっち」
後ろからトン、とグレンダの首に木剣が優しく当たる。振り返るとアーサーと目が合った。アーサーは目じりを下げて「僕の勝ち」と笑った。グレンダは顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。それを見ていた先生はうーんと唸った。
「思ってた以上だな…。これじゃあ実力差がありすぎる。ペアを変えるか」
先生はアーサーを男子生徒と組ませたが実力差はさほど縮まらない。それどころかあまりにアーサーの動きが速いので練習にならない。先生は一太刀を交えるまではアーサーが動くことを禁止したほどだった。
(そっか。これは剣術の練習だもんね。僕がちょろちょろしてたら相手の子の練習にならないのか。だったら動き回らないで剣を受けたほうがいっか)
それからのアーサーはほとんど動かないようにして生徒と剣を交えた。相手が両手で思いっきり振りかぶった剣も、片手で軽々と受け流してしまう。アーサーからは反撃しないのに、長時間剣を振り続けて体力を切らした生徒が次々とリタイアしていった。何人相手にしても全く疲れた様子を見せないアーサーに、先生は「こりゃあ驚いたぜ…」と小さく拍手した。
女子はそんなアーサーを見てキャッキャと騒いでいる。それを見て面白くなかったウィルク王子が先生に提案した。
「先生、アーサーと僕を組ませてください」
「あっ、いや、それは…」
「なぜですか。僕じゃアーサーに敵わないとでも?」
ウィルク王子は10歳という年齢で見ればかなり優秀だ。対してアーサーは、B級冒険者レベルかそれ以上の実力を持っていると先生は感じ取った。まだ未熟なウィルク王子は、自分とアーサーとの差を分かっていないのだろう。自分から名乗り出て王子が負けたら赤っ恥だ。それは避けたいが、高慢な王子になんと言っていいのか分からず先生は黙ってしまった。そんな先生にアーサーがこそっと耳打ちをする。
「先生、僕、大丈夫ですよ」
「アーサー、お前の心配をしているわけじゃなく…」
「いえ、そう意味ではなく」
アーサーはそう言ってウィルク王子と向き合って立った。
「よろしくお願いします。ウィルク王子」
「お前が尻もちをつく姿、もう一度見せてやる」
やれやれ、と頭を掻きながら先生が合図を出した。アーサーは木剣を構えて突っ立ったままだ。そんな彼にウィルク王子が木剣を振り下ろす。何回か剣を交えたあと、王子の渾身の一撃を受け止めたアーサーがバランスを崩した。
「わっ」
その隙に王子がアーサーの腹に木剣を打ち込んだ。地面に倒れこんだアーサーは「いててて」とおなかをさすりながら王子に敬礼する。
「さすがウィルク王子です。僕では受けきれないほどの力強い剣筋でした」
「ははは!この程度かアーサー!お前たち、こんなへなちょこに負けたのか?不甲斐ないぞ」
上機嫌で取り巻きの元へ戻って行った王子を見て、先生はほーっと安堵のため息をついた。ズボンについた土を払いながら立ちあがっているアーサーと目が合った。先生が手を振って礼を示すと、アーサーはニコリと笑って手を振り返した。
(場をおさめるために、皆の前で恥をかくことも厭わず手を抜いたか…。
強く、賢く、場を読める。無駄なプライドもない。なんて良い印象を抱かせる少年なんだ。…これはカミーユさんが剣術を教えたくなるのが分かるな)
その後、王子の機嫌が良くなったので授業がやりやすくなった。アーサーはそれ以降も生徒と組むときはかなり手を抜いて相手の実力に合わせて剣を合わせた。ベルが鳴るまで、生徒たちは必死に剣を振り続けた。
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