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学院編:オヴェルニー学院

【101話】火魔法の授業

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◆◆◆
《ねえジュリア。欲しいものはない?》

《いいえ、ありませんわ》

《相変わらず無欲だね、君は》

《無駄なことに税金を使いたくないだけです。それよりもお兄さま、あなた最近ウィルクに変なことを教えましたでしょう。インコが願いを叶えてくれるなんてバカバカしい。いくらかまってちゃんをしたって、お母さまが私たちに興味を示すことはありませんわ。だってあなたに夢中なんですもの》

《かわいい弟の夢を壊さないでおくれよジュリア。さっきウィルクが大泣きしていたよ。君が意地の悪いことを言うって》

《当り前でしょう!彼はこの城で随一の聡明さを持つ大切な臣下を殺してしまったのよ!!インコに覚えさせたたった一言でね!!しかもあんなバカげた理由で!!お兄さま、どういうつもりですの?!》

《そんなに怒鳴らないでおくれよ。最近寝ていないんだから》

《…お兄さま、あなた何か企んでいらっしゃるわね?ただでさえお父様は自分勝手な政治をしているのに、クリビュルが死んだことで歯止めが利かなくなってしまったわ。どうせあなたが口添えをしたんでしょう?》

《はあ。賢い妹を持つと大変だな》

《…お兄さま。私はお兄さまのことが好きですわ。あのおバカなウィルクと違って頭がいいんですもの。私は何かの能力に長けている人は好きよ。でもその賢い頭でとんでもないことを企んでいて、それに私を巻き込もうとしているのなら、お断りよ》

《実力主義者の君に好かれるなんて光栄だなあ》

《からかわないでちょうだい》

《からかってないよ。君は実力のない人には冷たいんだもの。そういうところ、直した方がいいと思うよ》

《ばかばかしい。実力のない人に構っている時間はないわ。私は無能がだいっきらい。それの何が悪いって言うの?》

《そう。だったらそれを利用させてもらうまでさ。やっぱり君はそのままでいいよ。それでさらに高価なドレスをお母さまにおねだりしてくれたら最高なんだけどなあ》

《…どういうこと?》

《ジュリア座って。話をしよう。君は僕が思っている以上に賢かったみたいだ。君にだったら話してもいい》

「ジュリア姫!起きてください、朝食のお時間ですよ」

体を揺らされてジュリア姫は目を覚ました。制服を着てアイテムボックスにしまっている数えきれないほどのアクセサリーの中からひとつを選ぶ。ダイヤが散らばるネックレスを身に付け、鏡に自分の姿を映した。

「…悪趣味」

◆◆◆

初めての魔法の授業に、モニカはドキドキしながら席に座っていた。魔法クラスの生徒は、女子が10人、男子が5人。武器戦術クラスと反対の比率だった。思春期の男子たちは転入してきたモニカを身を乗り出して覗いている。すごくかわいいじゃん、おまえこえかけろよ!と子供らしい会話をコソコソとしているが、モニカには聞こえていない様子だった。

「あら、新人さん?」

モニカが顔を上げると、気のきつそうな女の子が立っていた。彼女はくすんだ金髪、灰色の瞳をしている。髪色は王妃に、瞳の色は国王にそっくりだ。もしやと思いモニカは立ち上がった。

「はじめまして。リングイール家の長女、モニカと申します。あなたさまはもしかして、ジュリア王女でいらっしゃいますか?」

「ええ、そうよ」

肯定の言葉を聞き、モニカはすぐさま跪いた。

「お目にかかれて光栄ですわ、ジュリア様。あなたさまと共に学べて感激で胸が震えております。どうぞよろしくお願いいたします」

「あら、しつけがなっている子猫のようね。よろしくモニカ。あなた、気に入ったわ」

ふふんと笑い、ジュリア王女はモニカの隣に座った。

「あなた、最適性魔法は?」

「雷です」

「そう、奇遇ね。私も雷よ」

そんな話をしているうちに始業のベルが鳴った。ローブを身に付けた大人の女性が教室へ入ってくる。ちらとモニカを見て、モニカの机を杖で叩いた。

「あなた、転入生?立ちなさい」

「あっ、はい!」

「自己紹介をして」

「リングイール家長女、モニカと申します」

「座って」

「はい!」

「私はザラ。よろしくモニカ。じゃあ、早速授業を始めるわ。みなさんこれを」

ザラはキャンドルを生徒に配った。全員に行きわたったことを確認してから、教壇に置いたキャンドルに杖を向け詠唱した。

「イゼリルス」

キャンドルに火が灯る。ザラ先生は「やったことあるからできるわよね。はい、どうぞ」と生徒に合図をした。生徒は声を合わせて「イゼリルス」と唱え、キャンドルに火を灯した。

「えっ?えっ?」

モニカが戸惑っていると、ジュリア王女が呆れた声で話しかけた。

「あなた、こんなこともできないの?」

「えっと、あの…」

「モニカさん」

「はいっ」

先生がモニカの前へ立つ。冷たい目で見つめられ、モニカは居心地が悪くなった。

「もしかして火魔法の呪文も知らないの?」

「あ…はい…」

「なんてこと…」

はぁ、とため息をついてから、先生が黒板に「Ilsallumentleseu」と書いた。

「イゼリルス。さあ、どうぞ」

「い、イゼリルス…」

モニカが詠唱しながら杖を振ってもキャンドルに火は灯らない。杖は《やれやれ…》と呟いた。先生は何事も起こらなかったキャンドルを見てため息をついた。

「全然だめね」

「あの、詠唱しないとだめですか…?」

「だめよ。当然でしょう。無詠唱は基礎ができてから」

「そうじゃなくて、私、歌を…」

「言い訳は良いから、あなたは詠唱の練習をして。キャンドルに火が灯るまで続けなさい」

「ううう…」

「はあ、私人を見る目はあるはずなんだけど。今回はあてが外れたわね」

ジュリア王女はそう言って席を立った。そしておそらくいつも一緒にいるであろう友人の隣に移動した。

モニカが何度詠唱しても杖に魔力が届かない。やるせない気持ちになって泣きそうになった。

「イゼリルス…イゼリルス!…ううう…だめか」

《モニカ、こんなことバカげている。歌を歌えば火を灯すことくらい安易であろう》

「で、でも詠唱しなさいって先生が…」

「なにを一人でブツブツと喋ってるのです?集中しなさい」

「はい…」

他の生徒たちは次の課題、耐熱ガラスの中に、より大きな火魔法を打つ練習をしている。モニカともう一人だけがキャンドルから先に進めていないが、その生徒も授業が終わるころにはキャンドルに火を灯すことができていた。終業のベルが鳴った時も、モニカはキャンドルに杖を振っていた。

「イゼリルス…イゼリルス…イゼリルスっ!」

「モニカさん…だっけ?大丈夫?」

心配そうに声をかけてくれたのは、眼鏡をかけた男の子だった。涙を溜めて杖を振っていたモニカは、彼を見上げて恥ずかしそうに笑った。

「あっ、ありがとう…。だめ、全然できないや…」

「詠唱はね、魔法のイメージを助長させるためのものなんだって。だから、呪文を唱えているとき、頭に何かが燃えてるイメージをしたら、もしかしたら上手くいくかもしれないよ」

「あ…そうだね。詠唱に必死になって全然イメージできてなかった。ありがとう、えーっと…」

「ごめん、名乗ってなかったね。僕はロイ。よろしく」

「よろしく、ロイ。アドバイスありがとう」

「ううん。君からはたくさん魔力が溢れてるのに、もったいないなあって思って」

「え…?」

「それじゃあね。頑張って」

ロイは手を振って教室を出て行った。人の魔力量が分かるのは、シャナやリアーナのようにかなり高度な魔法使いだけだと思っていた。モニカは不思議そうに首を傾げてから、再びキャンドルに向き直った。

「あらあら、出来損ないの子猫ちゃん。まだがんばってるの?」

ジュリア王女が教室を出ていく前にモニカに声をかけた。まっさらのキャンドルをちらりと見てから、モニカに侮蔑した視線を送った。

「こんな火魔法も使えないのなら、武器戦術クラスに移った方が良いと思うわよ」

王女の言葉に、取り巻きの女子生徒がクスクスと笑う。モニカは涙をぐっとこらえて微笑んだ。

「ジュリア王女。お気遣いありがとうございます。もう少し頑張ってみますわ」

「ふん。かわいくないわね。あなたたち、行きましょう」

「はい、ジュリア様」

ジュリア王女とその友人たちが出てき、教室に一人モニカだけが取り残された。「イゼリルス」と唱えすぎて、わけが分からなくなってくる。こみあげてくるものが喉に詰まって上手に詠唱ができなくなってきた。

「あれ?モニカ?まだ残ってたんだ。熱心だねえ」

授業が終わって30分後、大好きな声が聞こえてきてモニカは勢いよく顔をあげた。そこには教室から顔を覗かせているアーサーがいた。兄の顔を見て、ずっと我慢していた涙がぼろぼろとこぼれる。泣き出したモニカにびっくりしてアーサーが駆け寄った。兄に抱きついてモニカはわんわんと泣いた。

「アーサーぁぁ!全然できないのぉぉっ!ひっく、えっぐ、詠唱じゃあ、私、魔法使えないのぉぉっ!わぁぁぁぁん!!」

「詠唱がだめなら、いつもみたいに歌えばいいじゃないか」

「詠唱じゃなきゃだめって、先生がっ!あぁぁぁん、ええええん!先生にも、生徒たちにも冷たい目で見られちゃったよぉぉ!」

「そっか…つらかったね、モニカ」

アーサーは妹の頭を優しく撫でた。モニカが落ち着くまでずっと撫で続けた。
泣き止んだモニカは、目を真っ赤にして鼻水を垂らしている。アーサーはハンカチを妹の鼻にあてて拭いてやった。

「ねえモニカ。詠唱しながら、頭の中で歌ってみたらどうかな?」

「え…?」

「もしかしたらうまくいくかもしれないよ。ほら、やってみよう」

「うん…やってみる…」

モニカは頭で火魔法の歌を歌いながら、「イゼリルス」と唱えた。杖がぽうっと反応したが、キャンドルには火が付かない。しかし杖は大興奮した。

《モニカ!かすかだが魔力が伝わったぞ!もっと試してみるのだ》

「っ!うん!」

詠唱しながら頭の中で歌を歌うのはなかなか難しい。モニカはうんうん唸りながら、何度も杖を振った。アーサーは隣に座って「うん!良い感じだよ!」「あともうちょっとだ!」と妹をずっと励ました。
昼食と午後の授業のため一時中断し、夕方からまた教室を借りて練習した。練習を再開して2時間後、とうとうキャンドルに火を灯すことに成功した。小さな小さな火魔法だったが、アーサーとモニカ、そして杖は大喜びした。

「アーサぁぁぁ!杖ぇぇぇ!!ありがとおおおお!!うわぁぁぁん!!」

《よく頑張ったな、モニカ》

「モニカが頑張ったからだよ!えらいねモニカ。さ、食堂へ行ってごはんを食べよう?」

「うん!!」

モニカはヘロヘロになりながらアーサーと手を繋いで食堂へ向かった。食堂では数百人の生徒が食事をしている。空いている席に座り、テーブルの中央に盛られている料理を子皿にとってたらふく食べた。
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