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残月記番外編・反魂二
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しおりを挟む「・・・・・・」
「・・・・・・」
昂遠は何も話さない。飛燕もそれは同じであった。
静かに外へ出ると、後ろを黙ってついてくる小父の姿がそこにはあった。
もうすっかりと外は暗くなっており、ザワザワと風に揺れる草の音だけが風音に紛れては消えていく。
久しぶりに嗅いだ土の匂いもどこか懐かしい。
「・・・静かですね・・・小父さん」
「・・・ああ」
「家族はあれから・・・どうなりましたか?」
「・・・・・・・・・」
昂遠は答えない。ただ、何かを迷っているような、そんな様子である。
「・・・小父さん」
「・・・残っていたのは、君だけだよ」
「・・・っ」
その言葉に、飛燕の目が大きくなる。
分かっていた。なんとなくではあるが気が付いていた。
家の静けさも、脳裏を過る見知らぬ人の声も、黒く這い回る虫のような感触も。
全てを忘れることが出来ないまま、彼は此処に戻って来たのだ。
「・・・・・・・・・」
昂遠のその声に、胸の奥が貫かれたように苦しくなる。
唇が自然と震え、その度に唇を強く噛みしめた。
ツンと痛くなる喉を堪えようにも一度噴き出したその感情は留まることを知ろうとしない。
「・・・俺たちがここに来た時にはもう、皆、亡くなっていた」
記憶の中に残る優しい父母の顔と声が脳裏を過る。
幼い兄弟達の顔も、全てがはっきりと昨日のように甦っては、湯気のように溶けていく。
掴もうとしても届かない。
近いようで遠い距離。その距離の遠さに、飛燕の肩が僅かに揺れた。
「・・・っ・・・う・・・ぅあ・・・」
視界が段々と滲んでゆく。
頬を幾度も熱いものが伝う度に無意識に瞬きを繰り返すが、溢れ出した感情は川の如く流れていくだけだ。
その時、飛燕の背に何か大きなものが静かに触れた。
それが小父だと分かるまで少しの時間が必要だった。
「・・・すまない。俺がもっと早く、一日でも早くここに来ていれば」
小父さんは悪くない。そう話そうにも喉が焼かれるように痛むだけで肝心の声が出てこない。
何度も首を振って答えるも、涙は止まりそうもなかった。
「・・・すまない・・・」
「う・・・」
ざわりと強く吹く風が飛燕の声をかき消し、悲痛なその音だけが、ずっと長く闇へと響いていた。
奇妙な二人だけの生活がゆっくりと始まったのは、それからすぐの事で。
初めて自身の身体の変化に気付いた日の事を、飛燕はよく覚えている。
目が覚めて湯を浴びようと風呂に向かった時、そこで初めて彼は母が使っていた鏡を手に取ったのだ。
「・・・・・・・・・」
鏡で自身の顔を見た時、本当にこれは自分なのかと心臓が飛び出しそうになってしまった。
黒かった髪は色が抜け落ち、黄色に変色している。
黒かった瞳も片方が赤で、もう片方は透き通るような青へと色が変化しているではないか。
よく見れば丸かった自分の耳もピンと尖り、手の甲も爪も獣のように細く長く伸びている。
「・・・・・・」
鏡に視線を向けたまま、何度も自身の頬を摩ってみるも、この光景は変わらない。
その仕草を繰り返す飛燕を前にして、昂遠は内心どうやって関わっていけばいいのか迷っていたのだが、自分がしっかりしなければと思い、ただ飛燕に寄り添うことにしたのだった。
「・・・・・・・・・」
それから、飛燕は塞ぎ込むことが多くなった。
昨日まで当たり前のようにいた家族が急にいなくなってしまった現実と自身の肉体の変化を前にして、頭では仕方が無いのだと分かっているはずなのに、どうしても思考がついていかないのだ。
「今まで気づかなかったけど・・この家はこんなにも静かで、広かったんだ・・・」
そう思うと、ここにいる小父だけでなく、いつか自分も消えてしまうのでは?とさえ思ってしまう。
頑丈だった床が、何かの拍子に崩れてしまうような不安定さが、ひたひたと彼の足元から迫って来るかのようだ。
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