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残月記番外編・反魂二
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「・・・し・・・しっ・・・死ぬかと思いました・・」
器に注がれた冷水をガブガブと飲み干しながら、飛燕がハアハアと荒い呼吸を繰り返している。
「・・・生きていたじゃないか」
「・・・わっ笑い事ではありません!」
「ハハッ!その元気があれば十分だ」
「・・・一体あれは何だったんです?」
「あれか?見た目は悪いが、まぁ薬だ・・・多分」
「あんな不味い薬、飲んだことありませんよ」
「まぁそう言うなよ」
「それは何です?」
「ん?」
そう話す昂遠の表情はとても優しい。
彼は慣れた様子で鍋の中をかき混ぜると、それをすくって椀へと盛りつけた。
途端にふわりと白い湯気が天井へと昇っていく。
「・・・あ」
飛燕の声に昂遠の頬が自然と緩む。
初めて昂遠特製の湯を飲み干した飛燕は、目を覚ます度に昂遠の地獄湯を何度も飲まされ、その度に意識を手放すという生活をひと月ほど繰り返していたのだが、ようやく彼がその味に慣れてきたこともあって、食事を粥へと変えることにしたのだ。
「・・・・・・」
「慌てなくても沢山あるからな」
「か・・・粥だ・・・!人間の食べ物だ・・・!」
飛燕は初めて自分が生きていて良かったと心から思った。
解放される!これで!あの地獄の湯から!
「・・・・・・」
ゴクリと喉を鳴らし、恐る恐る粥をすくってみれば、米粒がまるで宝石のように艶々と輝きを放っている。
彼はゆっくりと粥を口に含んだ瞬間、その美味しさに頬が落ちそうになった。
「・・・・・・・・・」
米特有の甘さと、ほんのりと香る鶏の出汁と生姜が見事に重なって、飛燕の腹の虫がぐうぐうと鳴り響いては止まりそうもない。
「んんー・・・!」
彼はボロボロと涙を零しながら、気が付けば昂遠の作った粥を綺麗に平らげていた。
「・・・美味いか?」
「うん・・・おいひい・・・おいひいです・・・」
「そうか」
「あい・・・」
「慌てて食べることは無い。粥は逃げないよ」
「んぐ・・・」
うんうんと首を上下に揺らしながら、飛燕が口をモゴモゴと動かしている。
お代わりを繰り返し、ひたすら食べ続ける飛燕に昂遠は苦笑いを返しながら見ていたのだが、腹を満たした彼が落ち着くのをジッと待ってから、昂遠は背筋を伸ばすと飛燕の顔を見た。
「・・・な・・・なんです・・・」
「いや・・・」
自身の顔をジッと眺める小父の顔には緊張感が漂っており、どうにも落ち着かない。
飛燕は自身の意識がハッキリしてきたこともあって、ゆっくりと寝室を見渡した。
「・・・・・・」
ぼんやりとした意識の中でも思っていた。
何かがおかしい。ハッキリとは口に出せないけれど、何処かがおかしい。
その違和感に気付きたくはないと、ずっと心が訴えている。
けれど、聞かなくてはならないのだ。
その想いに蓋をすることも出来ないまま、飛燕は視線を逸らすことなく昂遠を見た。
「・・・少し歩いても構いませんか・・・小父さん」
「あっああ・・・」
急に話しかけられるとは思っていなかったのだろう。
彼はやや驚いた表情で飛燕を見ていたが、手を伸ばすと彼が歩くのを支えながら、共に小屋の中を歩くことにしたのだった。
「すみません」
「謝ることは無いさ。ずっと眠っていたんだ。思うように動かなくて当たり前だよ」
「・・・はい」
正直なところ、飛燕は自身の身体がここまで動かなかった事に驚愕を隠せなかった。
今までも怪我や高熱で寝込んだことは何度もあったが、数日で治ってしまうことが多く、ここまで回復に時間がかかるとは飛燕自身思っていなかった。
頭は未だぼんやりとしていてハッキリしない。
「・・・っ」
それに、全身の怠さに加えて続くこの痛みである。
床に足を着けようと動かした瞬間、針に刺されたように激痛が走り、その痛みに飛燕の口から悲鳴が漏れた。
途端に飛燕の全身から汗が吹き出し、両腕の震えが止まらない。
一歩、また一歩と前へ進む度に全身に激痛が走り、その度に彼を支える昂遠の力が強くなった。
「・・・・・・」
「あ・・・」
気が付けば飛燕は昂遠から離れ、ゆっくりと前を歩いている。
昂遠は最初、横に並んだ方が良いかとも考えたのだが、それはしない方が良いとあえて彼の後ろをついて歩くことにした。
寝室を出て厨房に向かうと、そこは何も変わってはおらず、籠の中には鶏が静かに眠っている。ふらりと滑るように部屋を覗けば、そこには机と牀が置かれており、父母が使っていた薬草を煎じる為の陶器や、すり棒がそのままの状態で置かれていた。
スンと鼻を鳴らすと、懐かしい匂いが全身に広がっていく。
器に注がれた冷水をガブガブと飲み干しながら、飛燕がハアハアと荒い呼吸を繰り返している。
「・・・生きていたじゃないか」
「・・・わっ笑い事ではありません!」
「ハハッ!その元気があれば十分だ」
「・・・一体あれは何だったんです?」
「あれか?見た目は悪いが、まぁ薬だ・・・多分」
「あんな不味い薬、飲んだことありませんよ」
「まぁそう言うなよ」
「それは何です?」
「ん?」
そう話す昂遠の表情はとても優しい。
彼は慣れた様子で鍋の中をかき混ぜると、それをすくって椀へと盛りつけた。
途端にふわりと白い湯気が天井へと昇っていく。
「・・・あ」
飛燕の声に昂遠の頬が自然と緩む。
初めて昂遠特製の湯を飲み干した飛燕は、目を覚ます度に昂遠の地獄湯を何度も飲まされ、その度に意識を手放すという生活をひと月ほど繰り返していたのだが、ようやく彼がその味に慣れてきたこともあって、食事を粥へと変えることにしたのだ。
「・・・・・・」
「慌てなくても沢山あるからな」
「か・・・粥だ・・・!人間の食べ物だ・・・!」
飛燕は初めて自分が生きていて良かったと心から思った。
解放される!これで!あの地獄の湯から!
「・・・・・・」
ゴクリと喉を鳴らし、恐る恐る粥をすくってみれば、米粒がまるで宝石のように艶々と輝きを放っている。
彼はゆっくりと粥を口に含んだ瞬間、その美味しさに頬が落ちそうになった。
「・・・・・・・・・」
米特有の甘さと、ほんのりと香る鶏の出汁と生姜が見事に重なって、飛燕の腹の虫がぐうぐうと鳴り響いては止まりそうもない。
「んんー・・・!」
彼はボロボロと涙を零しながら、気が付けば昂遠の作った粥を綺麗に平らげていた。
「・・・美味いか?」
「うん・・・おいひい・・・おいひいです・・・」
「そうか」
「あい・・・」
「慌てて食べることは無い。粥は逃げないよ」
「んぐ・・・」
うんうんと首を上下に揺らしながら、飛燕が口をモゴモゴと動かしている。
お代わりを繰り返し、ひたすら食べ続ける飛燕に昂遠は苦笑いを返しながら見ていたのだが、腹を満たした彼が落ち着くのをジッと待ってから、昂遠は背筋を伸ばすと飛燕の顔を見た。
「・・・な・・・なんです・・・」
「いや・・・」
自身の顔をジッと眺める小父の顔には緊張感が漂っており、どうにも落ち着かない。
飛燕は自身の意識がハッキリしてきたこともあって、ゆっくりと寝室を見渡した。
「・・・・・・」
ぼんやりとした意識の中でも思っていた。
何かがおかしい。ハッキリとは口に出せないけれど、何処かがおかしい。
その違和感に気付きたくはないと、ずっと心が訴えている。
けれど、聞かなくてはならないのだ。
その想いに蓋をすることも出来ないまま、飛燕は視線を逸らすことなく昂遠を見た。
「・・・少し歩いても構いませんか・・・小父さん」
「あっああ・・・」
急に話しかけられるとは思っていなかったのだろう。
彼はやや驚いた表情で飛燕を見ていたが、手を伸ばすと彼が歩くのを支えながら、共に小屋の中を歩くことにしたのだった。
「すみません」
「謝ることは無いさ。ずっと眠っていたんだ。思うように動かなくて当たり前だよ」
「・・・はい」
正直なところ、飛燕は自身の身体がここまで動かなかった事に驚愕を隠せなかった。
今までも怪我や高熱で寝込んだことは何度もあったが、数日で治ってしまうことが多く、ここまで回復に時間がかかるとは飛燕自身思っていなかった。
頭は未だぼんやりとしていてハッキリしない。
「・・・っ」
それに、全身の怠さに加えて続くこの痛みである。
床に足を着けようと動かした瞬間、針に刺されたように激痛が走り、その痛みに飛燕の口から悲鳴が漏れた。
途端に飛燕の全身から汗が吹き出し、両腕の震えが止まらない。
一歩、また一歩と前へ進む度に全身に激痛が走り、その度に彼を支える昂遠の力が強くなった。
「・・・・・・」
「あ・・・」
気が付けば飛燕は昂遠から離れ、ゆっくりと前を歩いている。
昂遠は最初、横に並んだ方が良いかとも考えたのだが、それはしない方が良いとあえて彼の後ろをついて歩くことにした。
寝室を出て厨房に向かうと、そこは何も変わってはおらず、籠の中には鶏が静かに眠っている。ふらりと滑るように部屋を覗けば、そこには机と牀が置かれており、父母が使っていた薬草を煎じる為の陶器や、すり棒がそのままの状態で置かれていた。
スンと鼻を鳴らすと、懐かしい匂いが全身に広がっていく。
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