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子供だった、夕暮れ

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 口ずさんだ結び言、あの山並みに流れる雲の月夜に、谷間で待つ動物たちの楽しい笑い声。
 手を結んで開いた、口を大きく開けて、風の誘惑に、立ち上る気配を感じていた。
 僕は、自由の意味を知っている気がしていた。
 まるで、凪ぐように、僕の前髪をかざす、鏡のような空に、手の平を添えて、爪の先に、挟まった黒い土を感じ合っている、夕暮れの日差しが、ゆっくりと悠恋に投げかける問いかけは、瞳に映る幻。
 仲睦まじいつがいの草花が、そっと、空を押し戻すように、風をそらんじた。
 疎ましいほど、感じ合っている、鈴の音のような香りに、土は驚く、妬ける気持ちで、遠い地平線を見やる。逸る心が、待つことのできない大人への憧れ。
 山から下りるように、ざわざわと身体を冷ます風が、夕暮れ、子供だったあの頃に、住んでいた林の影のタヌキが、ちらっと雲を見た、沸き立つ自然風の窓際に、咲いているチューリップ。飾りではない額縁に、絡まるつる草の冷ややかな肉体感触。
 花弁に化粧を施して、花粉に鼻を撫でられる黄昏の楽隊が、風と木々の滑る音なら、僕はこのまま、身を滅ぼしてでも、共感しあっていたい。
 葉群れのブトが、まとわりつく、今日という日に別れるのは、何とも痛ましいほどに、涙を誘う。
 涙腺上に響くシンバルが、大人になっていく僕を、種が発芽を待って、弾ける目覚めのように、驚かせる、まるで、楽隊が、情熱を抱いて、奏ずる歌劇の間幕。
 静けさのエンジの葉が、そよっとなって、泣いている寂しさに、恋しいのか、自然の回帰、額の中にあったひと時の自由が、押し返す苦しさに、即興の声で、返してくれる。
 あの頃へ帰してくれる雲の、夜泣きが、僕と空を分けるなら、別れる前に、ここで、あくびをした。
 その涙が、少年時代を濡らすなら、寂しさに、明け暮れる、毎日に、花の匂いを持ってくる、すると、僕のシャツのボタンに触れる、タンポポの綿毛に、何か、不意に旅をすることの寂寞を、口の中で唱える、時が止まって、また歩き出す。
 このまま近くの畑に立つカカシのように、待てない、追いかけることの偉大な摂理を、身で響き合うことが、今を歌うことなら、即興の少年心は、楽譜を持たない。
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