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原型自転車

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今日はいい日。
セールをやっている。
あの野菜はきっと安いはず、あのコメもまだ売ってるかしら。
あの人、まだレジを待っている私の後ろで、微笑んでくれるかしら。
マリアなんて、きっと、少女時代に生きた頃の夢のようね。
歳をとってしまったわ、連れ添う男はろくでもない。いつも若い女の尻ばかりを眺めて、幻滅の日々よ。
でも、野菜と冷凍肉と、ご飯、それさえあれば、魔法がかけられる。
得意料理は、肉じゃがね。次に得意なのはカレー、子供も大きくなったことだし、歳を気にせず、恋がまたしたいわ。
誰もいない。
私を相手にしてくれる人は誰もいなくなってしまったの。
永遠の愛なんて、あるかしら、マリア様
きっと、ないなんて言わないでね。
私だって一生懸命に生きてきたんだから。
帰りたい、訳ではないのよ。
帰さない人が欲しいの。
でも、シワも増えたし、声も枯れたし、それでも、コスメはいいのを使いたい。
老後なんて嫌いな響き。
若い子を見るとね、羨ましくて、でも、可愛くて、思い出すの。
おさげをしてたあの頃を。
りんごのほっぺって言われてね、大好きな人に告白をして、振られたり、振ったり、本当に楽しかった。
本もよく読んだっけ。
太宰三島、ちんぷんかんぷん、それでも、気をひくために、読んだふり。
電車の中で、伏し目がち、素敵な人はいないかしら。
そんな時、見つけた。
私をリスと読んでくれる貴公子を。
少し眠気眼で、いつもキョロキョロして、リスみたいに朗らか。
最初は子供みたいって思ったのよ。
でも、とっても強くてあったかい、ある日嫉妬したふりをした馬鹿な旦那が私に言った。
「お前、いい歳して」
興醒め。
女はいつだって恋をしているものなのよ。
ああ、憧れのあなた、私を連れ去って、荒野まで、つれて行って、そのオレンジの自転車に乗っけて。
高い車なんていらないから、あなたの声が好き、このまま奪って、帰りたくない、あの頃になんて。
ベッドインはできなくても、手ぐらい握ってよ。
そしたら、もう、何にもいらない。欲しいのは、前を向くあなたのその瞳だけ。
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