上 下
84 / 85

星空はいらない

しおりを挟む
 少しの間があって、ちゅぽんっと間抜けな音を立てて唇が離れた。

「……最初から、怒っているだろう」

 ムッとしたように眉根を寄せたフェリクスに、ゆるゆると首を振った。

「ううん。最初から、怒ってないよ」
「なら何故俺を拒む」
「……君のそばにいるのが辛かったから」

 情けなく声が震えた。でも、僕以上にフェリクスの方が辛そうに顔を顰めた。

「そばにいられない方が辛い」

 フェリクスの言葉は飾り気がなくて真っ直ぐで、時折どうしようもなく泣きたくなる。
 その言葉がどれほど僕の胸を打つのかを、君はこれっぽっちも分かってない。

「俺にはお前が必要だ」
「っ……」
「失いたくない」

 フェリクスの掌が僕の頬を撫でる。冷たく乾いた指先が目尻に触れると、その拍子にぽろっと涙が溢れた。

「っ、大事だよ」

 泣きながら、それでも懸命に言葉を紡ぐ。

「僕にとっても君は、大事な人なんだよ」

 大切すぎて、失いたくなくて、君に嫌われるのが何より怖くて。

「本当は、ずっと一緒にいたいよ」

 好きだから。心から愛してるから。誰よりも君のことを想ってるから。

「それを、望んじゃいけないと思ってた。だから、嘘をついた」

 フェリクスの瞳に映る自分を見て、ああやっぱり僕はこの子が好きなんだなと改めて思った。
 この国の星空よりもずっと、フェリクスの瞳の方が綺麗だ。その目でずっと僕を見続けてくれるなら、それ以上に欲しいものなんて何もないんだ。

「……フェリクス」

 両手を伸ばしてフェリクスの頬を包み込んだ。
 少し冷たい肌の感触に胸がきゅっと締め付けられる。そっとフェリクスの顔を引き寄せて、美しい双眸を間近に見上げた。

「ごめんね。僕は君に、王様になってほしくない。この国の綺麗な星空よりも、君のそばにいることの方がずっと大事なんだ」

 王様になったら、いつでも綺麗な星空が見られるようにすると言ってくれた。でも、その時僕は君の隣にいられないんだ。
 フェリクスがこの国を統べる王様になったら、二人で一緒に星を数えることすらできない。

「ごめんね。君の夢を素直に応援してあげられるような優しい人じゃなくてごめん。君のことが誰より大切なのに、君の大切なものを同じように大切に思うことができないんだ」

 フェリクスにとって、お母さんの遺言がどれほど大切なことなのか痛いほど分かる。
 それなのに、その気持ちを蔑ろにしてでもフェリクスと一緒にいたいと思ってしまうんだ。

「ごめん……自分でもどうしようもないくらい、君が好きで仕方ないんだ」

 この子の未来を縛るような大それたことは望めない。それでも、どうか傍にいさせてほしい。

「ずっと、フェリクスの隣にいたい」

 長い沈黙の後、フェリクスは深くため息をついて顔を覆った。そのまま髪をぐしゃりと乱して力なく首を横に振る。

「……お前は、馬鹿だ」

 フェリクスがゆっくりと僕の体を抱き起こした。そのまま膝の上に乗せられて向かい合う形で抱き締められる。
 僕を見るフェリクスの眼差しは、泣きたくなるくらいに優しかった。

「フェリクス、僕は」
「いい。何も言うな」
「……うん」

 こつんと額が合わさって、互いの鼻先が微かに触れ合う。

「俺だって同じだ。お前のいない世界に意味などない」

 低く掠れた声でフェリクスが囁く。

「王になったとして、お前が隣にいなければ何の意味もない」
「フェリクス……」
「もう泣くな。……お前に泣かれると、どうすればいいか分からなくなる」
「っ、うん、泣かない」

 泣いちゃダメだって歯を食いしばるけど、込み上げてくる感情は涙腺を緩ませるばかりだった。

「ふっ、う……っ」
「……泣くな、マコト」

 フェリクスらしくない、柔らかい声。その声を知っているのは僕だけだって今なら分かる。
 くだらない嫉妬をする必要なんてなかった。この不器用な男の子が、僕を騙すために嘘をつくはずなんてないんだ。
 聖女様が現れてからもずっと、フェリクスは僕を求めてくれていた。それが答えだ。

「っごめんね、ごめん……っ」
「謝るな」
「君のこと、遠ざけて、傷つけて、悲しませて、っ、本当に、ごめんなさい……っ」
「……俺のそばにいるのが辛かったんだろう。無理をしてまでそばにいさせたのは俺だ。すまなかった」
「っ、ううん……っ、ちがう、ちがうんだよ、っ」
「何がお前をそこまで追い詰めた」
「フェリクスは、っ悪くない。っ……僕が勝手に、不安になっただけだよっ」
「何が不安なんだ。お前が俺から離れないと約束するなら、他の何も捨てても構わない」
「っ、なにも、捨ててほしくない」
「マコト」

 宥めるように背中を撫でられると余計に涙が止まらなくなった。
 こんなにも優しい君から何かを奪うなんて、そんなのしたくない。

「君はいつか王様になる人で、僕はそれを心から応援できない。君の未来を縛るようなことはしたくないのに……ずっと傍にいたいと思ってしまうんだ……」

 フェリクスの双眸が戸惑いに揺らいだ。
 その顔には確かに、疑念と困惑が浮かんでいる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

罰ゲームから始まる不毛な恋とその結末

すもも
BL
学校一のイケメン王子こと向坂秀星は俺のことが好きらしい。なんでそう思うかって、現在進行形で告白されているからだ。 「柿谷のこと好きだから、付き合ってほしいんだけど」 そうか、向坂は俺のことが好きなのか。 なら俺も、向坂のことを好きになってみたいと思った。 外面のいい腹黒?美形×無表情口下手平凡←誠実で一途な年下 罰ゲームの告白を本気にした受けと、自分の気持ちに素直になれない攻めとの長く不毛な恋のお話です。 ハッピーエンドで最終的には溺愛になります。

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

俺にはラブラブな超絶イケメンのスパダリ彼氏がいるので、王道学園とやらに無理やり巻き込まないでくださいっ!!

しおりんごん
BL
俺の名前は 笹島 小太郎 高校2年生のちょっと激しめの甘党 顔は可もなく不可もなく、、、と思いたい 身長は170、、、行ってる、、、し ウルセェ!本人が言ってるんだからほんとなんだよ! そんな比較的どこにでもいそうな人柄の俺だが少し周りと違うことがあって、、、 それは、、、 俺には超絶ラブラブなイケメン彼氏がいるのだ!!! 容姿端麗、文武両道 金髪碧眼(ロシアの血が多く入ってるかららしい) 一つ下の学年で、通ってる高校は違うけど、一週間に一度は放課後デートを欠かさないそんなスパダリ完璧彼氏! 名前を堂坂レオンくん! 俺はレオンが大好きだし、レオンも俺が大好きで (自己肯定感が高すぎるって? 実は付き合いたての時に、なんで俺なんか、、、って1人で考えて喧嘩して 結局レオンからわからせという名のおしお、(re 、、、ま、まぁレオンからわかりやすすぎる愛情を一思いに受けてたらそりゃ自身も出るわなっていうこと!) ちょうどこの春レオンが高校に上がって、それでも変わりないラブラブな生活を送っていたんだけど なんとある日空から人が降って来て! ※ファンタジーでもなんでもなく、物理的に降って来たんだ 信じられるか?いや、信じろ 腐ってる姉さんたちが言うには、そいつはみんな大好き王道転校生! 、、、ってなんだ? 兎にも角にも、そいつが現れてから俺の高校がおかしくなってる? いやなんだよ平凡巻き込まれ役って! あーもう!そんな睨むな!牽制するな! 俺には超絶ラブラブな彼氏がいるからそっちのいざこざに巻き込まないでくださいっ!!! ※主人公は固定カプ、、、というか、初っ端から2人でイチャイチャしてるし、ずっと変わりません ※同姓同士の婚姻が認められている世界線での話です ※王道学園とはなんぞや?という人のために一応説明を載せていますが、私には文才が圧倒的に足りないのでわからないままでしたら、他の方の作品を参照していただきたいです🙇‍♀️ ※シリアスは皆無です 終始ドタバタイチャイチャラブコメディでおとどけします

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される

秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】 哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年 \ファイ!/ ■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ) ■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約 力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。 【詳しいあらすじ】 魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。 優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。 オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。 しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。

魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。

柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。 頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。 誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。 さくっと読める短編です。

処理中です...