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幸せ

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「君は僕を大切にしてくれるけど、王様になったらきっと後悔するよ。僕は君の重荷になんてなりたくない」
「待て。お前は俺が王になることを望んでいないんだろう」
「……うん、ごめんね」
「違う。謝れと言ってるんじゃない。お前が望まないなら、端から王になる気はない」
「それは、ダメだよ。僕のために、大切なことを諦めてほしくない。わがままだって分かってるけど、フェリクスに無理してほしいわけじゃないから」
「俺が王になると言ったのは、お前がそれを望んだからだ。王になればそばにいると言っただろう。それが偽りだったなら、俺が王になる理由はない」

 熱い掌が僕の頬を包み込む。真っ直ぐに僕を見据える瞳はどこまでも真摯で、そこに嘘はないと信じられた。
 だからこそ不思議だった。王様になりたいと強く願っていたはずなのに、どうして今はそれを否定しようとするんだろう。

「お母さんとの約束はどうするの?」
「約束? なんの話だ」
「アレクシス殿下から聞いたよ。フェリクスが王様になりたいのは、お母さんの遺言だからだって」
「あの馬鹿……」

 フェリクスが眉間に皺を寄せて深いため息をつく。それから軽く首を振った。

「母のことなら、気にするな」
「そう言うわけにはいかないよ。だって、フェリクスにとってお母さんはとっても大切な人でしょ? その気持ちを蔑ろにはできないよ」
「……母は、王になれとは言っていない」
「え?」
「母が言い遺した言葉は、幸せになって、とただそれだけだ」

 遠い昔の記憶に想いを馳せるように、フェリクスが長い睫毛を伏せた。

「あの頃の俺には、自分にとっての幸せが何かも分からなかった」
「うん」
「幸せとは何かを大人に聞けば、王になることだと言われた。王子として生まれたのなら、この国を統べる王になることが幸せなのだと。……だが、今なら分かる。お前に出会って、俺にとっての幸せが何かを知った」

 美しい瞳が僕を見据える。凪いだ海のように穏やかな眼差しは、出会った頃のフェリクスからは想像もできなかった。
 僕が変わったように、フェリクスも変わったんだ。お互いを知って、僕たちは大切なものに気づけた。

「俺にとっての幸せは、お前と共にあることだ」

 熱い掌に優しく手を握られる。慈しむような眼差しで見つめられて、息が止まりそうになった。
 フェリクスは今、間違いなく僕だけを見ていた。あの綺麗な瞳が僕だけを映しているという事実に胸が震えた。

「お前のためなら何でもできる」

 静かな夜のように凪いだ声。熱を孕んだ瞳に見つめられて、鼓動が早まる。

「マコト、俺は決してお前を手放すつもりはない」

 こんなにも美しくて、こんなにも熱い眼差しは初めて見た。今までフェリクスに抱いていた感情とはまた違う愛おしさが込み上げてくる。

「でも……いいの?」
「何がだ」
「僕を選んだら、きっと色んなものを失うことになるよ。立派なお城じゃ住めなくなるかもしれないし、美味しいご飯も綺麗な服もフカフカのベッドも、当たり前にあったものが全部無くなっちゃうかもしれないんだよ」
「失った物は二人でまた築き上げればいい。お前となら、馬小屋の藁山で寝てもいい」
「……ふふ、馬小屋で寝るフェリクスは想像つかないや」
「お前は馬が好きだろう」
「僕が好きだから馬小屋で寝てくれるの?」
「ああ」
「そっか。ふふ、嬉しい」

 思わずクスクスと笑みをこぼすと、フェリクスが苦い顔をした。

「あのいけすかない白馬とは寝かせないぞ」
「いけすかない白馬って……フィンのこと?」
「ああ。あの馬はお前のことを邪な目で見ている」

 大真面目な顔をして言うフェリクスに思わず吹き出してしまった。

「ふっ、はは、フェリクスでもそう言う冗談言うんだね」
「俺は本気だ」
「ふふ、ありがとう。フィンは大切な友達だから大丈夫だよ。僕の大事な家族みたいなものだし」

 よしよしと宥めるように頭を撫でると、フェリクスが拗ねたように唇を尖らせた。

「……お前は鈍すぎる」
「そんなことないと思うけどなぁ」
「ある」

 苛立ったように眉間に皺を寄せたフェリクスが、がぶりと唇に噛み付いてきた。
 突然のことに驚いて目を見開くと、熱の篭った金の瞳と視線が交わる。

「お前に触れていいのは俺だけだ」

 低く掠れた声で囁かれた瞬間、ぶわっと全身の血が沸騰したような気がした。

「マコト、俺にはお前だけだ。お前も、俺だけだと言え」

 命令口調なのに、その声音は縋るような響きだった。そういうところが、フェリクスのズルいところだ。
 僕はいつだって、君のお願いには弱いんだから。

「うん、僕も、フェリクスだけだよ」
「もう一度言え」
「……君だけだよ。僕には君だけ」
「もっとだ」
「ふふ、フェリクスだけだよ。フェリクスだけが特別」

 縋るような声とは裏腹に、その瞳には歓喜の色が浮かんでいる。胸の奥が締め付けられて苦しいくらいだった。

「フェリクスが好きだよ。大好き……」

 ゆっくりとフェリクスの首に腕を回して、ぎゅっと抱き寄せる。耳元に唇を寄れば、フェリクスの喉仏が上下した。
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みんなの感想(36件)

しずく
2024.03.16 しずく

二人の思いが重なり合って、さぁこれから甘々な生活!
あの意地悪さんの出方も気になるところですし。
更新を日々待ち侘びております。

解除
ぴょこ
2024.02.20 ぴょこ

よかったぁ〜ようやっと安眠できます🥹
メンタル豆腐なので、辛いであろう場面はお話がもうちょっと進んで心穏やかに読めるようになってから…と思うのに、気になってついつい読んでしまい。。
今日は幸せな気持ちで安眠できます😌

最後まで読めることを楽しみにしています(^^)

解除
なべこまち
2024.02.19 なべこまち

初コメ失礼致します。
更新の度に秒で飛んできちゃうのですが、本当に読み始めて良かったなって思います(*´ `*)
登場人物が皆本当に可愛くて好きです…(コレット君かわいい)
すれ違い続ける2人がとてももどかしく、聖女様の登場も相俟って見ている側もとても締め付けられますね…😭
みんな幸せになって欲しいです✨最後まで応援しております!

すもも
2024.02.19 すもも

コメントありがとうございます!
わ〜、そう言っていただけてとても嬉しいです( ;∀;)
更新を待っていてくださる方がいると思うと活力になります!
コレット君、個人的にもお気に入りなので嬉しいです🐶☺️
恋愛音痴のフェリクスと嫌われたくないマコトはすれ違ってばかりですね🥲
ハッピーエンド目指して引き続き更新頑張ります!素敵なお言葉ありがとうございました😭✨

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