85 / 85
幸せ
しおりを挟む
「君は僕を大切にしてくれるけど、王様になったらきっと後悔するよ。僕は君の重荷になんてなりたくない」
「待て。お前は俺が王になることを望んでいないんだろう」
「……うん、ごめんね」
「違う。謝れと言ってるんじゃない。お前が望まないなら、端から王になる気はない」
「それは、ダメだよ。僕のために、大切なことを諦めてほしくない。わがままだって分かってるけど、フェリクスに無理してほしいわけじゃないから」
「俺が王になると言ったのは、お前がそれを望んだからだ。王になればそばにいると言っただろう。それが偽りだったなら、俺が王になる理由はない」
熱い掌が僕の頬を包み込む。真っ直ぐに僕を見据える瞳はどこまでも真摯で、そこに嘘はないと信じられた。
だからこそ不思議だった。王様になりたいと強く願っていたはずなのに、どうして今はそれを否定しようとするんだろう。
「お母さんとの約束はどうするの?」
「約束? なんの話だ」
「アレクシス殿下から聞いたよ。フェリクスが王様になりたいのは、お母さんの遺言だからだって」
「あの馬鹿……」
フェリクスが眉間に皺を寄せて深いため息をつく。それから軽く首を振った。
「母のことなら、気にするな」
「そう言うわけにはいかないよ。だって、フェリクスにとってお母さんはとっても大切な人でしょ? その気持ちを蔑ろにはできないよ」
「……母は、王になれとは言っていない」
「え?」
「母が言い遺した言葉は、幸せになって、とただそれだけだ」
遠い昔の記憶に想いを馳せるように、フェリクスが長い睫毛を伏せた。
「あの頃の俺には、自分にとっての幸せが何かも分からなかった」
「うん」
「幸せとは何かを大人に聞けば、王になることだと言われた。王子として生まれたのなら、この国を統べる王になることが幸せなのだと。……だが、今なら分かる。お前に出会って、俺にとっての幸せが何かを知った」
美しい瞳が僕を見据える。凪いだ海のように穏やかな眼差しは、出会った頃のフェリクスからは想像もできなかった。
僕が変わったように、フェリクスも変わったんだ。お互いを知って、僕たちは大切なものに気づけた。
「俺にとっての幸せは、お前と共にあることだ」
熱い掌に優しく手を握られる。慈しむような眼差しで見つめられて、息が止まりそうになった。
フェリクスは今、間違いなく僕だけを見ていた。あの綺麗な瞳が僕だけを映しているという事実に胸が震えた。
「お前のためなら何でもできる」
静かな夜のように凪いだ声。熱を孕んだ瞳に見つめられて、鼓動が早まる。
「マコト、俺は決してお前を手放すつもりはない」
こんなにも美しくて、こんなにも熱い眼差しは初めて見た。今までフェリクスに抱いていた感情とはまた違う愛おしさが込み上げてくる。
「でも……いいの?」
「何がだ」
「僕を選んだら、きっと色んなものを失うことになるよ。立派なお城じゃ住めなくなるかもしれないし、美味しいご飯も綺麗な服もフカフカのベッドも、当たり前にあったものが全部無くなっちゃうかもしれないんだよ」
「失った物は二人でまた築き上げればいい。お前となら、馬小屋の藁山で寝てもいい」
「……ふふ、馬小屋で寝るフェリクスは想像つかないや」
「お前は馬が好きだろう」
「僕が好きだから馬小屋で寝てくれるの?」
「ああ」
「そっか。ふふ、嬉しい」
思わずクスクスと笑みをこぼすと、フェリクスが苦い顔をした。
「あのいけすかない白馬とは寝かせないぞ」
「いけすかない白馬って……フィンのこと?」
「ああ。あの馬はお前のことを邪な目で見ている」
大真面目な顔をして言うフェリクスに思わず吹き出してしまった。
「ふっ、はは、フェリクスでもそう言う冗談言うんだね」
「俺は本気だ」
「ふふ、ありがとう。フィンは大切な友達だから大丈夫だよ。僕の大事な家族みたいなものだし」
よしよしと宥めるように頭を撫でると、フェリクスが拗ねたように唇を尖らせた。
「……お前は鈍すぎる」
「そんなことないと思うけどなぁ」
「ある」
苛立ったように眉間に皺を寄せたフェリクスが、がぶりと唇に噛み付いてきた。
突然のことに驚いて目を見開くと、熱の篭った金の瞳と視線が交わる。
「お前に触れていいのは俺だけだ」
低く掠れた声で囁かれた瞬間、ぶわっと全身の血が沸騰したような気がした。
「マコト、俺にはお前だけだ。お前も、俺だけだと言え」
命令口調なのに、その声音は縋るような響きだった。そういうところが、フェリクスのズルいところだ。
僕はいつだって、君のお願いには弱いんだから。
「うん、僕も、フェリクスだけだよ」
「もう一度言え」
「……君だけだよ。僕には君だけ」
「もっとだ」
「ふふ、フェリクスだけだよ。フェリクスだけが特別」
縋るような声とは裏腹に、その瞳には歓喜の色が浮かんでいる。胸の奥が締め付けられて苦しいくらいだった。
「フェリクスが好きだよ。大好き……」
ゆっくりとフェリクスの首に腕を回して、ぎゅっと抱き寄せる。耳元に唇を寄れば、フェリクスの喉仏が上下した。
「待て。お前は俺が王になることを望んでいないんだろう」
「……うん、ごめんね」
「違う。謝れと言ってるんじゃない。お前が望まないなら、端から王になる気はない」
「それは、ダメだよ。僕のために、大切なことを諦めてほしくない。わがままだって分かってるけど、フェリクスに無理してほしいわけじゃないから」
「俺が王になると言ったのは、お前がそれを望んだからだ。王になればそばにいると言っただろう。それが偽りだったなら、俺が王になる理由はない」
熱い掌が僕の頬を包み込む。真っ直ぐに僕を見据える瞳はどこまでも真摯で、そこに嘘はないと信じられた。
だからこそ不思議だった。王様になりたいと強く願っていたはずなのに、どうして今はそれを否定しようとするんだろう。
「お母さんとの約束はどうするの?」
「約束? なんの話だ」
「アレクシス殿下から聞いたよ。フェリクスが王様になりたいのは、お母さんの遺言だからだって」
「あの馬鹿……」
フェリクスが眉間に皺を寄せて深いため息をつく。それから軽く首を振った。
「母のことなら、気にするな」
「そう言うわけにはいかないよ。だって、フェリクスにとってお母さんはとっても大切な人でしょ? その気持ちを蔑ろにはできないよ」
「……母は、王になれとは言っていない」
「え?」
「母が言い遺した言葉は、幸せになって、とただそれだけだ」
遠い昔の記憶に想いを馳せるように、フェリクスが長い睫毛を伏せた。
「あの頃の俺には、自分にとっての幸せが何かも分からなかった」
「うん」
「幸せとは何かを大人に聞けば、王になることだと言われた。王子として生まれたのなら、この国を統べる王になることが幸せなのだと。……だが、今なら分かる。お前に出会って、俺にとっての幸せが何かを知った」
美しい瞳が僕を見据える。凪いだ海のように穏やかな眼差しは、出会った頃のフェリクスからは想像もできなかった。
僕が変わったように、フェリクスも変わったんだ。お互いを知って、僕たちは大切なものに気づけた。
「俺にとっての幸せは、お前と共にあることだ」
熱い掌に優しく手を握られる。慈しむような眼差しで見つめられて、息が止まりそうになった。
フェリクスは今、間違いなく僕だけを見ていた。あの綺麗な瞳が僕だけを映しているという事実に胸が震えた。
「お前のためなら何でもできる」
静かな夜のように凪いだ声。熱を孕んだ瞳に見つめられて、鼓動が早まる。
「マコト、俺は決してお前を手放すつもりはない」
こんなにも美しくて、こんなにも熱い眼差しは初めて見た。今までフェリクスに抱いていた感情とはまた違う愛おしさが込み上げてくる。
「でも……いいの?」
「何がだ」
「僕を選んだら、きっと色んなものを失うことになるよ。立派なお城じゃ住めなくなるかもしれないし、美味しいご飯も綺麗な服もフカフカのベッドも、当たり前にあったものが全部無くなっちゃうかもしれないんだよ」
「失った物は二人でまた築き上げればいい。お前となら、馬小屋の藁山で寝てもいい」
「……ふふ、馬小屋で寝るフェリクスは想像つかないや」
「お前は馬が好きだろう」
「僕が好きだから馬小屋で寝てくれるの?」
「ああ」
「そっか。ふふ、嬉しい」
思わずクスクスと笑みをこぼすと、フェリクスが苦い顔をした。
「あのいけすかない白馬とは寝かせないぞ」
「いけすかない白馬って……フィンのこと?」
「ああ。あの馬はお前のことを邪な目で見ている」
大真面目な顔をして言うフェリクスに思わず吹き出してしまった。
「ふっ、はは、フェリクスでもそう言う冗談言うんだね」
「俺は本気だ」
「ふふ、ありがとう。フィンは大切な友達だから大丈夫だよ。僕の大事な家族みたいなものだし」
よしよしと宥めるように頭を撫でると、フェリクスが拗ねたように唇を尖らせた。
「……お前は鈍すぎる」
「そんなことないと思うけどなぁ」
「ある」
苛立ったように眉間に皺を寄せたフェリクスが、がぶりと唇に噛み付いてきた。
突然のことに驚いて目を見開くと、熱の篭った金の瞳と視線が交わる。
「お前に触れていいのは俺だけだ」
低く掠れた声で囁かれた瞬間、ぶわっと全身の血が沸騰したような気がした。
「マコト、俺にはお前だけだ。お前も、俺だけだと言え」
命令口調なのに、その声音は縋るような響きだった。そういうところが、フェリクスのズルいところだ。
僕はいつだって、君のお願いには弱いんだから。
「うん、僕も、フェリクスだけだよ」
「もう一度言え」
「……君だけだよ。僕には君だけ」
「もっとだ」
「ふふ、フェリクスだけだよ。フェリクスだけが特別」
縋るような声とは裏腹に、その瞳には歓喜の色が浮かんでいる。胸の奥が締め付けられて苦しいくらいだった。
「フェリクスが好きだよ。大好き……」
ゆっくりとフェリクスの首に腕を回して、ぎゅっと抱き寄せる。耳元に唇を寄れば、フェリクスの喉仏が上下した。
124
お気に入りに追加
3,185
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(36件)
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
オメガの僕が運命の番と幸せを掴むまで
なの
BL
オメガで生まれなければよかった…そしたら人の人生が狂うことも、それに翻弄されて生きることもなかったのに…絶対に僕の人生も違っていただろう。やっぱりオメガになんて生まれなければよかった…
今度、生まれ変わったら、バース性のない世界に生まれたい。そして今度こそ、今度こそ幸せになりたい。
幸せになりたいと願ったオメガと辛い過去を引きずって生きてるアルファ…ある場所で出会い幸せを掴むまでのお話。
R18の場面には*を付けます。
生まれ変わりは嫌われ者
青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。
「ケイラ…っ!!」
王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。
「グレン……。愛してる。」
「あぁ。俺も愛してるケイラ。」
壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。
━━━━━━━━━━━━━━━
あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。
なのにー、
運命というのは時に残酷なものだ。
俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。
一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。
★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
30歳まで独身だったので男と結婚することになった
あかべこ
BL
4年前、酒の席で学生時代からの友人のオリヴァーと「30歳まで独身だったら結婚するか?」と持ちかけた冒険者のエドウィン。そして4年後のオリヴァーの誕生日、エドウィンはその約束の履行を求められてしまう。
キラキラしくて頭いいイケメン貴族×ちょっと薄暗い過去持ち平凡冒険者、の予定
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
二人の思いが重なり合って、さぁこれから甘々な生活!
あの意地悪さんの出方も気になるところですし。
更新を日々待ち侘びております。
よかったぁ〜ようやっと安眠できます🥹
メンタル豆腐なので、辛いであろう場面はお話がもうちょっと進んで心穏やかに読めるようになってから…と思うのに、気になってついつい読んでしまい。。
今日は幸せな気持ちで安眠できます😌
最後まで読めることを楽しみにしています(^^)
初コメ失礼致します。
更新の度に秒で飛んできちゃうのですが、本当に読み始めて良かったなって思います(*´ `*)
登場人物が皆本当に可愛くて好きです…(コレット君かわいい)
すれ違い続ける2人がとてももどかしく、聖女様の登場も相俟って見ている側もとても締め付けられますね…😭
みんな幸せになって欲しいです✨最後まで応援しております!
コメントありがとうございます!
わ〜、そう言っていただけてとても嬉しいです( ;∀;)
更新を待っていてくださる方がいると思うと活力になります!
コレット君、個人的にもお気に入りなので嬉しいです🐶☺️
恋愛音痴のフェリクスと嫌われたくないマコトはすれ違ってばかりですね🥲
ハッピーエンド目指して引き続き更新頑張ります!素敵なお言葉ありがとうございました😭✨