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王子と小鳥
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気まずい空気のまま聖女様とお別れしたフェリクスが心配で、なんとか胸ポケットから顔だけを出した。
「ピヨッ」
ぷはっと息を吐いてフェリクスを見上げる。
突然顔を覗かせた僕に、ぴたりとフェリクスが足を止めた。
「……どうした」
「ピー」
どこに行くの、と尋ねたところで伝わるはずもない。
お互いに無言のままじっと見つめ合うこと数秒。まるで僕の意図を汲んだように、フェリクスが小さな声で呟いた。
「安心しろ」
「ピヨ?」
「マコトに会わせるだけだ」
なんで僕に会わせるんだろう?
こてんと首を傾げれば、フェリクスが気まずそうに視線を逸らした。
「……マコトは動物が好きなんだ。お前を連れて行けば、機嫌を直してくれるかもしれない」
まさかフェリクスがそんなことを考えてくれているなんて思わなかった。
僕を喜ばせるために小鳥を連れて行こうとするなんて、君はどうしてそんなにも可愛いんだろう。
胸がキュンと締め付けられて、今すぐに目の前の男の子を抱きしめたい衝動に駆られた。でも小鳥の僕にはフェリクスを抱きしめることも、頭を撫でることもできない。
だから代わりに、フェリクスの胸元にすりすりと頭を擦り寄せた。
「ピヨ、ピー」
「……こそばゆい」
ぶっきらぼうな物言いとは裏腹に、僕を見下ろすフェリクスの眼差しは穏やかだった。
「ピヨ」
「ああ、そろそろ行くか」
鷹揚に頷いたフェリクスが再び歩き出した。
その足が向かう先は僕の部屋なわけだけど、残念ながら僕はそこにいないのだ。
もし途中で僕が小鳥に変身してることがバレたら怒られるかもしれない。
どうかバレませんようにと祈りながらポケットの中で身を潜めた。
「マコト様ならいませんよ」
威嚇するように耳と尻尾を逆立てたコレット君が、仁王立ちでフェリクスを出迎えた。
「いつ戻る」
「さあ、僕には分かりかねます。マコト様がお戻りになられたら、貴方がいらしたことを伝えておきますよ」
「必要ない」
「ならさっさと帰ってください」
「ここで帰りを待つ」
「はい? あ、ちょっと! 勝手に入らないでください!」
コレット君の制止を無視して、フェリクスがズカズカと部屋に足を踏み入れる。
「ここはマコト様のお部屋なんですから、婚約者とはいえ勝手に入るのは失礼ですよ!」
「……いずれは結婚する」
「だからなんですか!」
「共有財産をどう扱おうが俺の自由だ」
「結婚すれば! の話ですよね! 現時点では貴方とマコト様は法的には他人です!」
プリプリ怒るコレット君なんて気にもせず、フェリクスは我が物顔で揺り椅子に腰を下ろした。
「カミールに書類を届けるよう伝えてくれ」
「なんでですか」
「執務が残っている」
「ここで仕事するってことですか!? ダメです! 絶対ダメです! 仕事は仕事部屋でしてください!」
「マコトがいつ戻ってくるかわからない以上、書類の確認もここに持ってくるしかないだろう」
それからしばらくの間二人の押し問答は続いて、最終的にはコレット君が折れる形で収束した。
それから数時間。フェリクスは僕の帰りを待ちながら黙々と仕事をこなして、辺りが薄暗くなった頃にぴたりと手を止めた。
「……遅い」
部屋の壁掛け時計を親の仇かのように睨み付けながら、フェリクスがすくっと立ち上がった。
そのまま部屋を出て行こうとするフェリクスを慌てて引き止める。
「ピー! ピピー!」
「なんだ」
「ピッ、ピー!」
僕はここにいるから探しになんか行かなくてもいいんだよ。そう伝えたいのに上手く伝えられない。
一体いつになったら魔法薬の効果が切れてくれるんだろう。思わず半泣きになったところで、ドクンッと心臓が強く鼓動した。
─あ、戻る。直感的にそう思った。
「ピッ!」
次の瞬間、ぼふんっと煙が待って、僕の体は小鳥から人間の姿に戻っていた。
服はフェリクスの部屋に遊びに行く前に着ていたパジャマのままだ。魔法薬の効果が切れたのか、それとも元々時間設定があったのかは分からないけど、とにかくよかった! これでちゃんとフェリクスと話ができる。
「フェリクス、騙しててごめんね。実は僕、」
「マコト」
ぎゅうっと痛いくらいに強く抱き締められる。
存在を確かめるように僕の名前を呼んで、フェリクスは甘えるように僕の首筋に顔を擦り寄せた。
「……黙っていなくなるな」
「うん、ごめんなさい」
フェリクスの指先は微かに震えていた。それだけ僕を心配してくれていたということだ。
その気持ちが嬉しくて、僕も応えるようにフェリクスの背中に腕を回した。
「ピヨッ」
ぷはっと息を吐いてフェリクスを見上げる。
突然顔を覗かせた僕に、ぴたりとフェリクスが足を止めた。
「……どうした」
「ピー」
どこに行くの、と尋ねたところで伝わるはずもない。
お互いに無言のままじっと見つめ合うこと数秒。まるで僕の意図を汲んだように、フェリクスが小さな声で呟いた。
「安心しろ」
「ピヨ?」
「マコトに会わせるだけだ」
なんで僕に会わせるんだろう?
こてんと首を傾げれば、フェリクスが気まずそうに視線を逸らした。
「……マコトは動物が好きなんだ。お前を連れて行けば、機嫌を直してくれるかもしれない」
まさかフェリクスがそんなことを考えてくれているなんて思わなかった。
僕を喜ばせるために小鳥を連れて行こうとするなんて、君はどうしてそんなにも可愛いんだろう。
胸がキュンと締め付けられて、今すぐに目の前の男の子を抱きしめたい衝動に駆られた。でも小鳥の僕にはフェリクスを抱きしめることも、頭を撫でることもできない。
だから代わりに、フェリクスの胸元にすりすりと頭を擦り寄せた。
「ピヨ、ピー」
「……こそばゆい」
ぶっきらぼうな物言いとは裏腹に、僕を見下ろすフェリクスの眼差しは穏やかだった。
「ピヨ」
「ああ、そろそろ行くか」
鷹揚に頷いたフェリクスが再び歩き出した。
その足が向かう先は僕の部屋なわけだけど、残念ながら僕はそこにいないのだ。
もし途中で僕が小鳥に変身してることがバレたら怒られるかもしれない。
どうかバレませんようにと祈りながらポケットの中で身を潜めた。
「マコト様ならいませんよ」
威嚇するように耳と尻尾を逆立てたコレット君が、仁王立ちでフェリクスを出迎えた。
「いつ戻る」
「さあ、僕には分かりかねます。マコト様がお戻りになられたら、貴方がいらしたことを伝えておきますよ」
「必要ない」
「ならさっさと帰ってください」
「ここで帰りを待つ」
「はい? あ、ちょっと! 勝手に入らないでください!」
コレット君の制止を無視して、フェリクスがズカズカと部屋に足を踏み入れる。
「ここはマコト様のお部屋なんですから、婚約者とはいえ勝手に入るのは失礼ですよ!」
「……いずれは結婚する」
「だからなんですか!」
「共有財産をどう扱おうが俺の自由だ」
「結婚すれば! の話ですよね! 現時点では貴方とマコト様は法的には他人です!」
プリプリ怒るコレット君なんて気にもせず、フェリクスは我が物顔で揺り椅子に腰を下ろした。
「カミールに書類を届けるよう伝えてくれ」
「なんでですか」
「執務が残っている」
「ここで仕事するってことですか!? ダメです! 絶対ダメです! 仕事は仕事部屋でしてください!」
「マコトがいつ戻ってくるかわからない以上、書類の確認もここに持ってくるしかないだろう」
それからしばらくの間二人の押し問答は続いて、最終的にはコレット君が折れる形で収束した。
それから数時間。フェリクスは僕の帰りを待ちながら黙々と仕事をこなして、辺りが薄暗くなった頃にぴたりと手を止めた。
「……遅い」
部屋の壁掛け時計を親の仇かのように睨み付けながら、フェリクスがすくっと立ち上がった。
そのまま部屋を出て行こうとするフェリクスを慌てて引き止める。
「ピー! ピピー!」
「なんだ」
「ピッ、ピー!」
僕はここにいるから探しになんか行かなくてもいいんだよ。そう伝えたいのに上手く伝えられない。
一体いつになったら魔法薬の効果が切れてくれるんだろう。思わず半泣きになったところで、ドクンッと心臓が強く鼓動した。
─あ、戻る。直感的にそう思った。
「ピッ!」
次の瞬間、ぼふんっと煙が待って、僕の体は小鳥から人間の姿に戻っていた。
服はフェリクスの部屋に遊びに行く前に着ていたパジャマのままだ。魔法薬の効果が切れたのか、それとも元々時間設定があったのかは分からないけど、とにかくよかった! これでちゃんとフェリクスと話ができる。
「フェリクス、騙しててごめんね。実は僕、」
「マコト」
ぎゅうっと痛いくらいに強く抱き締められる。
存在を確かめるように僕の名前を呼んで、フェリクスは甘えるように僕の首筋に顔を擦り寄せた。
「……黙っていなくなるな」
「うん、ごめんなさい」
フェリクスの指先は微かに震えていた。それだけ僕を心配してくれていたということだ。
その気持ちが嬉しくて、僕も応えるようにフェリクスの背中に腕を回した。
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