結婚なんて無理だから初夜でゲロってやろうと思う

風巻ユウ

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王子、頭ハッピーになるよ

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 ミラリス令嬢でも理解不能な幸運聖女の正体、か……。

 分からないことをずっと話していても不毛なので、ここからはヴェルソードくんについて話し合おう。

 と言っても、もう結論は出ている。
 やらかしたヴェルソードくんだけど、ミラリス令嬢は構わない嫁に行くという。
 冤罪被せてきたことや浮気までも許すとか懐深い。女神かな?
 ちなみに偽証した窃盗犯は現在、取り調べ中。

 ここで疑問。「改心の兆しなくば廃嫡」の契約魔法陣の件はどうするのかと問えば……。

「昨夜、契約を破棄いたしましたの」

 他の婚約者令嬢たちが次々との書類を認める中、ミラリスだけは国家占有契約魔法陣のの手続きをしたそうな。

「元より、ヴェルソード様の洗脳は私が解くつもりでしたわ。殿下に先を越されてしまいましたけれど」

「おっと、やぶ蛇だったみたい」

「いえいえ、感謝しておりますのよ。もしかしたら、聖女のあの謎の力に、私では太刀打ちできなかったかもしれませんもの」

「君なら大丈夫だったと思うけどねえ。まあ、他の連中の解除は今、王宮魔術師たち総がかりでやってるみたいだし……」

 ミラリスの実力は王宮魔術師に匹敵すると思うから、聖女の魔力が封印された今なら解けるでしょ。

「洗脳さえ解ければ、後はヴェルソード様のお心を私に向けるだけです。わざわざお国にお願いして契約魔法陣で縛ったのは、私の力が及ばなかった場合、全てを諦めるつもりで契約しましたの」

「ん? まさか四面楚歌で背水の陣を狙ったの?」

「そうですわ。自ら窮地に陥らなくては、ヴェルソード様をお助けするなんて困難ですもの。虎穴に入らずんば孤児を得ず、ですわ」

 なんとも豪傑な。三国志かよ。
 隣のキリアネットちゃんも、「やべえ。思考が勇者すぎる」ってぼやいてるよ。キリアネットちゃんったら前世が出ちゃってる。
 そういえば、前世はなんて名前なんだろうキリアネットちゃん。男性だったんだよねえ。

「き、君は、そんなに俺のことを気にしてないと思っていたが……」

 おや、ヴェルソードくん。正気が戻ってきたところで婚約者の漢気みせられちゃって慌てている。嬉しそうだねこのこのー。

「こんなにヴェルソードを想って頂いて……! この子は幸せ者ですわ」

 モクサロンティーヌ様まで喜んでるね。
 一応、マボロウ伯一家が訪問するよと先触れしておいたからか、モクサロンティーヌ様ったら廊下を行ったり来たりウロウロしていたので、気を利かせたゴリンダが連れてきたんだよ。
 ミラリス令嬢が卒なく挨拶したら、「なんて立派な嫁……!」って気に入ったみたい。
 げんきんな人だよ。
 でもまあ、恩があるわけだし。キリアネットちゃんのお母さんのようにいびって追い出すことは無いだろう。

 取り敢えず、これでフィスティンバーグ家の跡継ぎ問題は解決かな。
 実はまだ、窃盗犯を使った偽証の罪の裁定が残っているけどね。でも、このことで跡継ぎを外されることは無いはず。

 モクサロンティーヌ様がキリアネットちゃんに「殿下に取次ぎ有難う」と御礼を言っている。
 大叔母さんは別に悪い人じゃないんだよね。
 貴族家の淑女らしくと肩肘を張り、フィスティンバーグ家の男共が不甲斐ないから表に出やすいだけで、実際は他人に厳しく自分にはより厳しい人だと思う。総合して嫌味ったらしいだけで。

 さて、マボロウ家の皆さんを見送ろうか。
 全然目立たなかったマボロウ伯爵だけど、彼は相当に腰が低い人なんだよ。

「ヒュミエール王子殿下、こうして縁続きとなれましたこと、非常に目出度く存じます。今後とも、良しなに」

「こちらこそ。此度は御足労おかけしました。ヴェルソードを赦してくれて有難う。大事な娘御を嫁がせる決心もしてくれて有難い。私からも援助は惜しみませんよ。どうぞ宜しく」

「殿下にそう言って頂けるだけで光栄ですなあ」

 と、夫人共々に笑顔な伯爵。身分ある人にしては、おおらかで、できた人だよね。

「お父様、今夜はフィスティンバーグ家にお泊まりしたいです。キリアネットちゃんと仲良くなったので、将来の義妹ともっと親睦を深めたいのですわ」

 そんなことをミラリス令嬢が宣っても、「しょうがないなあ。ご迷惑をおかけしないようにな」と許しちゃうほど。

「やったあ! お父様、大好き!」
「はっはっは」

 ぎゅーって、抱きつく娘に目尻を下げる父という微笑ましい光景。
 仲睦まじいなあ。

「羨ましいですわ。我が家では不可能ですもの……」

 じっとマボロウ伯家の皆さんを見守るキリアネットちゃんが印象的で、思わず彼女の手を握る。

「ご家族との関係修復は難しいだろうけど、ヴェルソードとは話せるようになったでしょ。まだまだ、これからだよ」

「ヒュミエール様……」

 手を握ったからか、キリアネットちゃんの少し驚いた表情が垣間見えて役得です。

「後ねえ、私とも関係を築いて欲しいな。あとちょっとで結婚式だし」

 雰囲気に飲まれて出た言葉がプロポーズっぽいなと思った時、あ、私ったらプロポーズってしてないなと気づいた。
 忘れてたとかじゃない。幼い頃から会ってないこと、会えない内は手紙で想いを伝えていたこと、政略結婚なのもあって正式に「お嫁に来て!」と直に伝えるのが遅くなってしまっている。

 これは……時間作った方がいいね。指輪も渡したいし。

 とは思いつつも、ミラリス令嬢が今夜お泊まりだということで、夕飯の後、キリアネットちゃんとはそのまま別れてしまった。
 これからパジャマパーティーだって。羨ましい。
 私も前世女なんだけど。混ぜてくんないかなあ。無理だな。

「………………」

 結婚式まで後半月を切ってしまった今日この頃、また焦りが募り出す。
 キリアネットちゃんのゲロ吐き案件のおかげと言っては何だけど、こうやって再会の機会には恵まれた。彼女とも話せた。やはり会ってみないと分からないことが多い。まさか転生者で元男だったとは……。

 だからなのだろうね。ゲロ吐き案件は結婚を拒否するってことだよね。私のこと嫌いじゃないとは言ってくれたけど……へこむわあ……。

 どうやって説得しよう。私の強引論法には絆されてくれなさそう。
 前世の彼、名前は聞いたけど教えてくれなかった。ミラリス令嬢が傍に居たから、元男だってバレたくないって拒否られた。
 そういうところも常識的な彼は大学生だという。

「年下じゃん」

 今更、気づいたよ。
 前世で出会っていたら、惹かれ合ったのだろうか。

 今世だからこそ、前世の記憶があって私たち同じだねって仲良くなれる縁があったと思いたい。その方が運命的。だから私は君の運命の人だよ!と説得もしやすそう。いや、運命とかあやふやなものじゃ常識的な彼は落とせないか……。
 どうしたもんかな。

 ぐだぐだ考えつつ着替えをしていたら、外が騒がしくなった。

「見て参ります」

 着替えを手伝ってくれていたゴリンダが退出する。
 何となく、嫌な予感……。

「シークレット王子みぃーっけ☆」

 おぞましい声が背後から聞こえた。あのハッピー聖女の浮かれた声だ。
 ぞぞぞぞーっと、背筋を悪寒が走る。

 反射的に、召喚魔法陣を構築した。
 陣から取り出したのは───銃だ。

 こんなこともあろかと、開発しておいたのさ転生して浮かれ頓痴気な勢いでなあ! ハーハッハッハッハーと、本当は自慢げに衆目集まるところでお披露目したかったのに、観客ゼロなの虚しい。

 まあ、しょうがない。

 気にしないで冷静に。そう、敵はすぐそこだよ。
 撃鉄を起こし、構えた銃の先には、見た事のない扉があった。

 その扉が、ギ、ギギ……と、ゆっくり開く。

 まるで何十年、何百年ぶりに開くような、錆びた蝶番を無理矢理に動かす音を響かせて。
 ドアの隙間、何者かの白い手が見えた。それから足、胴体、頭と徐々に姿が顕になる。

 うわああホラー映画さながらの演出だよ! そうやって最後に目が、目が、目が合ったああぁぁ……!!

「ここで会ったが100巡目ぶりぃ。逆ハーレム達成エンド後のシークレットキャラ、ヒュミエール王子ぃぃやぁっと逢えたわぁ」

 ぎゃああああアアァァ!!!!

 オバケーえぇぇいや、幸運聖女だよ。監獄に送られたはずの聖女がどうしてここに……と問う暇もなく、圧倒的な力が私のほうに押し寄せてくる。

「ぐうぅ……ッ!」

 ぐわっと差し迫る巨大な力に、せっかく召喚した銃が役立たずで切ない。

 これが幸運聖女の洗脳の力か……脳内を巡る幸運聖女との出逢い、逢瀬、初デートやらお口アーンやらのラブラブな記憶の数々が、まるで走馬灯のように駆け巡る。

 そんなこと一度もしたことないっつーの!

 偽の記憶を植え付けられ、記憶を捏造されていく不快さが気色悪い。酒飲んで悪酔いした日の朝みたい。頭痛い。ゲロ吐きそう。

「殿下ぁぁご無事ですかー?! て、あああ幸運聖女にしてやられてる感! おお殿下よ、こんなことでやられてしまうとは情けない」

 ゴリンダお前もか。お前も前世で聞いたことのあるフレーズを唱えるのか。

「ヒュミエール様!」

 キリアネットちゃんの声がする。
 危ないよここ来ちゃだめ……。そう注意したいのに声が出ず、私の意識はハッピーに塗り替えられていった。
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