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公爵令嬢、転生茶会だぜ

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 ミラリス伯爵令嬢とそのご家族と初対面だぜ。

 フィスティンバーグ家のメインサロンは、廊下より一段下がった壁6面で構成された出窓風な小部屋。
 季節関係なく大きな窓から日差しが差し込み、屋敷内で1等暖かく、お客様を迎えるにも品の良い調度品が飾ってある、居心地の良いサンルームなのだ。

「お初にお目にかかります。キリアネット・オターベル・フィスティンバーグと申します」

「ヴェルソード様の妹御様ですね。お会いできて光栄ですわ。ミラリス・マボロウに御座います」

 眼鏡っ娘キター!
 ブルネットの髪は三つ編みで、ドレスはハイネックのモスグリーン色。
 典型的な地味令嬢ではないか図書館に居そうな……俺好みだぜ。
 もし前世に出会っていたら、告白してた。付き合ってた。むしろ結婚……はっ、ヒュミエール王子がこっちを睨んでいる。
 ま、まさか勘づかれたのか?!
 女の勘は鋭いって聞くからな。
 ん? 女? いやあれ王子。

 王子、ぐいっと寄ってきて一緒に座る。
 微笑みを浮かべているけど、腰に回された腕に、絶対に逃さないという強い意志を感じる。
 う、動けない。緊張してきた。

「婚約者同士、仲がよろしいのねえ」なんて、ミラリスのご両親であるマボロウ伯爵夫妻が優しい瞳で見詰めて下さるが、待って、こいつはそんな微笑ましいものではない。
 蛇のような粘着性をもった何かだ。

「有難う存じます。ご夫妻もお掛けください。長丁場になりますから、お菓子とお茶も楽しみつつ、歓談しようではありませんか」

 誰こいつ、こいつ王子。社交辞令のうまい王子。前世は接客や営業でもしていたのだろうか。社会人なのは確実だ。と言うことは、俺より年上の可能性が大。
 お、お姉様……?

 俺は怯えた仔羊の目をしていたのだろう。
 伯爵家の皆様を相手にしながらも、こっそり俺に向けて笑顔をくれた王子。
 目が、獲物を見定めた鷹の目をしていらっしゃる。
 心底震え上がったのは言うまでもない。

「そうですか。キリアネット様も転生者なのですね。あ、いきなりお名前で呼んですみません」

「良くてよ。私のことは是非、キリアネットと。それに敬語もなしで構いませんわ、お義姉様」

「ありがとうキリアネットちゃん。お義姉様って良い響き……! でも、まだ、ヴェルソード様と結婚してませんから~!」
  
 お義姉様呼びが余っ程嬉しかったようだ。手を頬に当て、照れる眼鏡っ娘地味令嬢。かわいい。

 ……だからね、腰に回した腕に力入れないで王子。ちょい苦しいし心臓が。ドキドキだぜ。ロマンチックがとまんねえぜ。

「本当の義姉妹になる為にもヴェルソードにはフィスティンバーグ家を継いでもらわないといけない。ぶっちゃけ、ミラリス、君はこの状況を読んでいたよね。前世で似たような展開の乙女ゲームがあったの?」

 と、王子は俺をくっつけたまま喋る。
 ……どこの王子もこういう生き物なの? 人前では女を腰にくっつけておかないと死んじゃうの?

「ヒュミエール殿下に申し上げますわ。確かに私は乙女ゲームのことを存じております。でも、乙ゲーのタイトルは知りません。ゲームキャラや攻略者も存じ上げないのです」

「それでも、ざまぁ出来ていたじゃない。あれは展開を予測していたのかい?」

「ええ、そうですわ。乙女ゲーム自体は嗜んでおりますもの。大体の展開は予測できて、対処が可能でした。入学してから直ぐにモーリンと仲良くなったのが幸いでした。彼女が悪役令嬢だと仮定し、ヒロインは幸運聖女、周りはイケメンだらけ。次々と篭絡される男子生徒たち……。そんな状況下であれば、この世界が乙女ゲームの中であると確信せざるを得ませんでしたわ。
 それからは女子生徒を味方につけて、卒業パーティーまでに反撃の用意をせねばならぬと、休日返上で帰省もせず邁進いたしましたわ」

 え、お義姉様すごい。
 元になるゲーム知らないのに、あの卒パでのざまぁが出来たって。すごい優秀な人なんだなあ。
 確か、ヴェルソードお兄様が用意した証人を撃退していたよね。あの証人、窃盗犯だっけ?
 ……お兄様はバカなのかも。窃盗犯なんか証人になるわけないのに。しかも偽証で。

「あの真実の魔法陣は秀逸だった。難しいのに、完成度高かったよ」

「有難う存じます。魔法陣を学ぶのが楽しくて。こちらの世界に生まれ変わってから、のめり込んでしまったのですわ」

「わかる。私もそうだから」

 王子とお義姉様、ご趣味が合うようで、とても良くお話が弾んでいらっしゃるようですわ。
 ……と、思わずキリアネットになってしまった。
 いや俺は俺だし。キリアネットはドキドキ最高潮にならないと出ないし。多分。
 だんだん俺たち融合してるのかもだけど、だからといって俺がこの変態王子に靡くなんてこと……!

 また頭が混乱してきた。
 俺がひとりであわあわしても会話は進んでいく。

「ところで、ヴェルソード様は、こちらにいらっしゃいませんの?」

 そうミラリスお義姉様が言うので、どういうことかと、その目線を追う。

「なんでこんなにことになんでこんなことに俺は俺でなんということをしてしまったのか俺は俺はああああ」

 部屋の隅っこ、壁に頭を打ちつけ、ぶつぶつ呟くお兄様がいた。

「彼、操られていた時のこと覚えてるみたい。思い出しては羞恥に身悶えしてるよ」

 事も無げに茶を飲みながら言うけどヒュミエール王子、お兄様の洗脳解いたの?
 え、解除魔法陣で殴った? それ、物理で殴ったのと変わらなくね?
 心做しかお兄様の頬が腫れている。だがそんな怪我にもめげず更に頭をゴンゴン壁に打って怪我を増やしている。

「まあ、ヴェルソード様ったら、そんなに壁打ちを楽しまれては頭がバカになりますわよ。ただでさえ脳みそ筋肉なのに」

 ミラリスお義姉様、言う言う。

「いいんだ俺なんて俺なんてバカみたいなくさい台詞吐いて好きでも無い女を口説いていたバカの見本のバカなんだ」

「確かに、朝の挨拶で俺の子猫ちゃんご機嫌いかがだとか、昼ごはんを食べながら君の瞳にフォーリンラブだとか、おやつの時間には僕の心は君に捧げる恋に狂った小鳥だとか、意味不明な台詞とともにバードキスかますという求愛行動もとられていましたわね、幸運聖女に」

「うがああああ!!!!」

 やめたげてお義姉様。お兄様のライフはもうゼロよ。

 頭を掻きむしりながら床をのたうち回るお兄様を見ていると、哀れとしか言いようがない。
 そこに容赦なく浴びせられるミラリスお義姉様の真実という名の毒舌。

「ミラリスすごいね。よく見てたね。ヴェルソードのこと」

 だよな王子。逐一言うことが具体的だ。

「ふふふ。だって、観察してましたもの。毎日」

 ポッと照れながら差し出してきたのが、『ヴェルソード様の生態日誌~浮気観察編』とタイトルされた分厚い本。
 中にはヴェルソードの行動と台詞が日時も添えてびっしり書き記されていた。
 こいつぁ、立派な浮気証拠だぜ。

「へえ、録画の魔法陣か。防犯カメラになるね、それ」

「ええ、至る所に仕掛けましたわ。小型化してテープレコーダーにも」

 何も知らないヴェルソードの上着のポケット、鞄の中、靴の中へと、録画魔法陣を組み込んだ物を仕掛けたそうな。目立たぬところにそっと仕込むものだから映像は真っ暗だが、音も拾うそうで、毎日録音。定期的に回収しては日記を補完。それはそれとして普段も普通にヴェルソードを観察していたらしい。
 真性ストーカーだ……あ、お義姉様がこっち見た。その微笑み怖いん。

「毎日そこまでするなら、毎度かけられてしまう洗脳も解けたんじゃ?」

 王子の言うことも尤もだ。

 幸運聖女は毎日、攻略者たちに洗脳の上掛けをしていたらしい。洗脳が途切れないように。
 ミラリスお義姉様の魔法陣構築の腕は一流だ。重ねがけされる洗脳を解くことも出来たような気がする。
 それこそ、セザール王子も、他の攻略者たち、男子生徒たちも、ミラリスお義姉様なら洗脳が解けたのでは? 彼らの人生がどん底に堕ちる前に助けられたのでは? と、邪推してしまう。

「ヴェルソード様の洗脳、勿論、解くことは試みましたのよ。ですが……」

 阻まれたという。

「あれが、何の力なのか……得体がしれませんでしたわ」

 幸運聖女、思った以上にヤバい人らしい。

「解けなかったから、よく観察することにしたのです」

 ストーカーな。
 ひゃ、またこっち見た。だからその笑み怖いって。
 王子といい、この人たち同類だぜ。笑顔の怖い者同士。

「それじゃあ、私が殴って解除できたのはどうして……聖女が遠くにいるからかな?」

 笑顔の怖い王子は考えながら推論を述べる。

「おそらくですが、魔力封印も効いているかと」

 そういえば聖女はマチンダ牢『審判のダンジョン』送りになったんだっけ。
 昨夜の内に魔力を封印されて、ここから遠く離れた牢へ輸送中だとか。

「そこまでしないと解けない魔法の使い手とは……あの聖女、やっぱり人間じゃないな。牢には大人しく送られたようだけど……脱走してないといいけどねえ」

 王子が不穏なこと言うんだが。
 人間じゃないのかあの聖女。只のギャルにみえたけどなあ。

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