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デートには緊張感が大切なの
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しおりを挟む「おかえり~ご飯できてるよ~ん」
「温めた、の間違いでしょ」
「なにー!? お姉ちゃんがわざわざ苦労を惜しんで電子レンジのスイッチを押してやったんだぞー!」
「苦労の意味を辞書で引き直すべきだね」
アパートへ帰宅した俺を待っていたのは、ソファーにだらしなくもたれ缶ビール片手にバラエティー番組を眺めるステレオタイプのオッサン。ではなく。
森下佳純《モリシタカスミ》。
五つ上、二十歳の姉である。
職業、グラビア女優。
男に媚びへつらうのが仕事とだけあって、容姿端麗の極めて女性らしい女性である。抜群のスタイルと童顔のアンバランスが人気を博し、時折週刊誌にも取り上げられている。準売れっ子みたいな立ち位置。
が、その中身たるや華の二十台とは思えぬ惨憺たるもの。怠惰、傍若無人、ルーズの3Pで出来たキメラみたいな人間である。
家事はすべて俺の仕事。たっぷり稼いでいるのだから文句を言われる筋合いは無い、と一切手伝ってくれない。
今日は久々のオフだったようで、朝から安酒に浸っている。よくその生活で肌とスタイルを維持出来るものだ。
「珍しく遅かったね~。女の子とデートでもしてた~?」
「そんなわけないでしょ。童貞拗らせ真っ只中の陰キャ男子高校生になにを期待してるってんだ」
「そう自虐するなって~。まっ、実は窓からコッソリ見てたんだけどね~。さっき前の道誰かと通ったでしょ。アンタにしては結構可愛い子捕まえたじゃん?」
「…………んだよ。先に言えよ」
「私には及ばないがなっ!!」
「はいはいつよいつよい」
生活環境延いては五つも年上とだけあって、姉さん相手にはあまり強気に出ることが出来ない。悪い人ではないのだが、とにかく相性が宜しくない。
「……あのさあ。いくら俺しかいないからって、下着オンリーで生活するのホント辞めてくれないかな。女としてのプライドはどこ行ったわけ?」
「アンタに見られてもなんとも思わないし~。それともなんですかー? 裸族に転向しろってかー?」
「どうすればそんな結論に至るんだよ」
「ほらよっ! お望み通りじゃッ!」
「パンツ投げんなッ!!」
あっという間に上も下も脱ぎ散らかして、本当に全裸になってしまった。色気があるのか無いのか……何だかんだ気になってしまう自分が心底憎い。
昔はこんな人じゃなかったんだけどなぁ……もっとお淑やかで優しくて、自慢の姉さんだったのに。
「そんなんだからいつまで経っても良い相手が見つからないんだよ。どうせ職場でもそんな感じなんでしょ」
「仕事とプライベートは分けてるんです~彼氏作る予定もありませ~ん。あっ、じゃあアンタと結婚しよ。うんそれが良い」
「法律も知らないのかね貴方は」
「アンタよりは詳しいけど~? ちゃんと手続きすれば無理な話でもないし~」
小馬鹿にするようにヘラヘラ笑う。知り合いのタレントが出演しているとかなんとかで、それ以上会話を続ける気は無さそうだった。
(まぁ、そうなんだよな……)
冗談のような話だが、姉さんの言っていることに嘘は無い。やりようによっちゃ佳純姉さんと俺は結婚出来る。しないけど。
義理姉弟なのだ。
血は繋がっていない。
悲劇の主人公ぶるつもりは毛頭無いが、俺の人生及び森下家の家庭環境は波乱万丈というか、メチャクチャである。
まず、親がろくでなしばかり。母親は俺が産んで半年後、ロクに育児もせず家を出て行った。小学校に上がるまで父子家庭で育つ。不幸その一。
小学一年生。父、再婚。
二人目の母の連れ子がこの佳純姉さん。
慎ましくも幸福な生活が続いたのは僅か二年。二人目の母も浮気で家出。離婚成立。浮気相手の子どもを妊娠していた。責任能力がどうたらこうたらで、佳純姉さんも父に引き取られる。不幸その二。
その翌年、父、再々婚。
半年後。シンプルに不仲で即離婚。不幸その三。
続いて現れた四人目の女に、父は狂わされた。水商売をしているというその女性はすぐさま自宅に入り浸るようになり、森下家は底まで堕ちた。
女性は本当にイカレた人だった。俺と佳純姉さんがすぐ近くにいるのに、父を性的に誑かしまくった。
あろうことに二回りも年下の俺すら誘惑した。そのことに逆上して、父に暴力も振るわれた。中学に上がる前には親への愛情は消滅した。不幸その四。
ある日の学校帰り。玄関を開けたら目の前でエレクトリカルパレードの最中だった。あれは酷かった。どこの深夜アニメかと思った。生涯忘れられない光景だ。
もはや論理的思考が働かない父は、姉さんが高校を卒業したタイミングで家を出て行けと言い放った。実の息子である俺にも同様に。不幸その五。
現在。高校を卒業した佳純姉さんと賃貸アパートで二人暮らし。まだ学生である俺もバイト代を家に入れて、貧乏ながらなんとか生活している。
が、ご覧の通りこの有様だ。華やかな芸能界に身を投じたことで、佳純姉さんもすっかり変わってしまった。
血は繋がっていないけれど、いつも優しくて元気な佳純姉さんが大好きだった。優しかった父を誑かし、屑人間へと変貌させた四人目の女が心底憎い。いつも言っていた。俺もそう思っていた。
(風俗嬢もグラビア女優も、一緒だろ)
生活は姉さんの収入で大半が賄われている。文句を言う筋合いは無い。けれど、なにもあの女のように、男に媚びへつらって、肌を晒して金を稼ぐ手段を選ばくても良かったんじゃないか。
応援はしている。一応。佳純姉さんの美貌と努力の跡が認められたのだから。でも、腹の底では納得出来ない。
女であることを言い訳にしたくない。見せかけの若さに頼るような人間にはなりたくないって、言っていたのに。結局、四人目の女と同じ道を歩んでいる。
早い話、俺は女運が無さ過ぎる。
というか女性不審になりつつある。
どんな女性も結局は四人目の女のように、過剰な自己顕示欲と化け物染みた本性を隠している。芯が無い。筋が通っていない。そう思う。
そんな俺の前に現れた沼尻さんは、言うならば救世主だった。見た目だけでなく、中身まで完璧な女性がこの世に存在するんだって。
この人なら、好きになれる。好きになっても良い。俺が女性へ抱いている気持ちが、偏見でも過剰欲求でも、幻想でもないと証明してくれる。
本気で思っていた。
思っていた、のに。
「……なーに? 顔になんか付いてる?」
「いや、別に。なんでも」
「デート失敗しちゃった? 慰めてあげよっか? おっぱい揉む?」
「ご飯どこに置いた?」
「あっち~」
会話にも満たぬやり取りを経て、ダイニングへ雑に放置された冷凍あんまん二個入りセットを開封する。なにが温めておいただ。もう冷えてるじゃねえか。
(どうせ一緒なんだ。沼尻さんも)
はじめから分かっていた。自身の露出願望を満たすために、その辺の男より軟弱でヘタレな俺に狙いを定めたに過ぎないのだ。
これでは父と同じ。見てくれの華やかさに騙されて、父親として、人間としての尊厳を投げ捨てたあの男と同じ。
同じ轍を踏むわけにはいかない。
俺は父親とは違う。
でも、それでも。
やっぱり好きなんだよな。どうしても。
(血は争えないってやつか……)
完全に冷め切ったあんまんを二つに分けると、中からドロドロの黒いこしあんが流れ出て来た。
見た目だけなら綺麗な純白。図らずも目撃してしまったあの光景と、さほど変わりは無い。
なのに、中身は真っ黒って。どんな暗喩だ。
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