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第9章、千晴編
【5】私のこと、好きですか?
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とろけるように甘いいちご味が口を満たす。
すっきりとはしない、まったり味に苦笑した。
ぽすんとベッドに横たわり目を閉じると、グラウンドから聞こえる掛け声や、音楽室からの音色が耳の中に流れてくる。
手にはいちご牛乳のパック。これ、先生が買ったのかな……。涼太が買ってたりして。
パックを握りしめてまた眠りに落ちると、しばらくして養護の土井先生が戻ってきた。
「具合どう?目が潤んでるかなあ。検温しようか」
土井先生はてきぱきと体温計をくれて、体を起こして測った。
「37.9度でした」
「あら。これからまた上がるかなぁ。どうする?帰れそう?」
「はい。大丈夫です」
私はコートを着込み、鞄を肩に掛けて、土井先生にお礼を言い保健室を出た。
うー、お腹いた……。風邪に加えてこれもきつい……。
廊下の角のゴミ箱が目に入り、手にしていたいちごパックを確かめる。
記念に持って帰りたいぐらいだけど、それは違うか……と、名残惜しみながらゴミ箱に入れた。
ふらふらと下靴に履き替え、暗くなった空を見上げながら門を出た。
電車に乗り、バス停まで辿りつく。
チリチリと、もうすぐ電球が切れてしまいそうな音をさせながら寂しい照明がついた、そんなバス停。
マフラーをしっかりと巻いて鼻をすすり、ぼけーっとしていたら、隣に背の高い人が立った。
ぼんやり、黒眼だけをその人に向けたら、目を疑う人物だった。
「……ふっ…」
藤田先生!
先生は私を見下ろして静かに口を開く。
「…………今帰りか」
「はい……先生も……っ」
途中で声が出なくなり、先生が「しゃべらなくていい」と言った。
あ、いちご牛乳のお礼……。
言いたいけど、胸がドキドキして落ち着かないし、声も出ないし、何も言えない。
もじもじとしているうちにバスがやってきて、先生と私は一番後ろの席に座った。
私の方が早く降りるので、先生が奥に座る。
私も座ろうとしたら、ふらりとよろめいてしまい、先生の手が私の腰を支えた。
「――あ、すみません」
囁き声しか出せなくて、先生の耳元に唇を近づけて謝った。先生は不機嫌な顔で「気をつけなさい」とだけ答えた。
あんなところも触ってもらう仲なのに、とても他人行儀。
そして、バスが走り出すと、先生はイヤホンを取り出して装着した。
眉間を顰めて目を閉じている先生を、おそるおそる見つめる。
またピアノ聴いてるのかなぁ。
「先生……いちご牛乳、ありがとうございました。」
そう言ってみたけれど、先生の表情は何も変わらなくて。イヤホンをしてるし、私はマスクしてるし、このかすれ声じゃあ何も聞こえてないようだ。
「先生、大好き。」
全然聞こえていないのが面白くなってきて、調子に乗って先生に囁いてみた。
「先生も、私のこと、好きですか?」
「――……何なんだお前は」
先生の目が開き、ぎくりとして体を離した。今のが聞こえていたのかと慌てたが、そうでもないようだ。
「寝てなさい。着いたら教えてやるから」
「はい……」
先生はまた目を閉じてしまった。
諦めるとか言いながら、相当痛いな、私……。
唇をきゅっと噛み、バスに揺られた。
「先生、私もう、つきまとうのやめます……」
聞こえているのか、聞こえていないのか。
先生はバス停につくまで、目を閉じたままだった。
「起きろ」と低い声がした。
はっと目がさめる。先生を見ていたはずなのに、いつのまにか夢の世界にいた。バスの揺れがまたいい感じに眠りに誘われる。
「えっ、もう……着い…」
私が慌てて立ち上がったら、くくっと笑う声がした。
「まだだ。落ちつけ」
笑ってる……。かわいい。
貴重な笑顔をじいっと見ていると、先生はすっと笑顔を消してしまった。
次の日は結局学校を休んだ。熱が下がらなかったのだ。風邪で休むのなんて久しぶりすぎて、コドモみたいだ。
「はい、今日は休ませます。……はい、はい、よろしくお願い致します」
担任の堤先生と連絡を取る母を見ながら、雑炊をふうふうしながら口に運ぶ。母は誰もいない壁にぺこぺこと礼をしながら電話を切った。
「お大事にって仰ってたわよ。ママ、お買い物行ってくるから。ちゃんと寝てるのよ」と言われ、こくりと頷いた。
ベッドでごろりと横になる。
雑誌も読む気しない。スマホも今はいらない。
こんなに暇だと、先生の顔が浮かんで会いたくなる。
……諦める決意はどこに行った?
ちょっと優しくされたからといって舞い上がって。
あの人、藤田さんのパパだから!
こんなこと誰かに知れたらタダじゃ済まない。奥さんも悲しむ。
先生だって、仕事を奪われる。私だって……。
……私は、何かと引き換えに先生が手に入るなら、本望だけど。
そんな事は叶わないとわかっているからこそ、願ってしまう夢なんだろう。
どんなに好きでも、泣いても、叶わないのだ。この恋は……。
翌日、熱は下がっていて、普通に登校した。
藤田先生はバスには乗っていなかった。
時間がずれたのかと思っていたが、朝先生が職員駐車場から歩いてくるのが見え、車で通勤してきたようだった。
すっきりとはしない、まったり味に苦笑した。
ぽすんとベッドに横たわり目を閉じると、グラウンドから聞こえる掛け声や、音楽室からの音色が耳の中に流れてくる。
手にはいちご牛乳のパック。これ、先生が買ったのかな……。涼太が買ってたりして。
パックを握りしめてまた眠りに落ちると、しばらくして養護の土井先生が戻ってきた。
「具合どう?目が潤んでるかなあ。検温しようか」
土井先生はてきぱきと体温計をくれて、体を起こして測った。
「37.9度でした」
「あら。これからまた上がるかなぁ。どうする?帰れそう?」
「はい。大丈夫です」
私はコートを着込み、鞄を肩に掛けて、土井先生にお礼を言い保健室を出た。
うー、お腹いた……。風邪に加えてこれもきつい……。
廊下の角のゴミ箱が目に入り、手にしていたいちごパックを確かめる。
記念に持って帰りたいぐらいだけど、それは違うか……と、名残惜しみながらゴミ箱に入れた。
ふらふらと下靴に履き替え、暗くなった空を見上げながら門を出た。
電車に乗り、バス停まで辿りつく。
チリチリと、もうすぐ電球が切れてしまいそうな音をさせながら寂しい照明がついた、そんなバス停。
マフラーをしっかりと巻いて鼻をすすり、ぼけーっとしていたら、隣に背の高い人が立った。
ぼんやり、黒眼だけをその人に向けたら、目を疑う人物だった。
「……ふっ…」
藤田先生!
先生は私を見下ろして静かに口を開く。
「…………今帰りか」
「はい……先生も……っ」
途中で声が出なくなり、先生が「しゃべらなくていい」と言った。
あ、いちご牛乳のお礼……。
言いたいけど、胸がドキドキして落ち着かないし、声も出ないし、何も言えない。
もじもじとしているうちにバスがやってきて、先生と私は一番後ろの席に座った。
私の方が早く降りるので、先生が奥に座る。
私も座ろうとしたら、ふらりとよろめいてしまい、先生の手が私の腰を支えた。
「――あ、すみません」
囁き声しか出せなくて、先生の耳元に唇を近づけて謝った。先生は不機嫌な顔で「気をつけなさい」とだけ答えた。
あんなところも触ってもらう仲なのに、とても他人行儀。
そして、バスが走り出すと、先生はイヤホンを取り出して装着した。
眉間を顰めて目を閉じている先生を、おそるおそる見つめる。
またピアノ聴いてるのかなぁ。
「先生……いちご牛乳、ありがとうございました。」
そう言ってみたけれど、先生の表情は何も変わらなくて。イヤホンをしてるし、私はマスクしてるし、このかすれ声じゃあ何も聞こえてないようだ。
「先生、大好き。」
全然聞こえていないのが面白くなってきて、調子に乗って先生に囁いてみた。
「先生も、私のこと、好きですか?」
「――……何なんだお前は」
先生の目が開き、ぎくりとして体を離した。今のが聞こえていたのかと慌てたが、そうでもないようだ。
「寝てなさい。着いたら教えてやるから」
「はい……」
先生はまた目を閉じてしまった。
諦めるとか言いながら、相当痛いな、私……。
唇をきゅっと噛み、バスに揺られた。
「先生、私もう、つきまとうのやめます……」
聞こえているのか、聞こえていないのか。
先生はバス停につくまで、目を閉じたままだった。
「起きろ」と低い声がした。
はっと目がさめる。先生を見ていたはずなのに、いつのまにか夢の世界にいた。バスの揺れがまたいい感じに眠りに誘われる。
「えっ、もう……着い…」
私が慌てて立ち上がったら、くくっと笑う声がした。
「まだだ。落ちつけ」
笑ってる……。かわいい。
貴重な笑顔をじいっと見ていると、先生はすっと笑顔を消してしまった。
次の日は結局学校を休んだ。熱が下がらなかったのだ。風邪で休むのなんて久しぶりすぎて、コドモみたいだ。
「はい、今日は休ませます。……はい、はい、よろしくお願い致します」
担任の堤先生と連絡を取る母を見ながら、雑炊をふうふうしながら口に運ぶ。母は誰もいない壁にぺこぺこと礼をしながら電話を切った。
「お大事にって仰ってたわよ。ママ、お買い物行ってくるから。ちゃんと寝てるのよ」と言われ、こくりと頷いた。
ベッドでごろりと横になる。
雑誌も読む気しない。スマホも今はいらない。
こんなに暇だと、先生の顔が浮かんで会いたくなる。
……諦める決意はどこに行った?
ちょっと優しくされたからといって舞い上がって。
あの人、藤田さんのパパだから!
こんなこと誰かに知れたらタダじゃ済まない。奥さんも悲しむ。
先生だって、仕事を奪われる。私だって……。
……私は、何かと引き換えに先生が手に入るなら、本望だけど。
そんな事は叶わないとわかっているからこそ、願ってしまう夢なんだろう。
どんなに好きでも、泣いても、叶わないのだ。この恋は……。
翌日、熱は下がっていて、普通に登校した。
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