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第9章、千晴編
【6】私のこと、好きですか?
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「須賀、おはよう!熱は下がったか?無理は禁物だぞ~」
担任で新任の堤君(親しみを込めて君付け)が、一時間目前に私を呼び止めた。
「さっそくで悪いんだがな、放課後、体育教官室に行ってくれるか。レポート提出についての話があるそうだから。他のマラソン不参加者は昨日まとめて呼び出されてたんだが……申し訳ないんだが一人で行ってくれ」
堤君が藤田先生を恐れていることが、言葉の端々からひしひしと伝わる。
「先生、大丈夫ですよ私……体育委員だし。先生ほど藤田先生怖いと思ってないから」
「そうかそうか!じゃあよろしくな!」
レポートめんどくさいなぁ。
もう一度走らせてくれたらいいのに。
「千晴、大丈夫?」
席に戻る途中、前の方に座っている碧が私に手を振り、「復活ーっ」と笑った。
「あ、千晴。来てたの」
私の斜め前の席の涼太もそう言いながら振り向いた。どうせ碧を見つめてて、碧が私と絡んだから気付いただけだろうけど。
「来て悪かったみたいに言わないでよ」
「や、ちょっと頼まれてて。これ三浦から」
「え、何?」
「知らね」
涼太は四つ折りの小さな紙を私の机に乗せると、前を向いてしまった。
よく人に頼まれる奴だなと思いながら紙を開けたら、『部活後、体育館裏で待っています』と書かれていた。
……何?
三浦君と言えば、サッカー部の子だ。クラスも科も違うが、涼太と仲がいいのは知っている。涼太と同じような普通の好青年。
碧には話しかけてるところをみたことあるけど、私とは話したこともない。それに、体育館裏っていい思い出ない…。
さすがに三浦君は、ヘンなことはしないだろうけど、少し気が重いと思ったのは否定しない。
体育教官室は体育館脇にある。
放課後寒風吹き荒ぶ中、コンコンと強めにノックをし、かちゃりとドアを開けた。
「失礼します」
暖かい教官室はストーブが焚かれていて、冷えた体もほわっと緩む。
中には黒いジャージで足を組んでいる藤田先生がいて、迫力のある眼でギロリと睨まれた。
「……須賀か」
先生は机の上の資料をガサガサと出し、クリアファイルを手に取り椅子から立ち上がった。他の先生方は部活動に行ったようだ。
「睨まないでください……」
「コンタクトの調子が悪いんだ。睨んではない」
そっか、コンタクト……。って、先生がコンタクトをしてたことも初耳だし、目が悪いのも今知った。
こんなことだけで、愛しさがこみ上げて、きゅ、と切なく胸が締まる。
もう先生に纏わりつかないと決めたのに……。
「座れ。説明する」
先生の説明が始まり、太く節くれだった指が説明書きの上を滑る。
「走りたかったのになぁ……」と独り言を呟くと先生は指を止めた。
「体調は戻ったのか」
「はい。熱は下がりました」
「……声も出てるな」
先生は説明書きを私に持たせ、「以上だ」と言った。私はその紙を抱く様にして先生に頭を下げた。
「暖かいですね、この部屋」
「暖房が効いてるからな」
黒いジャージの広い背中を見上げて、質問をした。
「先生……」
「何だ」
「私のこと、ちょっとでも好きですか?」
先生は振り向いて、今度はコンタクトのせいではなく睨みをきかせた。「好きだよ」だなんて藤田先生が言うはずはなく、私も最後にそれだけは聞いておきたかっただけだ。
答えの代わりに沈黙が流れ、私は先生の背中に呟いた。
「もう、先生のこと追いかけ回したりはしません。……だからもう……終わりにします。迷惑かけてすみませんでした」
私が教官室を出るまで、先生は振り向かなかった。
ドアを開けて階段を降りる。
先生が追いかけてこないのが答えだ。私の一人相撲はあっけなく終わった。
先生のイヤホンの上からかすれ声で囁いた時とは違い、今はしんと静まり返っているし、さっきのはさすがに先生も聞こえていたはずだ。
風が吹いて、プリントがばさっと音を立てて翻る。
終わった。終わった。フラれた!
音楽室に着き、カラカラとドアを開けた。
「須賀先輩、風邪大丈夫でしたか?」
仲良し1年女子に労われ、無理矢理テンション上げて答える。
「あー、もう全然元気!練習しよっと!」
「あら!須賀さん、張り切ってるわね!いい事だわ!」
1年女子の背後で顧問の斎藤先生がめずらしく褒めてくれた。
音楽の先生ってことは、藤田先生の奥さんもあんな感じ……?
いや、斎藤先生はクセ強すぎか。
……はあ。
終わったのに、まだ考えてる。
終わりにするって言ったのに。
先生は、最後まで何も言ってくれなかった。
乙女が体張りまくって、なけなしの体を差し出しても、先生の心は最後までわからなかった。
部活が終わり「お疲れさまー」と声を掛け合いながら、どっぷりと暮れた空の下、クラリネットの入ったバッグを肩に掛ける。
サッカー部も練習が終わったようで、ライトの下で部員たちが帰る支度をしていた。
……藤田先生はいない。と、無意識に探してる自分にパンチを食らわせたい。
「あ、千晴ちゃん!?帰っちゃうの!?」
誰だかわからないサッカー部の男子が駆け寄ってきた。
その後ろで涼太が立ち上がり、「体育館裏、忘れんなよ!」と言う。
やっぱり涼太も手紙の内容知ってんじゃん!
何?知らないうちに私、バツゲームに付き合わされてんじゃないでしょうね。
「なんか行きたくないんだけど」
「いやいや!ミウ待ってるから行ってやって!」
と、誰だかわからない部員が言う。ミウって三浦君なの?
え~。なんなの~。
「なんか変な展開やめてよね……」
「変じゃねーから!行って!頼む!」
サッカー部たちの勢いがすごいので、一緒に帰ろうとしていた後輩を先に帰し、体育館裏に行くことにした。
何か賭けてやがったら、涼太たちブン殴ってやる……。
そう思いながら、体育教官室の前を駆け抜け、体育館裏へ向かった。
担任で新任の堤君(親しみを込めて君付け)が、一時間目前に私を呼び止めた。
「さっそくで悪いんだがな、放課後、体育教官室に行ってくれるか。レポート提出についての話があるそうだから。他のマラソン不参加者は昨日まとめて呼び出されてたんだが……申し訳ないんだが一人で行ってくれ」
堤君が藤田先生を恐れていることが、言葉の端々からひしひしと伝わる。
「先生、大丈夫ですよ私……体育委員だし。先生ほど藤田先生怖いと思ってないから」
「そうかそうか!じゃあよろしくな!」
レポートめんどくさいなぁ。
もう一度走らせてくれたらいいのに。
「千晴、大丈夫?」
席に戻る途中、前の方に座っている碧が私に手を振り、「復活ーっ」と笑った。
「あ、千晴。来てたの」
私の斜め前の席の涼太もそう言いながら振り向いた。どうせ碧を見つめてて、碧が私と絡んだから気付いただけだろうけど。
「来て悪かったみたいに言わないでよ」
「や、ちょっと頼まれてて。これ三浦から」
「え、何?」
「知らね」
涼太は四つ折りの小さな紙を私の机に乗せると、前を向いてしまった。
よく人に頼まれる奴だなと思いながら紙を開けたら、『部活後、体育館裏で待っています』と書かれていた。
……何?
三浦君と言えば、サッカー部の子だ。クラスも科も違うが、涼太と仲がいいのは知っている。涼太と同じような普通の好青年。
碧には話しかけてるところをみたことあるけど、私とは話したこともない。それに、体育館裏っていい思い出ない…。
さすがに三浦君は、ヘンなことはしないだろうけど、少し気が重いと思ったのは否定しない。
体育教官室は体育館脇にある。
放課後寒風吹き荒ぶ中、コンコンと強めにノックをし、かちゃりとドアを開けた。
「失礼します」
暖かい教官室はストーブが焚かれていて、冷えた体もほわっと緩む。
中には黒いジャージで足を組んでいる藤田先生がいて、迫力のある眼でギロリと睨まれた。
「……須賀か」
先生は机の上の資料をガサガサと出し、クリアファイルを手に取り椅子から立ち上がった。他の先生方は部活動に行ったようだ。
「睨まないでください……」
「コンタクトの調子が悪いんだ。睨んではない」
そっか、コンタクト……。って、先生がコンタクトをしてたことも初耳だし、目が悪いのも今知った。
こんなことだけで、愛しさがこみ上げて、きゅ、と切なく胸が締まる。
もう先生に纏わりつかないと決めたのに……。
「座れ。説明する」
先生の説明が始まり、太く節くれだった指が説明書きの上を滑る。
「走りたかったのになぁ……」と独り言を呟くと先生は指を止めた。
「体調は戻ったのか」
「はい。熱は下がりました」
「……声も出てるな」
先生は説明書きを私に持たせ、「以上だ」と言った。私はその紙を抱く様にして先生に頭を下げた。
「暖かいですね、この部屋」
「暖房が効いてるからな」
黒いジャージの広い背中を見上げて、質問をした。
「先生……」
「何だ」
「私のこと、ちょっとでも好きですか?」
先生は振り向いて、今度はコンタクトのせいではなく睨みをきかせた。「好きだよ」だなんて藤田先生が言うはずはなく、私も最後にそれだけは聞いておきたかっただけだ。
答えの代わりに沈黙が流れ、私は先生の背中に呟いた。
「もう、先生のこと追いかけ回したりはしません。……だからもう……終わりにします。迷惑かけてすみませんでした」
私が教官室を出るまで、先生は振り向かなかった。
ドアを開けて階段を降りる。
先生が追いかけてこないのが答えだ。私の一人相撲はあっけなく終わった。
先生のイヤホンの上からかすれ声で囁いた時とは違い、今はしんと静まり返っているし、さっきのはさすがに先生も聞こえていたはずだ。
風が吹いて、プリントがばさっと音を立てて翻る。
終わった。終わった。フラれた!
音楽室に着き、カラカラとドアを開けた。
「須賀先輩、風邪大丈夫でしたか?」
仲良し1年女子に労われ、無理矢理テンション上げて答える。
「あー、もう全然元気!練習しよっと!」
「あら!須賀さん、張り切ってるわね!いい事だわ!」
1年女子の背後で顧問の斎藤先生がめずらしく褒めてくれた。
音楽の先生ってことは、藤田先生の奥さんもあんな感じ……?
いや、斎藤先生はクセ強すぎか。
……はあ。
終わったのに、まだ考えてる。
終わりにするって言ったのに。
先生は、最後まで何も言ってくれなかった。
乙女が体張りまくって、なけなしの体を差し出しても、先生の心は最後までわからなかった。
部活が終わり「お疲れさまー」と声を掛け合いながら、どっぷりと暮れた空の下、クラリネットの入ったバッグを肩に掛ける。
サッカー部も練習が終わったようで、ライトの下で部員たちが帰る支度をしていた。
……藤田先生はいない。と、無意識に探してる自分にパンチを食らわせたい。
「あ、千晴ちゃん!?帰っちゃうの!?」
誰だかわからないサッカー部の男子が駆け寄ってきた。
その後ろで涼太が立ち上がり、「体育館裏、忘れんなよ!」と言う。
やっぱり涼太も手紙の内容知ってんじゃん!
何?知らないうちに私、バツゲームに付き合わされてんじゃないでしょうね。
「なんか行きたくないんだけど」
「いやいや!ミウ待ってるから行ってやって!」
と、誰だかわからない部員が言う。ミウって三浦君なの?
え~。なんなの~。
「なんか変な展開やめてよね……」
「変じゃねーから!行って!頼む!」
サッカー部たちの勢いがすごいので、一緒に帰ろうとしていた後輩を先に帰し、体育館裏に行くことにした。
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