夫のつとめ

藤谷 郁

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ハートに火をつけて

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 南村壮二は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。
 いや、彼のみならず、側にいる堀田も、イケメン社員二人も、オフィスに居合わせた営業マン全員がこちらを注目し、あ然とした表情。

(あら……ちょっとばかり、声が大きかったようね)

 希美は周囲をゆっくり見回すと、取り繕うように微笑んだ。
 ストレートに分からせてやろうとしたため、つい勢い付いてしまった。ここまでおおっぴらにするつもりはなかったのに。

 南村は今のがプロポーズであると理解したのか、戸惑った様子になる。頬が赤いのは、珍しく目立ってしまい、恥ずかしいのだろう。

「おいおい、冗談を言うにも相手が悪いよ北城さん。南村みたいな地味男は真面目な上に純情なんだから、本気にしちゃうぜ」
「え?」

 シンと静まり返った営業部オフィスに、堀田の野太い笑い声が響いた。彼は南村の肩に手を置き、それとなく下がらせている。

 営業マンらは目が覚めたように互いを見、ほっとした表情になった。

「なんだ、冗談か」
「一瞬、本気かと思ったよ」
「そうだよな、南村がそんなわけないよな」

 堀田と一緒に、全員明るく笑い合う。あろうことか、当の南村もへらへら笑っているので、希美はカチンときた。

 一生に一度のプロポーズを冗談で済まされてはたまらない。堀田を押しのけると、南村の手首を握り、思いきり引っ張った。

「南村壮二、まだ話は終わっていないわ。こっちに来なさい!」
「えっ? あ、あの……」

 希美の方へふらふらとよろける彼を、堀田が肩を掴んで引き止める。

「おい、いい加減にしろ。いくら社長の娘でも、やっていいことと悪いことがあるぜ」

 彼はもう笑っていない。気弱な部下を庇う、上司の顔になっている。
 思わぬ邪魔が入り、希美は胸中で舌打ちした。

「堀田さんには関係ないことよ。私は、この人に用があるの」

 南村は左右からぐいぐい引っ張られ、困惑している。どちらにも逆らえず宙ぶらりんな態度に、希美はますますエキサイトするが、ボート部に敵うわけがない。
 力ずくは諦め、口から切り札を取り出した。

「堀田課長。これは、社長の命令ですよ!」
「へっ?」

 会社組織に生きる堀田は、あっさりと手を離した。希美は南村を引き寄せると腕を絡め、さっさとその場から連れ出す。

「ちょっと待て。社長の命令ってどういうことだ。うちの部員をどうするつもりだ」
「ミーティングが始まる前にはお返しします」

 背後からの声を無視し、南村を引きずるようにしてエレベーターホールまで戻っていく。

 思わぬ邪魔は入ったが、そのおかげでやる気が倍加した。
 希美は負けず嫌いな女なのだ。
 
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