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春の間

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「当館は、田んぼの『田』の字の形をしております。先ほどまで皆さまがいらっしゃった広間は『田』の字の交差点にあたります」
 それでか。館に入った時に左右に伸びていた通路は田の字の縦棒か横棒にあたるのだろう。
「さて、皆さまをこれからご案内するのは『春の間』でございます」
「『春の間』?」暁が繰り返す。
「ええ。先ほどもご説明いたしましたが、当館には『春の間』、『夏の間』、『秋の間』、『冬の間』がございます。それぞれ、季節に応じた趣向を凝らした部屋になっております。まもなく『春の間』に到着いたします」

 荒木さんの言うとおり、すぐに「春の間」に到着した。
「どうぞ、『春の間』をお楽しみください」そう言うと荒木さんは扉を開けた。
 そこには言葉ではいい表せないほどの美しい装飾がされた光景が広がっていた。
 壁一面に水墨画が描かれていた。一面は、満開の桜、次の一面は山麓から覗く太陽、最後は細い枝に乗っかった鳥だった。完成された水墨画なのは分かるが、満開の桜以外がどうやって春を表現しているのか、さっぱりだ。
「『満開の桜』に『春は曙』、『うぐいす』じゃな」
 僕の心の声が聞こえたのか、大島さんがつぶやいた。
「さようでございます。この部屋は水墨画により『春』が表現されております」
「ふん、こんな水墨画、オレのコレクションには敵わないぞ」
 釣部さんは中央に置いてある椅子に腰かけながら言った。そうとうコレクションに自信があるらしい。

「あなたのコレクションがどういうものか知らないけれども、少なくとも私は心惹かれるわ」酒井さんは異を唱えた。
「あのー、お互いの感性によって違うと思います」おずおずと意見を述べる。

 既に暁と夏央、暁と磯部さんで火花が散っているのに、これ以上の喧嘩は勘弁だ。せっかくのバカンスが台無しになってしまう。それに空気を読みやすい僕は、他の人よりこういうことに人一倍敏感だ。

「まあ、諫早殿の言うとおりじゃ。それにせっかくの名画をけなす必要はあるまいて」
 大島さんの援護射撃が利いたのか、酒井さんは黙った。そうか。そもそも、酒井さんは大声が出せないほど、上品な人だ。人と争うのはないに等しい。大島さんは――喜八郎さんは人心を把握するのもうまい。実際なれるかは別として、こんな大人になりたいと思った。少なくとも、磯部さんや釣部さんのようになるのはごめんだ。それに酒井さん――冬美さんのように上品になることはできないだろう。でも、争いごとを好まない点では気が合いそうだ。

「さて、皆さま『春の間』をご堪能いただけましたでしょうか?」
「芸術には疎いけどよ、まあ、きれいなのは分かったよ」と夏央。
「では、次の『夏の間』にご案内いたします」
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