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第2話 連絡先
①
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それから、バイトの朝は、井出さんに会うようになった。
「おはよう、結野ちゃん。」
「おはようございます。」
井出さんは、窓のサッシとか拭いている時に声を掛けてくるので、どうしても仕事を中断してしまう。
「今日も頑張ってるね。」
「仕事ですから。」
井出さんは、なぜかオフィスの椅子に座って、私の仕事を見ている。
そんなに珍しいかな。
若い女が、掃除のバイトしているの。
「井出さん。」
「なに?」
「私の事、見過ぎです。仕事できません。」
「ははは。そうだね、ごめん。」
一応謝ってくれるんだけど、それでも私を見る事、止めないんだよね。
高級そうなスーツを着て、長い足を組んでいる。
そんな人とは、同じ世界にいられないと思っていたのに。
こんなに近くにいられると、誤解してしまう。
もしかしたら、井出さんと仲良くできるんじゃないかって。
「それで?その社長さんとは、どこまで行ってるの?」
「どこまでって……」
「デートしたとか、キスしたとかあるでしょ。」
斉藤さんに聞かれて、困ってしまった。
「……ただ一度、お寿司食べに行っただけです。」
「それって、デートじゃない?」
斉藤さんの目が、輝いている。
「デートでは、ないと思います。」
「どうして。」
「実は、仕事中に井出さんとぶつかった事があって。バケツの水に浸かった書類を、作り直した事があったんです。」
「へえ。」
斉藤さんは、興味深々だ。
「だから、そのお礼にご馳走してもらっただけで、デートじゃないです。」
その後も、誘われる事もなかったし。
やっぱり一般人と社長では、身分が違うんだ。
「連絡先は?」
「ああ、名刺をもらいましたけど、書いてあるのは会社の電話番号なので。」
「メアドだって、書いてるでしょ。」
「書いてますけど、会社のメアドですよ?」
仕事のメアドに連絡したって、井出さんが迷惑するだけだ。
「なんか、もどかしいね。」
「いいえ、元々住んでる世界が違うので。気にしないで下さい。」
すると斉藤さんは、はぁーっとため息をついた。
「結野ちゃん。いい出会いを無駄にしちゃあ、ダメだよ。」
「いい出会いって……相手は社長ですよ?」
「逆にこれ以上ないくらいの、出会いじゃないか。」
斉藤さんは、強きだ。
「私はね。他の人だったら、何もこんなに応援しないよ。」
「斉藤さん……」
「若いのに、弟を大学に行かせる為にWワークしてるなんて。健気じゃないか。そういう子がね、幸せになってほしいんだよ。」
健気か。
私は逆に、井出さんとの住む世界の違いを、見せつけられたような気がした。
私は、気軽にお寿司なんて、食べに行けない。
しかも回らないお寿司を、お任せで握れるなんて。
お金に余裕がある人じゃないと、できない事だと思う。
「そうだ。朝、その社長に会ってるんだろう?連絡先、聞きなよ。」
「ええ?」
「何も女から聞いたって、可笑しくないよ?」
斉藤さんは盛り上がっているけれど、私はそこまで思えなかった。
連絡先聞いたら、きっと井出さんに連絡してしまう。
そうなったら、返事も求めるだろうし。
でも、井出さんは私の事、頑張っている女の子としか思っていないから、きっと迷惑だと思う。
「頑張るんだよ、玉の輿。」
「へ?」
斉藤さんは上機嫌で、掃除を続けた。
12時を過ぎて、帰りに買い物。
家に帰って来たら、掃除、洗濯と大忙しだ。
「最近、疲れて寝てばっかりだから、気をつけないと。」
でも、眠くて欠伸はどんどん出る。
「今日の夕食、何にしよう。」
買ってきた食材を見て、シチューにしようと思った。
「青志は、また何か貰ってくるのかな。」
私は、青志の事だけが、心配なのだ。
毎日のようにバイトして、勉強時間は足りているのか。
希望の学部はどこなんだろう。
上手く大学に入学できればいいのだけど。
「ただいま。」
「お帰りなさ……」
家に帰って来た青志の顔に、青い痣があった。
「どうしたの?それ。」
「ああ、ちょっと転んで……」
急いで袋に氷を詰めて、痣を冷やした。
「でも、これって誰かに殴られたんじゃ……」
すると青志は、唇を噛み締めた。
「そうなの?」
「気にするなよ、姉ちゃん。」
もしかしたら、両親がいないって言うだけで、虐められているんだろうか。
それだけが心配。
「青志。何かあったら、お姉ちゃんに言ってね。」
すると青志は、私の手を握りしめた。
「姉ちゃんこそ、何かあったら俺に言って。」
青志は立ち上がると、私が捨てたはずの、井出さんの名刺を差し出した。
「いい人じゃないか。社長なんだろ?」
私は名刺を手に取ると、びりびりとそれを破いた。
「姉ちゃん。いい人に出会ったら、幸せになったっていいんだよ。」
「おはよう、結野ちゃん。」
「おはようございます。」
井出さんは、窓のサッシとか拭いている時に声を掛けてくるので、どうしても仕事を中断してしまう。
「今日も頑張ってるね。」
「仕事ですから。」
井出さんは、なぜかオフィスの椅子に座って、私の仕事を見ている。
そんなに珍しいかな。
若い女が、掃除のバイトしているの。
「井出さん。」
「なに?」
「私の事、見過ぎです。仕事できません。」
「ははは。そうだね、ごめん。」
一応謝ってくれるんだけど、それでも私を見る事、止めないんだよね。
高級そうなスーツを着て、長い足を組んでいる。
そんな人とは、同じ世界にいられないと思っていたのに。
こんなに近くにいられると、誤解してしまう。
もしかしたら、井出さんと仲良くできるんじゃないかって。
「それで?その社長さんとは、どこまで行ってるの?」
「どこまでって……」
「デートしたとか、キスしたとかあるでしょ。」
斉藤さんに聞かれて、困ってしまった。
「……ただ一度、お寿司食べに行っただけです。」
「それって、デートじゃない?」
斉藤さんの目が、輝いている。
「デートでは、ないと思います。」
「どうして。」
「実は、仕事中に井出さんとぶつかった事があって。バケツの水に浸かった書類を、作り直した事があったんです。」
「へえ。」
斉藤さんは、興味深々だ。
「だから、そのお礼にご馳走してもらっただけで、デートじゃないです。」
その後も、誘われる事もなかったし。
やっぱり一般人と社長では、身分が違うんだ。
「連絡先は?」
「ああ、名刺をもらいましたけど、書いてあるのは会社の電話番号なので。」
「メアドだって、書いてるでしょ。」
「書いてますけど、会社のメアドですよ?」
仕事のメアドに連絡したって、井出さんが迷惑するだけだ。
「なんか、もどかしいね。」
「いいえ、元々住んでる世界が違うので。気にしないで下さい。」
すると斉藤さんは、はぁーっとため息をついた。
「結野ちゃん。いい出会いを無駄にしちゃあ、ダメだよ。」
「いい出会いって……相手は社長ですよ?」
「逆にこれ以上ないくらいの、出会いじゃないか。」
斉藤さんは、強きだ。
「私はね。他の人だったら、何もこんなに応援しないよ。」
「斉藤さん……」
「若いのに、弟を大学に行かせる為にWワークしてるなんて。健気じゃないか。そういう子がね、幸せになってほしいんだよ。」
健気か。
私は逆に、井出さんとの住む世界の違いを、見せつけられたような気がした。
私は、気軽にお寿司なんて、食べに行けない。
しかも回らないお寿司を、お任せで握れるなんて。
お金に余裕がある人じゃないと、できない事だと思う。
「そうだ。朝、その社長に会ってるんだろう?連絡先、聞きなよ。」
「ええ?」
「何も女から聞いたって、可笑しくないよ?」
斉藤さんは盛り上がっているけれど、私はそこまで思えなかった。
連絡先聞いたら、きっと井出さんに連絡してしまう。
そうなったら、返事も求めるだろうし。
でも、井出さんは私の事、頑張っている女の子としか思っていないから、きっと迷惑だと思う。
「頑張るんだよ、玉の輿。」
「へ?」
斉藤さんは上機嫌で、掃除を続けた。
12時を過ぎて、帰りに買い物。
家に帰って来たら、掃除、洗濯と大忙しだ。
「最近、疲れて寝てばっかりだから、気をつけないと。」
でも、眠くて欠伸はどんどん出る。
「今日の夕食、何にしよう。」
買ってきた食材を見て、シチューにしようと思った。
「青志は、また何か貰ってくるのかな。」
私は、青志の事だけが、心配なのだ。
毎日のようにバイトして、勉強時間は足りているのか。
希望の学部はどこなんだろう。
上手く大学に入学できればいいのだけど。
「ただいま。」
「お帰りなさ……」
家に帰って来た青志の顔に、青い痣があった。
「どうしたの?それ。」
「ああ、ちょっと転んで……」
急いで袋に氷を詰めて、痣を冷やした。
「でも、これって誰かに殴られたんじゃ……」
すると青志は、唇を噛み締めた。
「そうなの?」
「気にするなよ、姉ちゃん。」
もしかしたら、両親がいないって言うだけで、虐められているんだろうか。
それだけが心配。
「青志。何かあったら、お姉ちゃんに言ってね。」
すると青志は、私の手を握りしめた。
「姉ちゃんこそ、何かあったら俺に言って。」
青志は立ち上がると、私が捨てたはずの、井出さんの名刺を差し出した。
「いい人じゃないか。社長なんだろ?」
私は名刺を手に取ると、びりびりとそれを破いた。
「姉ちゃん。いい人に出会ったら、幸せになったっていいんだよ。」
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