金色にして漆黒の獣魔女、蝕甚を貫きて時空を渡る -Eine Hexenbiest in Gold und Schwarz-

二式大型七面鳥

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第四章 月齢27.5

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 翌朝。
 朝一番に宿を――朝食と昼食は厨房に特別に頼んでサンドイッチを作らせた――発った一行は、明けて間もない空の元、登りかけの朝日を左手に一路アシュランドから南下する。
 雪は明け方までには止んだようで、平均すると膝より深く積もっているようだったが、土地に明るいチャックは上手にもっとも効率的に進める道を選び、ユモとユキはただそれについて行くだけであった。
「夕べのうちに動いた分の足跡は、この雪で追えなくなっている。だが、今朝以降に動いたなら、見つければ間違いなく、追える」
 チャックは、前を見たまま、言う。
「見つけられるの?」
 間髪入れず、ユモが後ろの馬上から聞く。
「100%とは言えないが、何カ所か必ず通らざるをえない場所がある。そこを拾っていけば、高い確率で、道は交差する」
 チャックは、さらりと言う。道に不案内であろうオーガスト大尉は、メジャーな道を通るはず、マイナーだが距離を稼げる道は知らないか、教えられていてもこの気象条件で使うのはリスキーに過ぎる、そう判断するはずだ、と。
「あえてギャンブルに出る可能性はありません?」
 スティーブの馬の鞍上で手綱を取るユモの後ろから、二人乗りタンデムしているユキが尋ねる。
「ない、と思う。大尉の立場では、ここまでやって遭難したのでは意味が無い、帰り着く事が最重要のはずだから」
「で、そのギャンブルをあたし達はする、そういう事よね?」
 ユモが、若干楽しげな声色で、聞く。追いかけて、見つけて、とっ捕まえて、とっちめてやる。その期待が膨らんでいるのが、はたからでも分かる。
「……そうだ。だが、その分道は険しい。追いつくとしても明日以降、いや明後日以降だろう。我慢の行程になる、覚悟はしておいてくれ」
 振り向いて二人に声をかけたチャックに、ユモとユキは微笑んで、答える。
「まかしといて」
「我に追跡の準備あり、覚悟完了、です」

 雪の照り返しが眩しくて辟易する事以外は、思ったよりも道中は厳しくなく、二時間移動して三十分休憩するペースを維持するのに苦労は無かった。二回目の休憩を長めに取り、コーヒーを湧かして昼食。馬にも水と飼い葉――燕麦と干し藁――を与え、後半の行程に向かう。午後の二回目の休憩で携行食のペミカンを囓り、カロリーを補給しておいてから午後の三行程目に出発。日が落ちる前に野営場所を決め、無理な夜行の強行軍はしない事に事前に合意しておいた一行は、日が傾き、急激に気温が下がりはじめた中で野営に相応しい場所を探す事を頭に置いて先を急ぐが、そんな中、
「……見て、ジュモー」
 ユキが、ユモの肩越しに右手で何かを指し示す。
 進行方向1時の方向、木々の間にちらりと見えるそれは、1軒のロッジであった。

「……よく見つけたわね……」
 ユモは、遠くのそのロッジを、木々に隠れて見え隠れする、気に紛れるような色合いのその木造の小屋を見つめながら、言う。
「……でも、あんな人気ひとけのなさそうな掘っ立て小屋が、どうしたの?」
「気配とね、匂いがするの」
 尋ねられて、ユキもそちらを見ながら、答える。
「風向きのおかげかしらね?あそこ、馬が居るわよ。嗅ぎ覚えのある奴が、ね」
「……え?匂いって、え?」
「チャックさん!」
 ユキは、ユモの頭越しに、二馬身ほど前をゆくチャックに呼びかける。
「あっちに家か何かあります、泊めてもらえるかも!」

「……こんな荒れ地にロッジなんて……」
 その建物に近づきつつ、不思議そうにユモは言った。
「このあたりは沼沢地で農業にも工業にも適さない。が、避暑地として、あるいはハンターのベースとして、目端の利くのが目をつけてると聞いた。これも、その一つだろう」
 半馬身ほど前を行くチャックが、ユモの呟きに答える。
「……先客が居るのか?」
 ロッジの全容がはっきり分かるくらいまで近づいた時、チャックはそう言って、一旦馬の足を停めた。
 見たところ、ロッジは二階建て、大きくはないが二階からの見晴らしはまあまあ良さそうで、恐らく一階は食堂とバスルーム、二階が寝室なのだろう。そして、家の裏側には納屋があり。
 納屋の入り口付近の雪は踏み固められた上に降り積もったのが明らかに分かり、そしてロッジの玄関も同様に、人が出入りした形跡があり。
 一番新しいと思われる足跡は、恐らく二人分、ロッジを出て森に、暗い森の奥に消えて行っていた。
「誰か居たのは、間違いなさそうね」
「ってゆーか。納屋の中、馬、居るわよ」
 再度前進し、ロッジまで十数メートルまで近づいた頃、足跡を見てユモは言い、それを受けたユキは、言って、視線を納屋に振る。
 ユキに促されるように納屋の方に向かった一行に気付いたのか、納戸の中からは、馬の鼻息と小さないななきが聞こえてきた。

「まさかと思ったけど……」
 ロッジに入ったユモは、部屋の中の荷物を見て鼻息荒も荒く、言う。
「こんなにあっさり追いついちゃうなんて」
「さすがはチャックさん、やっぱ地の利があると違うわね」
 階段の上のユキも、ユモに続いてチャックを賞賛する。
 なりゆきで先に納屋を確認した三人は、そこに居るのがオーガスト・モーリー大尉が連れていた馬である事を確認した。自分達の馬を納屋に入れて荷物を下ろして水と飼い葉を用意する過程で、大尉の馬がどうやら朝から水も飼い葉も与えられて居なさそうな――ひもじそうな、物欲しそうな――様子である事も発見。世話をはじめたチャックを残して、ユモとユキはロッジの中を確認しに行った。
 勿論、ここでばったりオーガストと出っくわして、場合によっては発砲沙汰になる可能性もある。なので、オーガストから預かっているM1911をエクステンデット・ハイに構えたユキが前、丸腰のユモはその影に必ず隠れるようにして、二人は、鍵のかかっていない玄関から広間に入っていた。
 入るなりユキは片っ端からドアを開けてクリアリング、そのまま二階に上がって上に二間ある寝室もクリアである事を確認。
「上も他の部屋ももぬけの殻。ベッドも使った形跡はないわ、ってか、そもそも使える状態じゃないけど……」
 M1911をチャンバークリアしながら、ユキは階段を降りて、言う。
「少なくとも半年くらいは、ここ、使われてないみたいよ」
「上に上がってない、って事?」
 広間の荷物から壁際の書き物机の上の書類を改めていたユモが、ユキに振り向いて聞く。
「多分。窓開けてホコリ叩いて床履いてマット干さないと、あそこで寝る気にはならないわね」
 チャックやスティーブならそのあたりはまったく気にしないだろうが、そこは多感な中二女子である。
「そっちは?」
「荷物は間違いなくオーガストのものよ。書類も、軍に提出するレポートの下書きかしら?……」
 机の上の書類をいくつか斜めに目を通しながら、ユモが答える。その時、予告抜きで玄関のドアが勢いよく開く。
「馬たちはやはり朝から放置されていたようだ……すまん、ノックすべきだった」
 咄嗟に腰の銃剣バヨネットに手をかけたユモと、イスラエル式ドローイズレイリードローでM1911を抜きつつ身を低くしてソファの影に飛び込み、今まさに銃口と右目だけを覗かせているユキに対して、玄関から一歩入ったところで凍り付いたフリーズしたチャックはゆっくりと両手を上げて謝罪した。

「まとめましょ。大尉は確かにここに来たけど、今は居ない。玄関から森に二人分の足跡があって、片方は大尉の軍靴でほぼ間違いが無い。で、馬はここに置いてきぼり」
 放置されていた薪を暖炉にくべまくって暖をとり、ロッジのキッチンを無断拝借して持ってきた道具と材料で作った夕飯を食べつつ、ユモが言う。
「今はっきりしている事実は、ここまで」
「大尉さんがどこに、誰と行ったのか、知りたいわよね……」
 ユキが、スープを啜りながら、言う。時間と材料の関係で畜生鍋サノバビッチシチューの延長線上の代物だが、キッチンが使えるだけ若干ましな仕上がりになっている。
「アシュランドでは、雪は夜半過ぎには止んだそうだ。ここがいつ頃止んだかは分からないが、大きく違わないだろう。納屋の前と玄関前の雪の積もり具合から見て、大尉は雪が止む前にここに着いて、雪が止んでから歩いて出たはずだ」
 チャックが、観察した結果と経験に裏付けされた推論を言う。
「だとすると、夜半過ぎに出た?」
「そういう事になる」
 ユキの疑問に、チャックが即答する。
「そんな夜更けに、一人……じゃないみたいだけど、どこへ、何しに?」
 ユキは、さらなる疑問を重ねる。
「馬を使っていないのだから、さほど遠くとは思えない。だが、戻って来た形跡もない」
「……誘拐?」
 可能性としては、オーガストと一緒の誰か、その誰かに連れられ、あるいは脅され、連れ去られた、そう考えるのが順当と思える。真っ先にそう思ったユキが呟いたその言葉を受けて、ユモがソファと背中の間に置いておいた紙束を取り出し、言った。
「もしかしたら、その答えがここあるかもね」
 それは、ユモが見ていた、書き物机の上にあった下書きっぽい書類の束だった。
「何か、書いてあるのか?」
 チャックも、わずかに身を乗り出して聞く。
「まだ最初のところを斜め読みしただけだから。食事が終わったら、最初から声に出して読むから、聞いてて」
 ユモは、チャックもユキも英語の読み書きは苦手であり、故にこの中で、自分が一番適役である事を理解して言い、その文章を一瞥する。
 性格なのか、綺麗な字で書かれたそれは、取り消しや走り書きがあちこちにあるので下書きと思えたが、どちらかと言えば下書きと言うよりそれは覚え書きと言うべきであり、オーガスト・モーリー大尉が、これを読む誰かに宛てた書き置きでもあった。
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