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第七章:決戦は土曜0時

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「うりゃあ!」
 踊り場から飛び降りるなり、酒井はハラガンツールを片手に葉法善ようほうぜんに向かって飛び出す。
「うわ、ちょ!」
「だあ、もう!」
 信仁と巴は、その酒井の行動に一瞬ついて行けず、軽く悪態をついて、信仁はスパスを構え直し、巴は右手に走る。
 葉法善は、酒井を迎え撃つべく立ち上がり、満面の笑みで両手を広げた。

 ――こいつは、俺の邪魔をした。俺が助けに行くのを邪魔した。それに、俺をわらった。上から見下みおろして。俺を見下みくだして。俺を。俺を!俺をっ!――
 酒井の心が、怒り、恨み、妬み、そう言った感情で塗りつぶされてゆく。が、酒井自身はそれに気付かない。どころか、目の前の葉法善をぶちのめすことだけに意識が集中し、それがさらに心を黒く染めてゆく。封印の影響を受けている事にすら気付かずに。
「うらぁ!」
 人間離れした速さで、酒井は葉法善に迫る。振りかぶったハラガンツールが、恐ろしい速度で振り下ろされる。
 それを、甘んじて、頭上で交えた両腕で葉法善は受けた。
 葉法善の腕から胴を通って足に衝撃が突き抜け、コンクリの床が割れる。振り下ろした酒井の体が、反作用で身長分ほども浮く。浮いて、走り込んだ勢いで葉法善の頭上を飛び越え、その背後三メートルほど先に背中から落ち、さらに二メートルほど滑る。
 数体の殭屍キョンシーの、その目の前まで。

「くそっ!」
 信仁が、毒づいて銃口を下げる。この位置この角度では、飛び出した酒井を援護出来ない。移動して酒井の背後を狙える射角を確保するか、このまま他の殭屍を撃つか。逡巡などせず、信仁は前に出る。

「何やってんの!」
 巴も、右手の殭屍を抑えようとしていたのを変更する。倉庫奥に向かって右手の数体の殭屍に木刀を右脇から薙いで衝撃波を飛ばして牽制し、左手の酒井に向けて走り出す。薙いだ木刀を右脇で突きに構え直し、酒井に迫る殭屍を吹き飛ばすべく切っ先に念を集中させ始めた、その刹那。
「があっ!」
 獣のような声と共に、酒井は無理な姿勢のままハラガンツールを横薙ぎに振るう。三体の殭屍がまとめて横倒しになり、最も右端、ハラガンツールの直撃をもらったものに至っては胴がくの字に曲がっている。
「嘘……あ!」
 バールを振り下ろし、相手にブチ当てるその反動を利用して頭上を飛び越えるのは、体術に優れていれば人であっても可能かも知れない。だが、あの姿勢から、床に寝そべった姿勢からバールを振って標準体型の成人三体を横倒しにするのは、ちょっと人間離れした膂力りょくりょくといえる。酒井をカバーする為近づこうとした巴は、その事に気付いてちょっと驚き、直後、振り向いた葉法善が酒井に襲いかかる、殴りかかるのを見た。
 葉法善の右の拳が、体重を乗せて酒井に顔面を襲う。それを、両手で持ったハラガンツールを顔の前に出して防ぐ。轟音と共に、葉法善の鉄拳を受け止めたハラガンツールがへの字になる。
「っりゃあ!」
 切っ先に念を集中させた木刀が、巴の渾身の突きが葉法善の右脇腹に突き立つ。
「ガッ……ガアッ!」
 切っ先三寸ほどもめり込んだ木刀に顔をしかめ、それでも上体をわずかに傾げただけの葉法善は、酒井にのしかかるような姿勢のまま右手を振って巴を振り払う。大男とは言え相手は人間、だと思って貫通しないよう念を一点集中させなかった巴は、飛びすさりながらその判断が間違っていたことに気付いてほぞを噛む。

 獣のように吠えた葉法善は、左手で酒井の持つ折れ曲がったハラガンツールを押さえ込むと、右手をスーツの懐に突っ込む。すぐに抜き出したその右手の指に挟まれているのは、黄色い短冊。
「やべっ!」
 近寄る殭屍を捌きつつ、葉法善が符籙ふだを使って何らかの術を成そうとしている事に気付いた巴が警戒する。木刀で払いたいが、殭屍に阻まれ一歩間合いが届かない。念を飛ばすにも周りの殭屍が厚く、その暇が作れない。
此命令不是非凡命令スーミンリンプーシーフェイファンミンリン! 急急如チィチィルー……」
 突然の銃声が、葉法善が唱える呪文を強引に遮る。振り上げて一瞬停まった葉法善の右手が弾かれ、その指に挟まれた黄色の符籙が千切れ飛ぶ。距離約7ヤード、ニーリングでスパスを肩付けした信仁は、左手はフォアエンドに置いて肩付けしたま、右手をグリップから離すとマガジンカットボタンを押してフォアエンドを引く。右腰のシェルホルダーからもう一発だけシェルを捥ぎ取り、チャンバに放り込んでフォアエンドを戻す。二秒ちょいでゴム弾をリロードした信仁は間髪入れずに次弾を葉法善の腰に打ち込み、そして気付く。
 こいつは、人間じゃあない。

 右脇腹を木刀で深くえぐられ、右手と左腰にゴム弾を喰らった葉法善は、酒井から一歩退き、ぐるぐると唸る。
 その足下で、ほとんど自分に向けられたような一度目の発砲音と、その音源に反射的に顔を向けた途端の二度目の発砲音と発射炎で脳を揺さぶられた酒井は、ほんの一瞬意識が飛び、そしてすぐに我に返る。咄嗟に跳ね起きて手に持ったハラガンツールを構える――いつの間にか、折れ曲がっている。
 何が、あった?酒井は、記憶を手繰り、すぐに思い出す。葉法善を、半日前に自分を罠に誘い込んだ大男を見た時から、何かが狂った。
 ……いや、違う。むしろ、あれが俺の本心なんだ。
 酒井は、この状況下にあって、己の本心に、やっと気付いた気がした。
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