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第七章:決戦は土曜0時

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 ――動きのイイの、どっかで操ってやがるわね――
 殭屍キョンシーの爪と牙を避けながら、かおるは思う。さっきから、どうにも五月蠅い。潰しても潰しても一匹、五月蠅いのが居る。
 年齢体格、着ているものに性別までバラバラのキョンシーだが、土葬されたらしく土で汚れ、カビ臭い事と、その知恵がないのか素手でかかってくることは共通している。ただ、その中に一体、道具を使ってくる奴がいる。
 キョンシーは人に比べれば遥かに力が強く、その力任せに動くものだから正確さはともかく動き自体は早い。とはいえ、常人ならともかく「訓練された人狼」である馨にとってはその程度、十人束になってもさほどの脅威では無い。ただ一人ずつ確実に始末するのに、時間がかかって面倒くさいだけだ。
 だが、その中に一人、動きが正確で道具を使う奴が混ざっているとなると話が違ってくる。只の鉄の棒であっても、殭屍の力で振り回されると頭の鉢くらい軽く砕ける。
 なので、覚えたばかりの念を纏わせたトンファーで攻撃を受け、突く。姉のともえのように、念を流し込んで動きを停める程の力量はまだ持たないが、関節を砕いてしまえばどのみち動けなくなる。
 そうして――他の殭屍の攻撃を捌きながら――手間をかけてその動きの良いのを潰しても、いつの間にか別の殭屍が道具を――棒だったり、包丁だったり、そこらにある使えそうなものは何でも――持って襲ってくる。その動きは明らかに拳法を囓ったもの、さっきから殭屍の本体は換わっても、すぐに同じ動きをする別の殭屍が取って代わる、その繰り返し。
 いい加減うんざりし、精神攻撃の影響もあって怒りがこみ上げてきた頃、馨は気付く。
 回りの殭屍の、土の匂い、カビの匂いにくさった肉の匂いに混ざって、人の汗の臭いがし始めたことを。
「見ぃつけたあ!」
 風の流れを読めば、匂いの元はすぐに知れる。生き物である限り、誤魔化すことは出来ても匂いを消すことは出来ない。だから、狼の鼻から逃げる事は困難を極める。
 馨は、敷地の片隅のJRコンテナ、その裏に居るであろう匂いの元に向き直ると、立ちはだかろうとする殭屍を力で跳ね飛ばし、一気に走る。走って、横からコンテナの裏に回り込む代わりに手前で跳躍し、空中でトンボを切って裏に居る男――道袍を着込み、傍らに比較的綺麗な殭屍一体を控えさせ、印を結んで殭屍のコントロールに集中しているであろう道士――を確認する。
 自由落下する馨に気付いたのだろうその道士は、咄嗟に印を解いて転がるようにその場を離れ、すぐにまた印を結び直す。
 空中に居る間に、馨はトンファーを投げる。一つはコントロールを切替えたのだろう、急に堂に入った構えをとった殭屍に、ワンテンポ置いて一つは道士自身に。落下中の軌道を変えることが出来ない馨は、投げつけられたトンファーを束ねて持ったヌンチャクで打ち落とした殭屍の目の前に着地する。その着地の際を狙って、殭屍は左の回し蹴りを繰り出す。タイミング的に避けようが無いその蹴りは、しかし、馨に届く事は無かった。
 股の付け根から左足を切断された殭屍は、激しい動きのバランスをとる術を失い、縦と横に回りつつ倒れる。その時には既に馨は殭屍の前には居ない。
 尖り、伸びた右手の爪についた殭屍の残滓を血振りした馨は、握りつぶさないように気をつけながら、その道士の首を掴んだ左手を高く持ち上げる。
「……く……は……」
 道士は、自分が置かれている状況に理解が追いついていなかった。空中でトンファーを投げつけてきたこの女が着地するまでは、確かに見えていた。だから、殭屍を操り、着地を狙わせた。着地の瞬間は、どんな達人でも何も出来ないから。
 だが。回り蹴りを繰り出したその殭屍の足はあらぬ方向に千切れて飛び、今、地面に落ちた。着地したはずの女は、自分が、飛んできたトンファーを思わず手で払ったその隙に、消えた。そして自分は今、得体の知れないバケモノの手で首を吊られ、その爪で首を引き裂かれようとしている。
 そして、その道士は理解した。目の前のバケモノ、スーツを着た半人半獣の栗色の獣こそが、自分が倒そうとしていた女なのだと。
「ぎゃ……」
 離れた所から、別の男の悲鳴がした。道士の男は、その声に聞き覚えがあった。
「お。さすがは我が妹。タイミングバッチリ」
 バケモノは、そう言って、わらう。その一言で、その道士は、仲間の道士が、このバケモノの仲間に「喰われた」事を確信する。そして、恐らく、自分も。
「じゃあね、おやすみー」
 バケモノが、右手を引き、拳を握った。
 その道士の意識は、鳩尾に受けた衝撃と共に、途絶えた。
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