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第七章:決戦は土曜0時
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「獣が一匹でないとはな。道理でゴロツキ共が役に立たなかったわけよ」
張果が、半ば自嘲気味に、半ば忌々しげに言う。
「あいつらも殺されたかの?まあ、殺しても死なんがの……葉」
張果には何が見えて、何を知っているのか。それは、五月にはわからない。ただ、壁二枚向こう、五月の居るこの事務所跡からさらに倉庫の壁を隔てた外では、先ほどから喧噪と、散発的に銃声が聞こえてくる。今、複数の誰か、何かがここに来て、張果の張った陣の内側で暴れている、それは分かる。
「四只狼来到这里。你能杀死他们吗?」
張果が、葉法善に中国語でなにか聞く。五月は中国語は分からない。だが。
「我可以」
葉法善の答えは簡潔で、その表情は傲慢な笑みをたたえている。五月は、葉法善が笑うのを見た覚えがない。それが、ここに来て既に二回、笑い顔を魅せている。邪悪な、笑顔を。
だから、今の会話が決して穏当な内容で無いことは疑う余地がない。五月は、そう確信する。
「好き放題暴れおって……目にもの見せてくれるわ」
張果は、見えていないはずの、落ちくぼんだ眼窩を窓の外に向け、そう独りごちた。
「酒井さん、早く!はい!」
真っ先に倉庫の出入り口ドア付近に取り付いた蒲田が、駆け寄ってくる酒井に手招きする。
「お、おう」
柾木と玲子をカバーしつつ走ってきた酒井は、ドアの左に取り付いた蒲田の対面、ドアの右に取り付く。そのすぐ横に、玲子を抱えるようにして柾木が来る。信仁もすぐに側に来る。巴は少し後ろで迫る殭屍を威嚇し、抑えている。
「よし、さっさと入ろう」
「待った酒井さん!触っちゃ駄目だ!」
胸中の焦燥感に押され、何も考えずにドアノブを掴もうとした酒井を、スパスをハイレディに持ち直した信仁が制止する。
「姐さん!ちょっと支えててくれ!」
「早くおしよ!」
独りで殭屍を抑える巴に声をかけると、信仁は右手だけでスパスのフォアエンドを持って支え、左手で左腰に付けたダンプポーチからパラコードの小さな束を取り出し、酒井に渡す。
「それをドアノブに結んで、蒲田さんに渡して下して下さい」
言いながら、左手でスパスのフレームを上から逆手に持ち、ストックを肩に担ぐようにしながら左親指でボルトリリースボタンを押す。右手はガンベルトに付けたシェルホルダーから一度に四発のシェルをもぎ取り、二発ずつ一気にリロードする。
あ、これ、見たことあるわ。柾木は、スーツを着た男がショットガンにクアッドロードでリロードする光景にデジャブを感じ、すぐにその正体に思い当たる。思い当たり、
「それ、観た事あります、キアヌの映画で」
つい口を突いて言ってしまってから、こんな時に、とも柾木は思う。
「れんしゅーしました、スパスだとやりづらいんですけどね」
我が意を得たり、そんな感じでちょっと嬉しそうににやつきながら、信仁は柾木に答える。
「……どんな、映画、ですの?」
切れ切れに、玲子が柾木に問う。走ったのはほんの二十メートルほどだが、冷え切った冬の空気をいきなり深く吸った肺がびっくりしたのか、玲子は大きく肩で息をしている。
自分の胸元から聞こえたその玲子の声に、
「えっと、恋人の形見の犬を殺された殺し屋が組織に復讐する映画で、す、っておわ!」
無意識に胸元を見下ろしつつ答えた柾木は、自分が全く無意識に玲子をかかえると言うより抱いている事に気付き、あわてる。
「す、すみません玲子さん」
「いえ……私は、別に……ロマンチックな、映画、ですのね?」
腕の力を緩めた柾木に、頬を柾木の胸に預けたまま玲子が答える。
「いやちょっとつかだいぶ違うような……」
そういや信仁君、髪型とか見た目ちょっとキアヌっぽいかもな、などと柾木は思う。その柾木に、玲子は、
「今度、是非、一緒に観て、下さいまして?」
顔を上げて、聞く。
「いやまあ、玲子さんがいいなら、はい」
柾木は、自分の胸元で上を向いた玲子の顔を見つめて、
「これが終わったら。是非」
「結んだぞ!」
パラコードの端を、SIG P230JPで近寄ろうとする殭屍に牽制射撃している蒲田に投げながら、酒井が信仁に言った。
「じゃあ!合図したら酒井さんはそれで」
マガジンカットボタンを押しつつフォアエンドを引き、開いたチャンバーにドアブリーチャーを放り込みながら信仁は酒井の持つハラガンツールを顎で示して、
「ドアこじ開けて、蒲田さんはパラコード引いてドア開けて下さい、ロックは俺が飛ばします、ドアから体を出さないように!」
言って、自分はドアの前に立ち、銃を右手、パラコードを左手の蒲田とハラガンツールをドアの隙間に突っ込む酒井に目配せする。
「姐さん行くぞ!射線あけろ!」
振り向かずに巴に叫び、返事を確認せずスパスを斜め四十五度に討ち下ろす格好でドアノブ横に押し当てる。
「カウントスリー!耳塞いで!スリー、ツー、ワン」
スパスが吠え、即座に信仁はドア前から飛び退いて酒井の足下にしゃがむ。ドアロックを破壊されたアルミ製のドアは衝撃で歪み、ドア枠にいくらか食い込むが、酒井はそれをハラガンツールで強引に引き剥がし、蒲田が間髪入れずにパラコードを引く。
ドアが開いた瞬間、何か小さいものが複数飛び抜ける。ドアの前に立っていたら突き刺さっていただろうその飛翔体、鏢は、ドア破壊に合わせて振り向きもせずその射線から横に飛んだ巴の向こうの、不運な殭屍に命中する。
ドア枠に体を隠していた酒井と蒲田は、飛び抜けた鏢を追うように直剣がドアの内側から突き出されるのを見た。と同時に、左に銃をスイッチした信仁が、低い姿勢のまま酒井の足下からドア内側に向けてスパスを二発撃つ。そのままさらに二発、倉庫内に撃ち流し、信仁は倉庫内に走り込む。
あわててその後に続こうとした酒井は、ドアブリーチャーの発射煙ですすけた内側ドアノブに、発射体の粉末金属とマズルブラストで炙られた、黄色い符籙だったものが張り付いて居るのを、倉庫入ってすぐの床に腹に大穴を開けたキョンシーが二体転がっているのを、ちらりと目の隅で確認した。
張果が、半ば自嘲気味に、半ば忌々しげに言う。
「あいつらも殺されたかの?まあ、殺しても死なんがの……葉」
張果には何が見えて、何を知っているのか。それは、五月にはわからない。ただ、壁二枚向こう、五月の居るこの事務所跡からさらに倉庫の壁を隔てた外では、先ほどから喧噪と、散発的に銃声が聞こえてくる。今、複数の誰か、何かがここに来て、張果の張った陣の内側で暴れている、それは分かる。
「四只狼来到这里。你能杀死他们吗?」
張果が、葉法善に中国語でなにか聞く。五月は中国語は分からない。だが。
「我可以」
葉法善の答えは簡潔で、その表情は傲慢な笑みをたたえている。五月は、葉法善が笑うのを見た覚えがない。それが、ここに来て既に二回、笑い顔を魅せている。邪悪な、笑顔を。
だから、今の会話が決して穏当な内容で無いことは疑う余地がない。五月は、そう確信する。
「好き放題暴れおって……目にもの見せてくれるわ」
張果は、見えていないはずの、落ちくぼんだ眼窩を窓の外に向け、そう独りごちた。
「酒井さん、早く!はい!」
真っ先に倉庫の出入り口ドア付近に取り付いた蒲田が、駆け寄ってくる酒井に手招きする。
「お、おう」
柾木と玲子をカバーしつつ走ってきた酒井は、ドアの左に取り付いた蒲田の対面、ドアの右に取り付く。そのすぐ横に、玲子を抱えるようにして柾木が来る。信仁もすぐに側に来る。巴は少し後ろで迫る殭屍を威嚇し、抑えている。
「よし、さっさと入ろう」
「待った酒井さん!触っちゃ駄目だ!」
胸中の焦燥感に押され、何も考えずにドアノブを掴もうとした酒井を、スパスをハイレディに持ち直した信仁が制止する。
「姐さん!ちょっと支えててくれ!」
「早くおしよ!」
独りで殭屍を抑える巴に声をかけると、信仁は右手だけでスパスのフォアエンドを持って支え、左手で左腰に付けたダンプポーチからパラコードの小さな束を取り出し、酒井に渡す。
「それをドアノブに結んで、蒲田さんに渡して下して下さい」
言いながら、左手でスパスのフレームを上から逆手に持ち、ストックを肩に担ぐようにしながら左親指でボルトリリースボタンを押す。右手はガンベルトに付けたシェルホルダーから一度に四発のシェルをもぎ取り、二発ずつ一気にリロードする。
あ、これ、見たことあるわ。柾木は、スーツを着た男がショットガンにクアッドロードでリロードする光景にデジャブを感じ、すぐにその正体に思い当たる。思い当たり、
「それ、観た事あります、キアヌの映画で」
つい口を突いて言ってしまってから、こんな時に、とも柾木は思う。
「れんしゅーしました、スパスだとやりづらいんですけどね」
我が意を得たり、そんな感じでちょっと嬉しそうににやつきながら、信仁は柾木に答える。
「……どんな、映画、ですの?」
切れ切れに、玲子が柾木に問う。走ったのはほんの二十メートルほどだが、冷え切った冬の空気をいきなり深く吸った肺がびっくりしたのか、玲子は大きく肩で息をしている。
自分の胸元から聞こえたその玲子の声に、
「えっと、恋人の形見の犬を殺された殺し屋が組織に復讐する映画で、す、っておわ!」
無意識に胸元を見下ろしつつ答えた柾木は、自分が全く無意識に玲子をかかえると言うより抱いている事に気付き、あわてる。
「す、すみません玲子さん」
「いえ……私は、別に……ロマンチックな、映画、ですのね?」
腕の力を緩めた柾木に、頬を柾木の胸に預けたまま玲子が答える。
「いやちょっとつかだいぶ違うような……」
そういや信仁君、髪型とか見た目ちょっとキアヌっぽいかもな、などと柾木は思う。その柾木に、玲子は、
「今度、是非、一緒に観て、下さいまして?」
顔を上げて、聞く。
「いやまあ、玲子さんがいいなら、はい」
柾木は、自分の胸元で上を向いた玲子の顔を見つめて、
「これが終わったら。是非」
「結んだぞ!」
パラコードの端を、SIG P230JPで近寄ろうとする殭屍に牽制射撃している蒲田に投げながら、酒井が信仁に言った。
「じゃあ!合図したら酒井さんはそれで」
マガジンカットボタンを押しつつフォアエンドを引き、開いたチャンバーにドアブリーチャーを放り込みながら信仁は酒井の持つハラガンツールを顎で示して、
「ドアこじ開けて、蒲田さんはパラコード引いてドア開けて下さい、ロックは俺が飛ばします、ドアから体を出さないように!」
言って、自分はドアの前に立ち、銃を右手、パラコードを左手の蒲田とハラガンツールをドアの隙間に突っ込む酒井に目配せする。
「姐さん行くぞ!射線あけろ!」
振り向かずに巴に叫び、返事を確認せずスパスを斜め四十五度に討ち下ろす格好でドアノブ横に押し当てる。
「カウントスリー!耳塞いで!スリー、ツー、ワン」
スパスが吠え、即座に信仁はドア前から飛び退いて酒井の足下にしゃがむ。ドアロックを破壊されたアルミ製のドアは衝撃で歪み、ドア枠にいくらか食い込むが、酒井はそれをハラガンツールで強引に引き剥がし、蒲田が間髪入れずにパラコードを引く。
ドアが開いた瞬間、何か小さいものが複数飛び抜ける。ドアの前に立っていたら突き刺さっていただろうその飛翔体、鏢は、ドア破壊に合わせて振り向きもせずその射線から横に飛んだ巴の向こうの、不運な殭屍に命中する。
ドア枠に体を隠していた酒井と蒲田は、飛び抜けた鏢を追うように直剣がドアの内側から突き出されるのを見た。と同時に、左に銃をスイッチした信仁が、低い姿勢のまま酒井の足下からドア内側に向けてスパスを二発撃つ。そのままさらに二発、倉庫内に撃ち流し、信仁は倉庫内に走り込む。
あわててその後に続こうとした酒井は、ドアブリーチャーの発射煙ですすけた内側ドアノブに、発射体の粉末金属とマズルブラストで炙られた、黄色い符籙だったものが張り付いて居るのを、倉庫入ってすぐの床に腹に大穴を開けたキョンシーが二体転がっているのを、ちらりと目の隅で確認した。
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