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菊より、ザクロ(五十六話)

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 夜鷹ん世界は、広くて深い。どこまでん深い、奈落ん底やのう。
 花びらの観音様や。ザクロで言えば、種ひとつひとつがそうや。
 あの夜、隅田川ん土手でのこつ、語らねばなんね。梅雨入り前の、湿った風ん吹く蔵前や。

 女 「おいや、遊んでいかねかや。まけとくでな」
 オラ「えっ、暗くてよう見えんども、六十路越えてるんでねえの?」
 女 「女は若いんだけが、ええんでねえでな。みんなみんな、ええもんじゃで」
 オラ「うん、そいはそうや。でも、六十路越えじゃのう」
 女 「まだ、六十路じゃて、享和の生まれや。本当やで」
 オラ「女は安い方がええ。そん分、数多く玉ぶてるけんのう。だども、本当で六十路なんけ?」
 女 「そうや言うとるやろ。そいにな、二つの観音口、拝めれるぞえ」
 オラ「菊のこつやろ。菊はええてな。己ん刀が汚れるぜよ」
 女 「そうかえ。ワッチの菊観音で、極楽いくんのもいんのにな。ためしてみねえかや? 違う味がすんでよ」
 オラ「いや、オラは底なし観音一本や」
 女 「ワッチの姫観音はすごいでよ。えろう人気あってな、常連も多いわな。まるでの、ザクロんようやと。ざらざら、じょりじょりが堪んねえってよ。そんで、泥沼みてえで、どげな男でも丸呑みやで。遊んでけ。お前、若いんやから、何度のっかって来てもええで。ワッチんザクロ喰ってけ。こっちこそ、如意棒が欲しいわ」
 オラ「わかったわい。じゃあ、ザクロん味、おわかりすんでよ」
 女 「ああ、ゴザん上やから、みんな一回やけんど、お前ならええ。そんかわりな、ワッチん菊観音も可愛がっておくれな」
 オラ「御免被る。ザクロ喰い荒らすけん、そんでの」
 女 「はいよ、こっちも如意棒で、どんつく喰らいたいわ。ワッチのかゆかとこまで、たのむで。こっちこっち……」



 あの大年増は、どう見ても六十路を越えてんのう。まあ、いっか。
 だども、ええザクロやった。ざくざくやったわ。
 かゆかとこも、たんと掻いてやったわい。えかった……
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