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女盗っ人を改心さす(十四話)

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 縁日は人が多いのう。今日は二十日恵比寿の日で、田町界隈が大賑わいじゃ。こうも人が多いと、よからぬ奴が、そう盗っ人が出よるからな。そげな奴、捕まえんといけねえの。あそこに、やけに混んどる餅屋がある。オラも行ってみるべ。

 オラ「そこの七福神の形の餅、七つくれて」
 主 「はいよ、こいだけけ、五文じゃ」
 オラ「ありがとの」

 どやどやしてきた。
 向こうで騒ぎが起こっとる、男の懐ん銭が盗まれたらしい。盗られた盗られたと騒いでおる。まわりは違う違うって、言っておる。オラが様子を見とるとき、ある女の手が風を切った。
 今度は、違う男が銭がねえのうたって、言い出しておる。さっきの女は、人込みをすり抜けきえようとしていた。オラは後をつけてって、そん女の手をつかまえた。

 オラ  「おいっ、待ていや。おまん、さっき、立て続けに銭盗んだやろ。初めの騒ぎを作ってから、また、やったな」
 女盗っ人「アテ、なも知らん。変なこつ言わんといてや」
 オラ  「盗んだ銭が、どっかにある筈じゃ、たしかめればわかるけん」
 女盗っ人「たしかめるって、アテを脱がすんかい、ようやるわ。もし、銭出てこんかったら、兄さん、ええんかや」
 オラ  「出てきよったら、岡っ引きに渡すでよ」
 女盗っ人「そうかいの、じゃあ、あすこん所で見てなはれ」

 そう言って女は、オラを裏手の狭間に寄させた。で、いきなりオラん手を胸元につっこませた。

 女盗っ人「堪忍や。こんとおりや、ようわかっな。もっと、つよう握ってええで。兄さんのゆうとおりや。盗んだ銭は帯ん中や、なしてわかったや?」
 オラ  「蛇の道は蛇。町衆は誤魔化せても、まだ、手が遅いぜよ」
 女盗っ人「そいじゃ、兄さんも玄人けっ?」
 オラ  「いや、江戸に出て来てからは、やってねえ。生まれの越後にいたころ、腹減って茶菓子盗んだぐれえだ。後は、となりの畑で、すいか取って食ったくれえだの、ああはっ。まあ、かわいいもんだて。だがの、銭はやってねえからのう」
 女盗っ人「たのむからよって、岡っ引きに出さんでけろ。アテ、金輪際やんね。ここで兄さんに誓う。だめやろか」
 オラ  「まあ、おまんの気持ちもわかる。盗んだらいかんけんな」
 女盗っ人「そん誓いの証ゆうか、お礼ゆうかで、一時どうやろ」
 オラ  「そうかいの、据え膳食わぬは男の恥ともゆうけんの。二度と、繰り返したらいかんぜよ。ではご相伴にあずかろう」
 女盗っ人「たっぷりと、誓いの証、させてもらいますがな」
 オラ  「おう、肝に銘じるまでな……」



 そうや、盗みやったらいけん。
 あん女は、誓いの証をたっぷりこんと、しめしてくれたわ。
 そんでええ、何かええこつしたわいの。
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