愛する婚約者は、今日も王女様の手にキスをする。

古堂すいう

文字の大きさ
上 下
48 / 79
悪夢

子守唄

しおりを挟む
ロメリアが項垂れていると……。

「……ロメリアちゃん。入ってもいいかしら」

扉の向こうから聞こえてきた問いかけに、ロメリアは「……どうぞ」と小さく答えた。

「ごめんなさいね。泣き声が聞こえてきたものだから」

扉を開けて入ってきたのは、母だった。
僅かな月明かりに照らされたその美貌が明らかな心労を抱えているところを見てとって、どうしようもない不甲斐なさがロメリアの身体にのしかかる。

「……ごめんなさい、お母様」
「あなたが悪いことなんて何もないわ。だからどうかそんな風に謝らないで頂戴」

優しく頭を撫でられて、余計に悲しくなった。
こんなにもあたたかく優しい母を苦しめているのだと思うとやりきれなかった。

全部打ち明けてしまいたい。例え、本当に頭が可笑しくなったのだと思われても、それでもいいから、自分が抱える孤独を共有して欲しい。

そんな思いが母に撫でられるたびに、父に優しい言葉をもらうたびに大きくなっていく。

だけど。

いつもいつも、言葉が喉元を通過する前に飲み込んでしまう。

冷静になってしまうのだ。

そんな馬鹿なことがあるわけない、と。

この世界は、前世で読んだ物語の世界で、しかも自分は悪役にも満たない役割を与えられた悪役令嬢なのだ、なんて……。

そんなこと、誰が信じるというのか。
きっと誰も信じやしない。

大切にしてくれる両親はきっと理解を示そうとはしてくれるだろうけれど。

頭が可笑しくなってしまった可能性が、彼らの頭に何度もよぎり、今以上に心配をかけてしまうことは目に見えている。

だから、言えない。
どうしても、言えなかった。

「……怖い夢を見たの。恐ろしい夢を」
「そうだったの」
「……うん」

本当はそれだけではないけれど。真っ赤な嘘というわけでもない。

「……眠るのが怖いから、今日は一緒に寝て頂戴」

甘えるように言うと、少し調子を取り戻した風な愛娘に嬉しくなったのか「もちろん、いいわ。……怖い夢を見ないように、お母様が久しぶりに子守唄でも歌っちゃおうかしら」と明るく言って抱きしめてくる。

「嫌よ、お母様のお歌はあまり上手じゃないもの」

苦笑を零しながら言うと、母は「まあ、ひどいわ」と眉を吊り上げながら、寝台に横になる。
細く長い指先が、すでに艶を失ってしまったロメリアの髪を梳いていく。愛おしむような、憐れむようなその仕草に、胸が苦しくなった。

「……やっぱり、歌って頂戴。お母様」

強請ると母は「いいわよ。私の下手な歌を聞いていたら可笑しくて、悪夢もどこかへ行ってしまうわね」と笑う。

しかし残念ながら。

母の歌を聞いても……悪夢はしつこくロメリアの心を毎夜、侵食していった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私のことはお気になさらず

みおな
恋愛
 侯爵令嬢のティアは、婚約者である公爵家の嫡男ケレスが幼馴染である伯爵令嬢と今日も仲睦まじくしているのを見て決意した。  そんなに彼女が好きなのなら、お二人が婚約すればよろしいのよ。  私のことはお気になさらず。

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

はっきり言ってカケラも興味はございません

みおな
恋愛
 私の婚約者様は、王女殿下の騎士をしている。  病弱でお美しい王女殿下に常に付き従い、婚約者としての交流も、マトモにしたことがない。  まぁ、好きになさればよろしいわ。 私には関係ないことですから。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

ゼラニウムの花束をあなたに

ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

君のためだと言われても、少しも嬉しくありません

みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は……    暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

処理中です...