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藤色の花木は (ガブリエルside)

厭世と花 (ガブリエルside)

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「……すまない」
「お前、本当に大丈夫かよ」

リュダが、心底心配そうに凝視してくる。体力的な面では大丈夫だ。何も問題はない。例え精神的疲労をしていたとしても鍛え上げた身体能力がすぐに駄目になるわけでもない。そう言った意味で、ガブリエルは頷いた。

「ふーん……全然、大丈夫そうには見えないんだけど。まあ、お前がそう言うんだから、今は信用してやる」

リュダはそこで言葉を切って、浅く息を吸うと言葉を継いだ。

「で、お前はなんでこんなとこ歩いてんの?王女様の護衛してなくてもいいのか?」
「交代制だ。もう仕事は終わった」

ガブリエルの数少ない言葉をリュダはすぐに理解する。王女の護衛と言っても四六時中彼女についているわけではない。夜はまた違う騎士が眠る彼女を護衛することになっている。

「そっか!俺も仕事終わったとこだよ。じゃあもう騎士の宿舎へ帰るんだな」
「……いや」
「ん?」
「街へ出る」
「え!?は?お前が街に?い、一体どうしたんだ!?」

そんなに驚かれるようなことだろうかと、ガブリエルは僅かに首を傾げた。そんな彼をリュダは再びまじまじと見て、1人納得したように頷いた。

「……や、やっぱりお前ものすごく疲れてるんだな」

リュダの驚きようも実は、当然だと言えた。
ガブリエルは人の多いところを好む人間ではない。
 
 特に王都の露店街は、以前彼が最も忌避していた場所だ。通常の街の露店街であれば、特に高価な物が売られていることはないのだが、王都の露店街は貴族達向けの露店が非常に多い。露店が成功すれば、大きな店を構える商人も多く、街は全体的に煌びやかな雰囲気に包まれている。ガブリエルは自身も貴族と同等の身分を持ち、父親は騎士団長、さらには遠く王族と深い関わりのある血族の母を持つ人間である。豪奢なものを好んでも不思議はないのだが、彼はどこまでも厭世的で、何かを自ら買い求めたり、豪遊したり、散財したりといったことをしているところを誰も見たことがなかった。

それが、一体どうして急に街に出るなんて言い始めたのか。

「……疲れていないが」
「ああ、うん。そういう話だったな。ごめん。それで……お前、一体街になんの用なんだ?」
「花を……」
「あ……なんだ、花か……。って、花!?」

あの、ガブリエルが花か……。とリュダは何やら考え始める。彼が思案に耽っているのを、ガブリエルは横眼に見ながら、窓の外をみやった。

すでに空は美しい朱色に染まりかけている。

(……この空を見ているのだろうか)

ガブリエルの脳裏に、無邪気に笑うロメリアの顔が浮かんだ。
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