愛する婚約者は、今日も王女様の手にキスをする。

古堂すいう

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2人の距離

遠い

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眼下に広がる光景は、殊の外美しかった。

ロメリアが考えていた以上に、古い城壁の高さは凄まじかった。空気がうねるようにそこにあって、王城全体が見渡せると言っても過言ではない。夜になればさぞ晴れやかな夜空が見られることだろう。それほどまでに開けた景色の中で、一体どこにマリエンヌの庭園があると言うのだろう?

ロメリアは甚だ疑問に感じて、背後にいるリュダの方へ振り向くと、彼はどこか気まずそうに「あ」と吐息を漏らして、遠い目をした。

そして何度か挙動不審な行動を繰り返した後、彼はおもむろに顔を伏せて「そうだった……どうしよう」とため息混じりに呟いた。

「もしかして、王女様のお庭がどこか分からないの?」

ロメリアの問いに、リュダはギクリと肩を震わせて「いやあ……そうじゃなくて」と誤魔化すように首の後ろを掻いた。

「俺には見えるんだよ。俺にはね」

その言い方に何か大いなる含みを感じて、ロメリアはじとりとリュダを睨みつける。

「ああ!いやいや、違うんだよ。見えるんだよ、見えるんだけどね。……俺みたいな人間ならこれくらいの距離は余裕だろうけど」

その口ぶりからしてマリエンヌの庭園がどこなのか、彼には見えているんだろう。どもるリュダに対してロメリアは「どこ?」と指差すように即す。

「ほら、あそこだよ」

そう言って、リュダが指し示したのは王城の西側。黒い2羽の鳥が滑空している丁度真下のあたりだと言われ、ロメリアはまずリュダの示す2羽の鳥を見つけ、その丁度真下へ視線を降ろした。


そこには、確かに白い点と赤い点が無数に見える。あれはマリエンヌの茶会で見た薔薇だろう。

しかし。薔薇が点に見えるほどの場所だ。当然、人はそれより少し大きく見える程度で、そこには確かに数名の人間がいるが、誰が誰だかロメリアにはさっぱり分からない。

しかし、リュダは違うようで「あ、いました!いました!ガブリエルですよ!」と猫なで声を出しながら、同じ方向を何度も何度も指さした。

ロメリアも慌ててリュダの指差す方向を見るが、やはり全く分からない。

「目がいいのね」

ロメリアが皮肉交じりに鼻を鳴らしながらそう言うと、リュダは「すみません……いやあ、失念していたことがありましたねえ」と申し訳無さそうに、眉を下げた。

「すみません。いやあ。忘れてましたよ。ここに来てわざわざ王女様の尊顔を拝みに来るやつは皆、目がすごくいいんです」
「……?」

リュダが何を言いたいのか分からず、ロメリアは首を傾げる。

「俺は昔から他人より視力がよくてですね。目が良いからこそつける役職ってのもあるにはあるんですよ」

妙に納得した様子で頷くリュダに、ロメリアはようやく先からのリュダの態度に納得がいった。

しかしそれでは、自分にはガブリエルは見えないと言うことか……。

「いやあ……どうしたもんですかねえ」

と呑気に頭の後ろを掻くリュダをロメリアは恨めしいやら悲しいやらで、じとーっと見つめていると、ふいにリュダが「あ!」と驚愕の声を上げて、僅かに後ろに飛び退いた。
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