愛する婚約者は、今日も王女様の手にキスをする。

古堂すいう

文字の大きさ
上 下
1 / 79
始まりの前

出会い

しおりを挟む
「ロメリア、今日から婚約者になるガブリエル様だよ」

 そう言って、目の前につれてこられた婚約者は、とても綺麗な顔立ちをしていた。漆黒の髪と深海を思わせる澄んだ瞳。ロメリアはひどい既視感に襲われたけれど、それでも目の前に立つこの美しい人間が、自分と将来結婚してくれるのだと思うと感動して、それどころではなくなった。

「こんにちわ。ロメリア・キャンリベルですわ」

 ロメリアはこの日のために、たくさん練習してきた挨拶をした。レースがふんだんにあしらわれたドレスは、まだ幼い彼女の手足で繊細な挨拶をするには、あまりにも不便なドレスだったけれど、その挨拶は完璧だった。

(ふっふっふ!我ながら完璧な挨拶だわ。私のこの美しい美貌と、挨拶をみればどんな殿方だってコロっといっちゃうのよ)

 ロメリアは内心で高らかに笑った。ロメリアは幼い頃から蝶よ花よ、姫よ、女神の子よ、とそれはもうむせ返るような美辞麗句を浴びながら、両親の大きな愛情を受けて育った。

 事実、ロメリアはこの年ですでに誰よりも愛らしく美しかった。透けるような水色の髪に、愛らしい桃色の瞳。髪の後ろでとめた大きなリボン。人形のような容貌には、誰もがその視線を、惹きつけられる。

 ロメリアはその事実を子供ながらによく理解していた。それなので、今目の前にいるガブリエルも自分に夢中になることを信じて疑わなかった。しかし。

「ガブリエル・カイテスだ……よろしく」

ガブリエルは無表情のままただ慇懃に頭をさげた。

(まあ、なんて愛想のない人なの!)

ロメリアは薔薇色に染まった頬を膨らませる。

「なんで、ロメリアのこと綺麗って言わないの?」
「こ、こら、ロメリア。やめなさい」

 ロメリアの言葉に、父である公爵はひどく狼狽した。愛娘を甘やかす公爵でも、さすがにこの発言には肝を冷やした。しかしロメリアは、それを無視して目の前にいるガブリエルの反応を伺う。

 彼は訝しむような顔をして、少し首を傾げた後で「君より可愛い人を知っている」と冷ややかに答えた。

 その瞳は、何の感情も映していない。さも、事実を言ったまでだというようなその表情に、ロメリアは感情を逆なでされた。

「こら、ガブリエル。婚約者になるお嬢さんになんてことをいうんだ」

ガブリエルを叱ったのは、彼の父、騎士団長だった。

「……申し訳ありません」

ガブリエルは生真面目に謝った。まったく悪気なんてなさそうな彼にロメリアは苛立ちを募らせ、一歩進んで彼に言い募る。

「この世界に私より美しい人なんていないわ。私がこの世界で一番可愛いし、綺麗なんだもの!皆、そう言うわ!」
「違う」
「何が違うのよ!」
「違うから、違うと言った」
「じゃあ、あなたが美しいと思う人を言ってみたらどうなのよ!」
「……言う必要はない」

 興奮のさめないロメリアは、その場で地団駄を踏む。ガブリエルはそんなロメリアを見て眉間に皺を寄せた。

 そんな2人を見守っていた公爵と騎士団長は前途多難な2人の婚約を破棄すべきか、その場で悩んだが……。結局は国王から勧められた縁談でもあるから、そういうわけにもいかなかった。

こうして最悪の初対面を果たした2人は、そこから長い間、婚約者として過ごすことになる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私のことはお気になさらず

みおな
恋愛
 侯爵令嬢のティアは、婚約者である公爵家の嫡男ケレスが幼馴染である伯爵令嬢と今日も仲睦まじくしているのを見て決意した。  そんなに彼女が好きなのなら、お二人が婚約すればよろしいのよ。  私のことはお気になさらず。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

はっきり言ってカケラも興味はございません

みおな
恋愛
 私の婚約者様は、王女殿下の騎士をしている。  病弱でお美しい王女殿下に常に付き従い、婚約者としての交流も、マトモにしたことがない。  まぁ、好きになさればよろしいわ。 私には関係ないことですから。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

ゼラニウムの花束をあなたに

ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

処理中です...