上 下
2 / 79
始まりの前

愛する婚約者

しおりを挟む
 

「ねえ、ガブリエル!このドレスはどう?可愛いでしょう?お父様が、昨日お母様とお揃いで買ってくれたドレスなの!」

  ロメリアは輝くような笑顔で、隣を歩くガブリエルに新しいドレスを見せる。2人が婚約してからすでに8年が経過していた。人形のように小さく愛らしかったロメリアは、その美貌に一層磨きがかかっていた。

小鳥の歌う庭で、ロメリアはミルクのように滑らかなシルクのドレスと、レースの傘を揺らし、ガブリエルの前でくるくるとドレスを広げて見せる。


 しかしガブリエルは特に反応を示すことはなく、無表情のままロメリアを見つめていた。ガブリエルは幼い頃からあまり喋る性質ではなかったけれど、ここ最近は特にそうだ。こうした庭の散策も、ロメリアが誘わなければ、彼は一切こちらに関心を寄せない。

 この世には美しいドレスも、宝石も、可愛い小鳥も、花も、音楽だってあるのに。綺麗なものがたくさんあって、面白いものだってたくさんあるのに。彼はどうしてこんなにもつまらなさそうな顔ばかりするのだろう。ロメリアは不思議で仕方がなかった。

「ガブリエルは、このドレス好きじゃないの?私のこと、可愛いって思わない?」

きゅるんとした愛らしい表情で問いかけてみるが、ガブリエルは首を左右に振る。

「私に、ドレスの良し悪しは分からない」

そう言ってただ、ガブリエルは足を止め、ロメリアの視線を受け止める。

彼の身長は、婚約者となったあの日から今までで、随分と伸びた。

 肩幅も大きくなり、背はすでにロメリアが見上げなければならないほど大きくなりつつある。表情はより涼やかになり、美貌に磨きがかかっている。しかし性格は一切変わらず、真面目なまま。強いて言えばより一層寡黙になった。

 それでもロメリアは、彼と過ごす時間が実はとても好きだった。なにせ、ロメリアは出会った頃からずっとガブリエルのことが好きだから。今まで、ロメリアのことを褒めなかった人間はいなかった。最初は物珍しさから彼に興味を惹かれたけれど、ロメリアは気づいていた。彼は寡黙で、不必要に褒めてきたりはしないけれど、実はとても素直で優しい人であることを。

今、この時も。ロメリアの歩く速度に歩調を合わせてくれているし、転ばないように手を引いてくれている。不器用な優しい人。口調は冷たく、その瞳には何の感情も見えないけれど。

それでもロメリアは、ガブリエルの優しさを感じ、そしてそんな彼のことが大好きになっていた。だからこうして、呼び出しては彼に「可愛い」と言ってもらうために様々なドレス姿を見せたり、時折彼の見たことのない表情が見たくて、いたずらをしたりしてみるのだけれど。

ガブリエルは、今まで一度もロメリアのことを「可愛い」と褒めたことはなかった。まして「美しい」だとか「愛している」とも言わない。

ロメリアはガブリエルが自分のことをどう思っているのか。何度考えても、さっぱり分からなかった。

「ふーんだ……別に、あなたに期待なんかしてないわ!」

そっぽを向くロメリアは、ガブリエルの手から自らの手を離す。しかし、彼から手を離した瞬間、ロメリアは小石につまずいてしまいそうになった。

「きゃっ!」
「……っ」

咄嗟に、ガブリエルの太い腕が腰に回されて、間一髪そのドレスの裾が地面の煤に汚されることはなかった。

「急に駆け出したりするな」
「……うん」

ガブリエルはすぐにロメリアの細い腰に回した腕を離した。

(そんなすぐに離さなくてもいいのに……)

と、思うもののそれを素直に口には出せないロメリアだった。

(……いつか、いつかはちゃんと素直になれるはずだわ)

───……そんなことを考えるロメリアに、しかし残酷な運命の時は刻一刻と近づいていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』 彼はいつだって誠実な婚約者だった。 嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。 『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』 『……分かりました、ロイド様』 私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。 結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。 なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。

バイバイ、旦那様。【本編完結済】

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
妻シャノンが屋敷を出て行ったお話。 この作品はフィクションです。 作者独自の世界観です。ご了承ください。 7/31 お話の至らぬところを少し訂正させていただきました。 申し訳ありません。大筋に変更はありません。 8/1 追加話を公開させていただきます。 リクエストしてくださった皆様、ありがとうございます。 調子に乗って書いてしまいました。 この後もちょこちょこ追加話を公開予定です。 甘いです(個人比)。嫌いな方はお避け下さい。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

【本編完結】記憶をなくしたあなたへ

ブラウン
恋愛
記憶をなくしたあなたへ。 私は誓約書通り、あなたとは会うことはありません。 あなたも誓約書通り私たちを探さないでください。 私には愛し合った記憶があるが、あなたにはないという事実。 もう一度信じることができるのか、愛せるのか。 2人の愛を紡いでいく。 本編は6話完結です。 それ以降は番外編で、カイルやその他の子供たちの状況などを投稿していきます

本編完結 彼を追うのをやめたら、何故か幸せです。

音爽(ネソウ)
恋愛
少女プリシラには大好きな人がいる、でも適当にあしらわれ相手にして貰えない。 幼過ぎた彼女は上位騎士を目指す彼に恋慕するが、彼は口もまともに利いてくれなかった。 やがて成長したプリシラは初恋と決別することにした。 すっかり諦めた彼女は見合いをすることに…… だが、美しい乙女になった彼女に魅入られた騎士クラレンスは今更に彼女に恋をした。 二人の心は交わることがあるのか。

心の中にあなたはいない

ゆーぞー
恋愛
姉アリーのスペアとして誕生したアニー。姉に成り代われるようにと育てられるが、アリーは何もせずアニーに全て押し付けていた。アニーの功績は全てアリーの功績とされ、周囲の人間からアニーは役立たずと思われている。そんな中アリーは事故で亡くなり、アニーも命を落とす。しかしアニーは過去に戻ったため、家から逃げ出し別の人間として生きていくことを決意する。 一方アリーとアニーの死後に真実を知ったアリーの夫ブライアンも過去に戻りアニーに接触しようとするが・・・。

【完結】薔薇の花をあなたに贈ります

彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。 目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。 ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。 たが、それに違和感を抱くようになる。 ロベルト殿下視点がおもになります。 前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!! 11話完結です。

処理中です...