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恋人期間
矛盾
しおりを挟むエドモンドとの茶会を終えて、公爵邸の屋敷へ戻ると、母であるエリーチェが出迎えてくれた。
「おかえり、ミレーユ。エドモンドさんとはどうだった‥‥‥?嫌な思いはしなかった?」
心配そうに尋ねてきた母は、アランとの一件以来、慎重になっている。愛する娘が傷つくことを恐れて、当初はミレーユとエドモンドが交際することに対しても否定的だった。
今も否定的とまではいかないまでも、心配はかけてしまっている。爵位のことは気にしなくてもいいと、今日までに何度も諭された。
「大丈夫。あの人は今日も優しかったわ、お母様」
「そう‥‥‥」
優しいから、良い人なのか。
問われると、そうではない。とミレーユは断言出来る。
アランが良い例だ。
アランは甘く優しい言葉でミレーユを拐かした。箱入りだったミレーユはまんまと騙されてしまった。公爵夫妻は娘を盲目的に愛するあまり、彼女が選んだ人間なら間違いないとなんの根拠もなくアランを信用してしまった。加えて、アランの浮気相手が、エリーチェとミレーユが気に入っていたメイドのエリーだったのだから。
深い傷が、未だに公爵家に暗い影を落としている。使用人たちの間にも重い空気が流れていた。
それでも、嫌なふうに張り詰めた空気でないのは、ひとえにミレーユがエドモンドと会話を重ね、前を向き始めたからだし、公爵夫妻がそれを見守ろうと行動しているからだろう。
「お母様、私‥‥‥怖いけど、エドモンドのこと少し信じてみたいわ」
「ミレーユ」
即されて、ミレーユはリーチェのそばに寄る。ふわりと抱きしめられて、甘い花の香りがミレーユを包んだ。
「優しくされたからじゃないの。‥‥‥愛してるわけでもない。ただ、信じてみたいと思わせてくれるのは確かなの」
完全に信じるのはとても難しい。だけど、エドモンドは信じてみたいと思わせてくれる。信じることすら怖がっていたミレーユにとって、それは確かな精神的進歩だった。
「私は見る目がないから、また間違えてしまうかもしれないけど」
不安そうに呟くミレーユをエリーチェは強く抱きしめた。
「‥‥‥それでも、信じてみたいと思うのね?」
「うん」
「それは、どうして?」
「‥‥‥そんなの、分からないわ」
本当に分からない。油断ならない男だとは思う。だけど、信じられないわけじゃない。信じたくないわけじゃない。
それに信じるなんていいながら、ミレーユはまだ疑ってもいる。矛盾していると思う。だけど、信じてみたいと思う気持ちのほうが疑う気持ちより強いのは確かだ。
「好意を寄せ始めているの?エドモンドさんに」
エリーチェに言われて、ミレーユはぶんぶんと首をふった。
「ぜ、全然まだ好きじゃないわ!あんなだらしのない男のことなんか!」
「そう?じゃあ、どうして私のかわいい娘はそんなに動揺しているのかしら?」
花のように微笑みながら、エリーチェはミレーユの柔い頬をつつく。
からかわれたミレーユは、ぷっくりと頬を膨らませて「今日はもう疲れたから!」と自分の部屋へ戻っていった。
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