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玉座より

零れ落ちる

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普段、穏やかで優しい父である公爵の恫喝する声音に、ミレーユは驚き肩をビクリと震わせた。

「今この時をもって、我が娘とその地べたに這いつくばるクズとの婚約は破棄させていただくぞ!」

ちらと、ミレーユはアランの方へ視線を投げた。彼は絶望し、慟哭している。光のない瞳と視線が混じった。瞬間、アランは地べたを這いつくばる蜘蛛のように素早い動きで、ミレーユの足元に身体を埋める。

「ミレーユ!ミレーユ!すまなかった、僕が悪かった!どうか、許して欲しい!僕はどうかしていたんだ。どうかしていて、でも、君のことを愛する心に嘘偽りはなかったんだ!」

耳を劈くような声。そして光のない虚無と暗黒の広がる瞳。

「……あ」

ミレーユは何か言葉を返そうとした。けれど、出来なかった。ミレーユの目の前に大きな背中がたち塞がる。

「見苦しいぞ、アラン殿」

その口調はあまりに軽かった。どこか軽薄ささえ帯びるその声音は、間違いなくエドモンドのもの。だけれど、纏うそのオーラはやはりどこか普通の貴族とは異なる。そんな彼のオーラに気圧されたのか、アランは「ひっ」と喉を引きつらせる。いずれ自分のものになると確信していたであろう財産、権威、公爵位。全てが手の平から滑り落ちる。アランは全てを拾い集めようとするけれど、砂粒のように粉々に砕かれたそれらは容易に彼の手から落ちて、攫われていく。

「あ、ぁああああ、ああああああ!!」

取り乱すアランの絶叫が、謁見の間の天上を貫く。彼はあまりに大きなものを掴もうと欲張ってしまった。それ故に、喪失も大きい。それだけだった。

「……ミレーユ」
「お父様」
「エリ―の処分は私がする。……厳しく処罰するつもりだ。2人共、それでいいね」
「……はい、お父様」
「はい、あなた」

エリーは公爵家では特別な扱いを受けていた。なにせ、ミレーユの母である公爵夫人も彼女を気に入っていたから。そしてミレーユも幼い頃から共に育ったエリ―のことを信用していたから。彼女は勘違いをしてしまったのかもしれない。特別な扱いを受けて、自分もどこかで公爵家の一員なのだと。勝手に、思い込んでいたのかもしれない。

「陛下、彼らの処分は何卒厳重にお願い致します」

公爵が憮然として言うと、国王は「もちろんだ」と頷いた。侯爵一族は、おそらく重い罰を受けることになるだろう。他国の貴族と莫大な金のやり取りをする行為というのは、例えその意図がなくても、国家反逆の可能性を疑われてしまうのだから。それを分からない侯爵ではなかったろうに。

「では、我々はこれにて、失礼致しま──……」

公爵が踵を返そうとした時、それを呼び止めたのは国王だった。

「待ちなさい、公爵」
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