63 / 73
花籠の祭典
落ちぶれて
しおりを挟む
リンッと涼やかな音がした。その音はまるで神の訪れを告げるような洗練された響きを持つのに、今のセレーネにはひどく空虚な響きに感じられて、耳から臓腑を抉られるような心持ちがした。
「……へえ、そんな恰好をしているとそれなりに色っぽく見えるんだなあ」
ゾクゾクとするような甘く耳障りな声音が、紗の向こう側から聞こえてきた。黒くぼやけた影が紗の間を縫うように歩いてくる。
徐々に近づいてくる明瞭な影。その姿に、セレーネは嫌というほど見覚えがあった。
「……ロイ皇子」
数年前。意気揚々と婚約破棄を告げ、セレーネの持つ全ての財産を奪おうとした。しかし結局、エルゲンの人徳に適わず、セレーネの財産を奪うことも出来ずに自らの評判だけを落とした憐れな皇子。
「久しぶりだな、セレーネ」
にこやかに笑うロイは、寝台に腰かけると足を組んで、舐め回すような視線をセレーネに投げた。
彼と婚約者であった頃。
セレーネはロイのことを「気が弱い癖に妙に偉そうな男」だという印象を抱いていた。銀髪と翡翠の瞳は美しいが、いずれ大人になれば性格が表に出て嫌な顔立ちになるだろう、と。それでもセレーネがロイの婚約者であり続けたのは、ただ単に「いずれ皇帝になる皇子の婚約者」であることに誇りを持っていたからである。
しかし、もしセレーネが祖父であるエダンに頼めば、例え相手が皇子であろうとも、婚約破棄などいつでも出来た。
元々この婚約は、皇帝夫妻がエダンに懇願して結んだものだったからだ。セレーネがもし皇子に嫁ぐことになれば、一国を興せるほどの持参金が手に入る。数代前から国庫の不足に喘いでいた皇帝夫妻からしてみたらエダンの持つ財は、垂涎ものだったのである。
しかし、その思惑はロイのせいで台無しになってしまった。神官長エルゲンの言によって人々は彼を「愚かな皇子」と烙印を捺し、ましてセレーネの持つ財産さえ取りこぼした。
皇帝は怒り、そしてロイから皇位継承権を剥奪し、優秀な第二皇子に継承権を与えた。
と、そこまでがセレーネの知る話だ。
目の前で寝台に腰かけ、下賤な笑みを浮かべるロイからはすでに皇族の品位が失われているように見える。それを哀れだとは全く思わない。
「相変わらず……生意気な目をしている。だが、それも今日までだ。あと数時間後には、お前は俺の足元に跪いて、泣き咽びながら愛を乞うようになる」
あはははは、と狂ったように笑う皇子の目からは正気の光が伺えない。ミリーナと揃ってこの皇子もどうやら狂ってしまったらしい。
「……へえ、そんな恰好をしているとそれなりに色っぽく見えるんだなあ」
ゾクゾクとするような甘く耳障りな声音が、紗の向こう側から聞こえてきた。黒くぼやけた影が紗の間を縫うように歩いてくる。
徐々に近づいてくる明瞭な影。その姿に、セレーネは嫌というほど見覚えがあった。
「……ロイ皇子」
数年前。意気揚々と婚約破棄を告げ、セレーネの持つ全ての財産を奪おうとした。しかし結局、エルゲンの人徳に適わず、セレーネの財産を奪うことも出来ずに自らの評判だけを落とした憐れな皇子。
「久しぶりだな、セレーネ」
にこやかに笑うロイは、寝台に腰かけると足を組んで、舐め回すような視線をセレーネに投げた。
彼と婚約者であった頃。
セレーネはロイのことを「気が弱い癖に妙に偉そうな男」だという印象を抱いていた。銀髪と翡翠の瞳は美しいが、いずれ大人になれば性格が表に出て嫌な顔立ちになるだろう、と。それでもセレーネがロイの婚約者であり続けたのは、ただ単に「いずれ皇帝になる皇子の婚約者」であることに誇りを持っていたからである。
しかし、もしセレーネが祖父であるエダンに頼めば、例え相手が皇子であろうとも、婚約破棄などいつでも出来た。
元々この婚約は、皇帝夫妻がエダンに懇願して結んだものだったからだ。セレーネがもし皇子に嫁ぐことになれば、一国を興せるほどの持参金が手に入る。数代前から国庫の不足に喘いでいた皇帝夫妻からしてみたらエダンの持つ財は、垂涎ものだったのである。
しかし、その思惑はロイのせいで台無しになってしまった。神官長エルゲンの言によって人々は彼を「愚かな皇子」と烙印を捺し、ましてセレーネの持つ財産さえ取りこぼした。
皇帝は怒り、そしてロイから皇位継承権を剥奪し、優秀な第二皇子に継承権を与えた。
と、そこまでがセレーネの知る話だ。
目の前で寝台に腰かけ、下賤な笑みを浮かべるロイからはすでに皇族の品位が失われているように見える。それを哀れだとは全く思わない。
「相変わらず……生意気な目をしている。だが、それも今日までだ。あと数時間後には、お前は俺の足元に跪いて、泣き咽びながら愛を乞うようになる」
あはははは、と狂ったように笑う皇子の目からは正気の光が伺えない。ミリーナと揃ってこの皇子もどうやら狂ってしまったらしい。
80
お気に入りに追加
4,906
あなたにおすすめの小説

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい
高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。
だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。
クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。
ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。
【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】
あなたの姿をもう追う事はありません
彩華(あやはな)
恋愛
幼馴染で二つ年上のカイルと婚約していたわたしは、彼のために頑張っていた。
王立学園に先に入ってカイルは最初は手紙をくれていたのに、次第に少なくなっていった。二年になってからはまったくこなくなる。でも、信じていた。だから、わたしはわたしなりに頑張っていた。
なのに、彼は恋人を作っていた。わたしは婚約を解消したがらない悪役令嬢?どう言うこと?
わたしはカイルの姿を見て追っていく。
ずっと、ずっと・・・。
でも、もういいのかもしれない。

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ
曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。
婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。
美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。
そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……?
――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

奪われる人生とはお別れします ~婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました~
水空 葵
恋愛
婚約者だった王太子殿下は、最近聖女様にかかりっきりで私には見向きもしない。
それなのに妃教育と称して仕事を押し付けてくる。
しまいには建国パーティーの時に婚約解消を突き付けられてしまった。
王太子殿下、それから私の両親。今まで尽くしてきたのに、裏切るなんて許せません。
でも、これ以上奪われるのは嫌なので、さっさとお別れしましょう。
※他サイト様でも連載中です。
◇2024/2/5 HOTランキング1位に掲載されました。
◇第17回 恋愛小説大賞で6位&奨励賞を頂きました。
本当にありがとうございます!

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜
矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』
彼はいつだって誠実な婚約者だった。
嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。
『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』
『……分かりました、ロイド様』
私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。
結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。
なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。
※この作品の設定は架空のものです。
※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる