大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう

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花籠の祭典

地下道

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「お待ちしておりました。奥様」

ふいに声をかけられて驚き振り返ると、そこには真珠色の神官服を身に纏った見覚えのある1人の青年が立っていた。その腰には花籠の祭典用に造られた金色の葡萄と燕の装飾品が上品にぶら下がっている。優しげな顔立ちで、どこかエルゲンに雰囲気が似ている。

彼は、去年もこの地下道を案内してくれた青年─ヘレンだ。祭典を始めるための儀式の準備で忙しいエルゲンに代わり、今年も道案内をしてくれるという。

「お久しぶりでございます」
「お久しぶりね。少し身長が高くなって、大人びたみたい」

彼は嬉しそうにしながら丁寧に頭を下げた。

地下道の中は、外の熱気が嘘のように涼やかで、暗く湿っけのある道でありながらも、教会へ繋がっているためか非常に静謐な雰囲気がある。

ヘレンの履いている靴は儀式用のものだろうか。敷かれた石畳の上ではよく響き、特徴的な余韻を残していた。

しかし気になることといえばその程度のことで
セレーネは去年も通ったことがあるこの地下道に対して、特になにかに怯えることもせずに、ヘレン達と共にゆっくりと石畳の上を歩いていた。

3人の響く靴音が、静かに空間を揺らす。

「……?」

ふと、セレーネは何か違和感を感じた。
何だろう。粘着質とは言い難く、どこか空虚な視線。

寒気がして震えだすセレーネに、ヘレンは緊張した面持ちで「もう少し早く歩きましょう」と即す。ラーナも何か感じ取ったのか、手を擦り合わせて背後を気にし始めた。

地下道内に響く足音はあからさまに増えつつあった。

不気味に早い。けれどよく聞いてみればその音は、ヘレンの履く靴が石畳を踏む音とよく似ていた。

それに気づいたヘレンは、安堵の表情を浮かべて「もし?」と靴音の響く方に問いかける。

知り合いの神官が通ろうとしているだけかも知れないから、少し様子を見てくる。

と、そう言って、ヘレンは早足で靴音の近づいてくる方向へと歩いていった。

セレーネはその背中を見送りながら、ラーナと顔を見合わせる。

嫌な予感が胸にせり上がっていた。

薄暗い地下道に僅かに響く靴音。ヘレンはまだ足音の主と出会えていないのか?

そんな疑問が頭に浮かんだ途端、けたたましい金属音と共に、誰のものとも知れないうめき声が響き、聞こえてきた。同時にとてつもなく早く大きな足音がこちらへ近づいてくることも、伺い知れる。

「……走れますか。お嬢様」
「え?」

ラーナは真剣な面持ちで、セレーネの返事を聞かずにその手を引いて走り出した。

(……何が起こっているの?)

混乱する気持ちで、今にも「なんで?」と大声で誰かに叫んでやりたい気持ちになりながら、セレーネは一生分の体力を使い切るような心持ちで走る。
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