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花籠の祭典
情
しおりを挟むバタバタと大きな音が地下道内に満ちた。もはや、誰が誰の足音なのか。自分はちゃんと足を動かして走れているのか。そもそも走れてはいなくてラーナに引きずられているだけなのか。
セレーネには天地すらも分からなくなって、ただ無我夢中にラーナの背中を見つめることしかできなかった。
そしてふいに、その背中が僅かに傾いた。
「え」
次の瞬間
「あぁあ!」
ラーナの絶叫じみた声が耳にこだまし、刹那、その身体が横向きに倒れる。
「ラーナ!ラーナ!」
「う‥‥」
幸い、ラーナにはまだ意識があるようだった。彼女は薄く目を開き、額には大汗を掻いている。
よく見るとラーナの足に擦り傷より深い傷が出来ていた。すぐ側に小さな矢が落ちている。矢じりについた毒々しい紫の羽がおどろおどろしげに揺れていた。
おそらく、背後から狙われ、矢がラーナの足をかすったのだ。
「お嬢様、私には構わずどうか、お逃げになってください!」
必死の形相で訴えてくるラーナに、けれどセレーネは「出来ない!」と大声で叫んで、一体何をどうしたらいいのか分からないまでも、自らのローブの裾をちぎり、ラーナの足に巻いてなんとか止血しようとした。
しかし、ラーナの出血量はかなり多いらしい。クリーム色のローブには血溜まりのような染みがすぐに出来てしまう。止血の方法も正しくないのだろう。セレーネは慌てて新しい布をちぎり、もう1度ラーナの足に巻きつける。
「お嬢様……どうか、私のことは捨て置いてくださいまし。お嬢様の身に何かありましたら……エルゲン様がお悲しみになられます」
深く意気消沈するラーナに、セレーネはそんな薄情な真似をするほうがエルゲンに悲しまれる、と思った。
それにセレーネは元からそんな薄情者ではない。確かに我儘で傲慢ではあるが、命の危機に瀕する者がいて、その者を置いてすぐに逃げられるほど情の薄い人間ではない。
ラーナはセレーネがエルゲンの屋敷へ嫁いでからずっと、熱心に世話をしてくれた。
愛する祖父を失ったセレーネにとっては、新しい祖母のような存在のラーナは、エルゲンと同様に心のひだまりのような存在だったのだ。
だから、ここに置いていくなんて絶対に出来ない!
セレーネはラーナの足元に丁寧に布を巻きなおした。
足音は残酷にも近づいてくる。
セレーネは死の恐怖を感じながらも、こうなったら追いかけてくる者の顔を見て、よく覚えておいて千万の呪詛を心の中では吐いて呪ってやろう。と、そう心に決めて、足音の近づいてくる方をじっと見つめた。
すると、薄暗い地下道の奥から、深みのある灰色のローブを纏った、男か女かも分からない者たちが影と共にこちらへ近づいてくるのが見えた。
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