16 / 73
旦那様の想い人
屋敷を出て
しおりを挟む
セレーネは、エルゲンを見送った後こっそりと支度を開始した。大神殿へ向かうために。もちろんその目的は「この人の妻は私ですから。私の夫の時間を取らないでください!」とレーヌに言いに行く……訳ではない。
ただ、2人が大神殿でどんな風に過ごしているのか見に行くだけ。2人がどんな風に過ごしているのかを確認したら、すぐに屋敷に戻るその予定だ。
だが、そうするには1つ難関がある。
この屋敷を誰にもバレずに出ていくことだ。メイドや執事には「部屋に籠りたいからしばらく1人にしてくれ」と言えば、彼らは部屋には近づかない。が、それで屋敷から出られるかと言われたらそうはならない。なにせセレーネの部屋は二階にあるので、飛び降りるなんてことをしたら、きっと足の捻挫だけでは済まないのだから。屋敷を突っ切って出ることは難しい。
(メイドに変装して、屋敷を出る?でも、メイド服って……どこから拝借したらいいのかしら)
メイドの服を拝借する場所が分からなければ、姿を変えることが出来ない。そもそもセレーネの金色の髪は、恰好を変えただけでは、どうにも隠しようもない。この国で金髪は珍しくも何ともないけれど、セレーネの金髪は特別だ。なにせその輝きは淡く、溶かした蜂蜜より幾分薄い色合いで、光の当たり具合によっては白くも見えてしまう。そんな珍しい髪色を持つのはセレーネだけだ。それなので、例え恰好をかえても意味はない。
(駄目だわ。誰かに相談しないと。でも、相談できる人なんて誰もいないし。ここは素直に買い物に行くと言って市井に出て、付き添いの視界から外れた方が良さそうだわ)
「よし!」
セレーネはバッと立ち上がって、「仕立て屋のデザイナーに会いに行くから、誰か付き添いをお願い」と頼んだ。事前に言われていない予定を伝えられて、執事は困惑していたが何とか付き添いの者を付けてくれた。
「ごめんなさいね。急に付き添いしてなんて言って」
これから心配をかけることになると思うと申し訳なくて、セレーネは馬車の中で長い間エルゲンに仕えているメイド─ラーナに謝った。
「いいえ、そんな。謝っていただくことはございませんよ」
穏やかに笑うラーナに、セレーネの気分はますます沈む。セレーネは自分がどんどん嫌な人間になっているような気がした。昨日だって嘘までついてエルゲンを引きとどめて、今はこうしてラーナに嘘をついて、大神殿に言ってエルゲンとレーヌの様子を伺うために馬車に乗っている。
セレーネは心の痛みに耐えかねて、自分の太腿を服の上からつねった。
「……っ」
「セレーネ様!一体、何をなさっておいでなのですか」
「ちょっと、その……足が痒いような気がしただけ」
「……左様でございますか」
ラーナは心配気にセレーネを見つめたが「本当になんでもない」と言うと、温かな笑顔を向けて頷いてくれた。
ただ、2人が大神殿でどんな風に過ごしているのか見に行くだけ。2人がどんな風に過ごしているのかを確認したら、すぐに屋敷に戻るその予定だ。
だが、そうするには1つ難関がある。
この屋敷を誰にもバレずに出ていくことだ。メイドや執事には「部屋に籠りたいからしばらく1人にしてくれ」と言えば、彼らは部屋には近づかない。が、それで屋敷から出られるかと言われたらそうはならない。なにせセレーネの部屋は二階にあるので、飛び降りるなんてことをしたら、きっと足の捻挫だけでは済まないのだから。屋敷を突っ切って出ることは難しい。
(メイドに変装して、屋敷を出る?でも、メイド服って……どこから拝借したらいいのかしら)
メイドの服を拝借する場所が分からなければ、姿を変えることが出来ない。そもそもセレーネの金色の髪は、恰好を変えただけでは、どうにも隠しようもない。この国で金髪は珍しくも何ともないけれど、セレーネの金髪は特別だ。なにせその輝きは淡く、溶かした蜂蜜より幾分薄い色合いで、光の当たり具合によっては白くも見えてしまう。そんな珍しい髪色を持つのはセレーネだけだ。それなので、例え恰好をかえても意味はない。
(駄目だわ。誰かに相談しないと。でも、相談できる人なんて誰もいないし。ここは素直に買い物に行くと言って市井に出て、付き添いの視界から外れた方が良さそうだわ)
「よし!」
セレーネはバッと立ち上がって、「仕立て屋のデザイナーに会いに行くから、誰か付き添いをお願い」と頼んだ。事前に言われていない予定を伝えられて、執事は困惑していたが何とか付き添いの者を付けてくれた。
「ごめんなさいね。急に付き添いしてなんて言って」
これから心配をかけることになると思うと申し訳なくて、セレーネは馬車の中で長い間エルゲンに仕えているメイド─ラーナに謝った。
「いいえ、そんな。謝っていただくことはございませんよ」
穏やかに笑うラーナに、セレーネの気分はますます沈む。セレーネは自分がどんどん嫌な人間になっているような気がした。昨日だって嘘までついてエルゲンを引きとどめて、今はこうしてラーナに嘘をついて、大神殿に言ってエルゲンとレーヌの様子を伺うために馬車に乗っている。
セレーネは心の痛みに耐えかねて、自分の太腿を服の上からつねった。
「……っ」
「セレーネ様!一体、何をなさっておいでなのですか」
「ちょっと、その……足が痒いような気がしただけ」
「……左様でございますか」
ラーナは心配気にセレーネを見つめたが「本当になんでもない」と言うと、温かな笑顔を向けて頷いてくれた。
59
お気に入りに追加
4,906
あなたにおすすめの小説

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい
高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。
だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。
クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。
ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。
【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜
矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』
彼はいつだって誠実な婚約者だった。
嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。
『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』
『……分かりました、ロイド様』
私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。
結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。
なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。
※この作品の設定は架空のものです。
※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ
曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。
婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。
美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。
そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……?
――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる