大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう

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旦那様の想い人

仮病

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「セレーネ……大丈夫ですか?何か、温かい飲み物でも持ってきましょうか」

エルゲンの優しい声が降って来る。そのたびに、セレーネの心に重い罪悪感が落ちる。

(本当に、お腹痛くなってくれたらいいのに……なんて思ったら駄目かしら)

そうすれば、この罪悪感も薄まる。だけど、セレーネのお腹はうんともすんとも言わない。健康の極みである。セレーネは幼い頃から風邪もひかないし、熱も出さないし、いたって健康そのものだ。それ故に、こういったことの演技は一体どうすればいいのか良く分からないので、完全に想像で演技していた。

お腹の痛い人は定期的にお腹をさするものなのか。お腹が痛いと口に出すものなのか。額から汗を掻かなくていいのか。どういった態勢でいるのが正しいのか。食欲はあっていいのか。セレーネの頭の中は、色々と考えすぎてぐちゃぐちゃになっていた。

「い、いらないわ」
「……ではお腹を温めましょう」

いや、痛くはないので結構です。と言うわけにはいかない。お腹を温めると言っても、もう羽根布団にくるまれて十分に温かい。これ以上温かくしたら、熱いくらいだ。げんなりとするセレーネを見つめて、エルゲンは唐突に寝台にのりあげ、セレーネの身体を後ろから抱きかかえた。いつも積極的な行動には出ず、こんな風に突然寝台に乗り上げてくることなどないエルゲンのその行動に、セレーネは目を丸くした。

「エ、エルゲン……?」
「人肌の方が気持ちいいのではないかと思いまして」

エルゲンはセレーネのお腹に腕を回し、長く細い手の平でセレーネの小さなお腹を撫でさすった。

「……っ」
「痛いですか?」
「い、痛くはないけど……ちょっと、くすぐったいわ」
「では、もう少しゆっくり撫でますね」

(そういうことではないと思うのだけど)

とは言わず、セレーネは今日は存分にエルゲンに甘えようと決めた。今日にいたるまで我慢したのだ。今日くらいはたくさん甘えても問題ないはず。セレーネはエルゲンにもたれかかるようにして息を整えた。彼の腕の中は、花の香りがする揺り籠の中にいるようで、とても落ち着く。

(ずっと、こんな風だったらいいのに)

ずっとエルゲンの腕の中にいられたら、どれだけ幸せだろう。いつ何時でも「この瞬間に息絶えることが出来たら幸せかもしれない」なんてことを考えてしまうのかもしれない。それほどまでに、エルゲンの腕の中にいると幸福感でいっぱいになる。

「……エルゲン」
「はい」
「大好き」
「……急にどうしましたか、セレーネ」

心配げに顔を覗き込んで来るエルゲンにセレーネは「言いたくなっただけよ」と小さく笑った。そんなセレーネを見て、エルゲンは何か不安になったのか、より一層強くその腕に、セレーネの小さな身体を抱え込んだ。

2人の時間はあっという間に過ぎていく。

さすがに2日間もお腹の痛い演技をすることもできなくて、次の日、セレーネはエルゲンを大神殿へと送り出した。
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