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File No. 32 新たな事件
しおりを挟む「では今日はここまで。配布した資料は読んでおくように」
准教授がいつものようにスマホを見て講義を終わらせた。今日の講義はなんだか妙だった。
滑舌のよい彼の講義は聞きやすいしわかりやすい。けど、本日の彼は気もそぞろというか、心ここにあらずの様子だった。
加えて途中で救急車なのかパトカーなのかのサイレンが響いていた。殺人事件があったからでもなく、ここは学生数も職員数も多い総合大学のキャンパスだ。事故やら急病、数年前には自殺騒ぎもあった。だからサイレン自体はそんなに珍しくもないのだけれど……。
「おい、藍」
そんなモヤモヤしながら、椅子から腰を上げようとすると、竜崎が僕の腕を肘で突いた。その視線は廊下に向けていて。
「え? あっ!」
そこにはなんだか懐かしいように感じる二つのシルエットが。廊下側の自然光で逆光になっていたからそう見えたのだけど、それが誰のものかはすぐわかった。
骨格がしっかりしたスーツ姿の中肉中背男性と、長い髪を一つにくくったパンツスーツの女性。
「風見刑事、田代さん。どうしました?」
出口に向かう学生たちを掻き分け、僕らのすぐ前までやってきた二人の表情は固かった。なんだか嫌な予感がする。
――――まさか逮捕とかじゃないよね?
いくらアリバイがしっかりしてるとしても、警察の考えてることはわからない。それに竜崎のそれはもっと危ういし。あのサイレン、大挙してパトカーが来てるとか。
「少しお話を伺いたくてね。実は、新たな事件が起こったんだ」
「事件?」
竜崎がいつものバスドラムのような声を響かせる。まだいる学生に聞かせたくないのか、いくらか顰めてはいたが。
「はい。こちらの院生が……」
田代さんの茶色系の瞳がちらちらとあたりを窺う。彼女も学生が去るのを待っているようだ。
「能代さんはご存じですよね?」
「能代さん? 能代さんがどうしたんですか?」
そんな慎重に交わされている会話を無視したつもりはないけど、僕はつい大きな声をあげてしまった。
「藍、騒ぐな」「きゃっ」
竜崎が諫めるように短く吐くと、僕の口を塞ぐ。僕はしまったと思うと同時に、口元にあてがわれた大きな手に震えてしまった。
けど、僕のそんな動揺を知ってた知らずか、目の前の風見刑事はふうっと一つ長めの息を吐き両手を肩の方まで上げた。
「いや、すぐ公けになるから構わないよ。能代さんが亡くなったんだ。あの資料室でね」
ゆっくりと竜崎の手が、僕の唇から剥がれていった。背後に触れあっている竜崎の体に、少し力が入ったのを感じた。
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