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File No. 31 ゴーストライター
しおりを挟む能代さんは入間教授ゼミ室に入ったと聞いていた。やっぱりあの人の方が人格者だよな。
まあ、学問や研究に人格が必要かどうかわからんけど、付いていく学生にとっては大事なことだ。研究も引き続き続けていけると聞いていた。
――――入間教授が次期学部長になったのなら、逆にラッキーだったとか? 言い過ぎか。
土屋さんの今後はまだ聞いていない。噂によると、前にいた大学に出戻りするというのもある。だとしたら、ウチの大学は見る目がないな。損失と思わないんだろうか。
「なるほどね。そんなことだろうとは思ってたけど」
連休が終わり、短いお休みから日常に戻ってきた学生たちで再びキャンパスが活気を取り戻した。
僕と竜崎は、火曜日のお楽しみ時間を迎えていた(お楽しみなのは一方的に僕だけ)。階段教室の一番上で、机を並べている。
「そんなことって?」
「論文だよ。塩谷教授は土屋さんが来てから、実に充実した論文を二つも出してたんだぜ?」
だぜ? って言われても、僕はピンともスンとも来ない。
「ああ。だから土屋さんは優秀なんだと……」
竜崎は長い指を一本立て、それと首を同時に横に振った。
「それだけじゃない。能代さんが言うのは、塩谷教授が土屋さんの論文をいいとこ取り、いやもしかすると丸々頂いてた可能性があるってことだよ」
「え? それって……」
「塩谷教授は彼女が来るまでの何年間か、目立った論文や発表がなかったからね。木下教授の退任が現実味を帯びてきたんで焦ったんだろう。かつての教え子で優秀だった土屋さんを自分の大学、研究室に引き抜いた」
確かに。土屋さんは塩谷教授の教え子だったと聞いた。
「じゃあ、土屋さんは塩谷教授の論文のゴーストライターだったってこと?」
階段教室にはまだ講師の准教授が現れない。学生達のざわざわした雑音に紛れながら話に没頭していた。
「もちろん確信はないけど。良くある話だよ」
そうなのか。僕は考え込んでしまった。土屋さんは30代前半の若い研究者だ。スタイルもよくて美人。今時スーツにハイヒールなんて丸の内の会社員だって珍しいのに、外見まで完璧に見せている。
けど、本当に凄いのは中身なんだと、能代さん始めゼミ生には周知されてた。僕ら一般受講生もそれを疑う余地はなかった。正直塩谷教授の講義よりも、時々代理で教壇に立つ土屋さんの方が、内容が濃くて頭にストレートに入った。
――――土屋さんは、教授に能力を搾取されて黙ってたんだろうか。学部長になるまでと我慢してたのかな。それとも……。
僕が良からぬことに考えを振り向けようとした時、ようやく准教授が現れた。
「遅れてすまん……じゃあ、始めよう」
走って来たのか、准教授は息荒く、額の汗を拭いながら教壇にたった。なんだか落ち着かない雰囲気。
「おかしいな。なんかあったのかな」
隣で竜崎が呟く。このところ、僕の周りで『なんか』が起きやすくなってる。この時もまた、それは起こっていたんだ。
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