カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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5『冥々たる紅の運命』

5 第二章第二十四話「数多の人質」

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 まだ時刻は零時を過ぎる前、皺になってしまった制服を着てイデアは寮の自室を飛び出した。

 シャーロットがいない。

 いつの間にか泣き疲れて眠ってしまっていたようだが、こんな夜遅くに彼女がいないのは明らかにおかしい。

 それに、何故だか窓が開いていて、入ってきた雨で床が凄く濡れていた。イデアが起きたのも、その雨音に起こされてのものだった。

 どこに、どこに行ってしまったのですか。シャーロットさん。

 ただでさえミューという友達になれそうな、いやイデア自身は既に友達だと思っていた人を失ったばかりなのに。

 不思議な感覚だったのだ。魔法学でミューと交わした言葉も少しで、それからも、学園の廊下ですれ違っては会釈をして少し世間話をする程度の関係。ただ、多く言葉を交わさなくても、確かにお互いを認め合っていた。相手の存在にこれからの未来を明るく描いていた。

 その未来を壊されてしまったからこそ、イデアの心は酷く苦しんでいるのである。

 これにシャーロットまでいなくなってしまったら……。

 想像したくない未来なのに、どうして現実になってしまいそうで。



 慌てて自室を飛び出したイデアの目の前に人が立っていた。



「きゃっ……!」

 危なくぶつかるところだったが、後ろに転ぶようにしてどうにか回避する。

 見上げると、そこには赤髪の男。

 見覚えが一度だけある。シャーロットを無理やり引っ張って見に行ったんだった。

 シャーロットの想い人、ザド・リダルトだ。

 ザドは驚いたようにイデアを見ていたが、すぐに出てきた部屋のネームプレートを見て理解したようにうなずいていた。

「そうか、お前がシャーロットのルームメイトか」

「え、あ、はい、そうですけど……」

 次にザドへと言いそうになった言葉は、大丈夫ですか。

 ザドは体中びしょ濡れで、赤髪からも水が滴っていた。まるで天候の悪い今に傘も持たずに外へ出たみたいだ。

 だが、その言葉をかける前に、イデアは探し人を見つけた。

「え、あ、シャーロットさん!?」

 ザドに背負われるようにしてシャーロットがそこにいた。シャーロットはザドと違って濡れていないが、ザドに触れられている部分は湿り気が移っているようだ。ただ、いつもの可愛いパジャマではなく。

 ……男、物?

 彼女が持っているところを見たことのない、黒色の大きなパジャマに身を包んでいた。

 どうしてシャーロットがザドに背負われているのか。一体どういう状況なのだろうか。

 頭が追いつかないイデアを待つことなく、

「悪いが、邪魔する」

 ザドはイデア達の部屋へと入っていった。

「あ、ちょ……」

 慌ててイデアも追いかける。ザドはどんどんと中へ入っていき、やがて片方のベッドへと優しくシャーロットを横たわらせた。

「……」

スースーと寝息を立てる彼女の顔にかかった桃髪をザドが払ってあげる。シャーロットも嬉しそうにむにゃむな微笑んだ気がした。

「……シャーロットさんは一体どうしたんですか」

 その背に声をかけるも、返ってくるのは答えではなく。

「……シャーロットのこと、よろしく頼む」

「え?」



「何があっても、ずっとこいつの友達でいてやってくれ」



「あ、待ってください!」

 自分の言いたいことを言うと、そのままこちらの制止も聞かずにザドは部屋を出て行ってしまった。

 訳が分からない。とりあえずシャーロットが無事に帰ってきてくれて良かったが、何故シャーロットがザドに背負われているのか。シャーロットの恋が発展した結果なのか、まったく別の出来事なのか。

 一体、何が起きているの……?

 降り続ける雨を見つめながら、イデアはその場に立ち尽くすしかなかった。





※※※※※





「お前は……!」

 レゾンの登場に、カイもトーデルも臨戦態勢をすぐに取った。レイニーに聞いていた通りの容姿だ。天界でも魔界でも暗躍したこの男が、全ての原因。

 そして、きっとこの国で起きている何もかも……!

 カイが魔力を解き放とうとした瞬間に、レゾンが冷ややかに笑った。

「おっと、やる気なのは構わないが、いいのか?」

「……何がだ!」

「天界や魔界の件を聞いているだろう。俺が所有する冥具が、どれだけの力を発揮できると思っている、カイ・レイデンフォート」

 このタイミングで現れたのだ、最早正体がバレていることは驚かない。

 だが……。

「本気を出せば、この王都なんて一瞬で塵と化す。勿論お前のその魔力なら、大勢の命を救うことはできるだろう。だが、果たして全てを救えるかな」

「……!」

 天界は都市一つ消滅し、魔界でも地形が変わるくらいの激しい戦いがあった。

 どちらも冥具の一つ、《冥竜ドラゴノート》のせいで。レゾンの言葉は誇張でもなんでもなくて。

 これまでだって、こちらの判断のせいで死んだ命がある。その間違いようもない事実が身体を、心を蝕んでいく。

「いいんだ、やるならやろう! カイ! 掌から零れ落ちていく命など気にするな! お前のせいで死んだとしても、それがそいつの運命さ! さぁ、戦おうか!」

 両手を広げ、高々とそう言ってのけるレゾンだったが、カイはゆっくりと解き放とうとしていた魔力を抑えてしまった。

 自分の理想を押し付けて、他者の命を巻き込んだ挙句、その未来を奪ったのだとザドに言われた。

 ミューの死に酷く悲しんでいたイデアの姿が脳裏をよぎる。

 もし今回、俺が勝手な判断でレゾンと戦いを起こした結果、そのせいで誰かの命が奪われてしまうのなら。イデアと同じ想いをさせてしまうのなら……。

「《カイ……!》」

 トーデルが声をかけてくるが、生憎返す言葉もなく。

 やってみたら全員守れるかもしれない。けれど、守れない可能性を拭いきれなくて。



 王都ディスペラードに住む全ての命を人質に、カイは身動きが取れなくなってしまったのだった。



「何だ、戦えるかと思ったんだが、ガッカリだ」

 本当にガッカリしたように、レゾンは肩を落とした。と思ったら、すぐにケロッとしてみせる。

「カイが戦えないなら、トーデル、君も無理だな。折角失わせてやった力を少しずつ戻しているようだが、そんな中等半端な状態で俺に勝てるとでも?」

「《……っ》」

 悔しそうに拳を握るトーデル。半透明な彼女の姿が、レゾンの言葉を否が応でも肯定してしまう。

 嬉しそうにレゾンが声を上げた。

「わーい、なら俺の不戦勝だな! ……まっ、ここまで全て予定通りなんだけども」

「予定、通りだと……!?」

「そうさ、カイ。君がここにいることも、トーデルがここにいることも、そしてこの不戦勝も、大枠の道筋からは何らズレちゃいないんだ。……全てはゲームを面白くするための、ね」

 ゲーム。

 その言葉はザドからも出てきていた。ミューもそのゲームの参加者で、そのせいで死んでしまったと。

 何なんだ、何だというのだ。

 命を使って、何をしている。

「ゲームって、一体何なんだ……!!」

「……あれ、てっきりトーデルが説明してくれていると思ったが。少し早く出過ぎたか」

 責め立てるようにレゾンが肩をすくめてトーデルへと視線を向ける。トーデルに変わらず睨みつけられているというのに、レゾンは意に介していないようだった。

 仕方ないなぁ、とレゾンが話し始める。

「世界には生がある。生があれば死が絶対的に存在する。そして、死すれば生まれる。生まれれば死ぬ。それがこの世の理であり、それを管理するのが冥界だよ。そこまではトーデルから聞いただろうか」

 確かにトーデルも同じようなことを言っていた。だからこそ、人界、天界、魔界の三界において生命の数は常に等しく、また冥界も同じであると。

「つまりだ、死んだ魂は冥界が管理しているというわけだ。その情報をある人間たちにちらつかせると、どうなると思う」

「ある、人間……?」



「最愛の者を失った人間たちさ」



「……!」

 もし、死んでしまった大切な人の命が、冥界という場所にあると知ったら。そして、冥界が命を迎えるだけでなく、こちら側へ送る世界でもあると知ったら。

 レゾンが下卑た笑みを浮かべる。

「そう、口々にこう言うのさ。『どうか、生き返してくれないか』と」

「おまえ……!」

「おっと、勘違いしないでくれ! 俺はあくまでその人間たちの願いを叶えるためにゲームを開いているに過ぎない。魂を返してほしいのならば、同等のもの、つまりそいつらの魂を賭けてもらわなければ困るのさ。それも全員の願いを叶えられるわけではない。冥界への扉を開くためには、多くの魂が必要だからね」

 話が読めてきた。こいつが、レゾンが何をこれまで企てて来たのか。何故この王都ディスペラードでは不審死が多発しているのか。

「その人達同士を戦わせて、魂を集めているのか!」

「ご名答!」

 パチンと指を鳴らし、拍手までカイへ送ってくる。

「そいつらに渡した《生霊の仮面》は、生と死の境目を曖昧にさせる力がある。それを着ける者は、身体を持ちながら生者の眼には映らぬ魂だけの存在となり、その仮面を着けた状態で死んでしまった場合、曖昧だった境界が死に傾き、その魂を冥界へと送られる。そして、身体は魂が抜けた状態。ま、死亡ってわけだ」

 だから道化の仮面を着けたザドは、トーデルの宿った左眼でしか捉えられなかったのだろう。魂同士の争いだからこそ、身体に外傷が表れない。



「要はバトルロイヤルなんだよ。誰かを生き返してほしい人間共による、命を賭けた戦い。その勝者だけが、権利を獲得するんだ」



 ザドは、だからこそ言っていたのだ。全員が覚悟の上で戦いに臨んでいるのだと。

 レゾンは、少し困ったように眉をひそめていた。

「しかし、最近はあまり動きが乏しくてね。最初はかなり精力的に皆臨んでいたんだけど、強い奴が出てきたり、実際に人が死ぬところを見て怖気づいたりで、なかなかバトルしない奴が増えてきたんだ。そこで、君というスパイスが必要だった。だから呼んだんだよ」

「……呼んだ?」

 違う。カイはゼノに支持されて王都ディスペラードを訪れたのだ。レゾンに呼ばれたなんてそんなわけ……。

 そんな……。

 ……何故ゼノは王都ディスペラードで冥界に関わる事件が起きていると判断した。



《冥界よ、我が魂をあの子の元へ》



 そうだ、不審死の近くに刻まれていたという血文字。

「……もしかして、あのダイイングメッセージは――」

「またもやご名答! そう、あれは俺が残したんだよ! 《冥界よ、我が魂をあの子の元へ》! どうだ、結構な力作だろう! まるで死に際に書いたようでさ!」

 興奮したように説明するレゾンは、種明かしが楽しくてしょうがないようで。

「君たちは気づくべきだった。《生霊の仮面》を着けていれば、身体への外傷は発生しない。つまり血なんて出ないんだ。血文字なんて書けないのさ。……まぁトーデルは気づいていただろうが、どちらでも構わない、《冥界》という言葉に釣られて、この王都に来てさえくれればね!」

「《……!》」

 予定通りとレゾンは言っていた。カイがここに来ることも、トーデルがここにいることも、全てがレゾンの掌の上であったのだ。

 顎に手を当て、ニヤニヤしながらレゾンがカイを見る。

「さて、ディスペラードにある数多の命を人質に、君には言うことを聞いてもらおうか。おっと、転移は今後一切なしだ。他の者に事情を伝えることも。トーデルは分かると思うが、俺の眼には魂が映る」

 そう言って、自分の眼を指すレゾン。真っ赤に、不気味にその瞳は輝いていた。

「魂はこの世の全てだ。魔力も記憶も魂に宿る。魂は全ての根幹なんだよ。だからこそ、全ての動きを魂は映し出すんだ。君が何をしようとも、君の魂が俺に教えてくれる。もし不審な動きを取って約束を破った場合は、全身全霊で王都の命を冥界へと送ろう。まぁ、送った分だけ新たな生命が誕生するわけだから、君もそれでいいなら好きにするんだな」

「っ――!」

 既に退路は断たれていた。レゾンの言うことを聞く以外の選択肢はなく。

「とはいえ、お願いしようにも命を刈り取れと命令したら、君は迷いなく俺へと襲い掛かってくるだろう。命を守るために俺の命令を聞くのだから。なら、そうだなぁ……」

 んー、と考えているレゾンだが、実のところ何を命令しようか決まっているのだろう。そんな気がした。

「……よし、なら君たちには――」

 そして告げられる命令。

 今日は怒涛の展開だ。早朝にミューの遺体が発見され、その犯人としてザド・リダルトが姿を現し、ルーファ達四代名家の子息息女とも一悶着あり。

 そして、全ての元凶と思わしき冥界の審判員レゾンと、それを止めようとする元冥界の審判員トーデルと出会った。

 雨は明日には上がる予定だけれども、雨風は強くなっていく一方。

 闇は深まっていき、世界を飲み込み続ける。

 その闇の中で、レゾンの瞳だけが紅く不気味に微笑んでいた。





※※※※※





 ミュー・リリット死亡の翌日。

 ディスペラードの王都中が困惑していた。

 それは三王都の一つ、王都リバディの女王、スウェル・リバディによる王都内放送が原因だった。

 朝方急遽決まったその中で、淡々と彼女が言うのだ。



「《まだディスペラードの血は絶えていないわ》」



 その言葉は、ルーファ達四代名家による王位継承争いを根本から覆すものであった。
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