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5『冥々たる紅の運命』
5 第二章第二十五話「センドリルの隠し子」
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「実はだな、俺には隠し子がいる」
あっけらんかとそう言い切った当時のディスペラード王、センドリルにスウェルは驚きを隠せずにいた。
昔からの飲み仲間だった彼らは、センドリルが病死するまで変わらず二人で会う機会が多かったのだが、スウェルも流石にそこまでの話は聞いたことがなかった。
言葉なくセンドリルを見つめるスウェルに、彼が長い白髭を撫でながら苦笑する。
「勿論エグウィスのことではない。以前街に繰り出した時にな、この世の生物とは思えぬような別嬪にであってな、つい身体が動いてしまったのだ」
「……一国の王がお忍びでそういうことをする、それの恐ろしさを理解していないの? ただでさえ世界がようやく人族のものになってから、まだ十数年しか経っていないというのに」
天使族と悪魔族が世界から消えてから十年と少し。人族も彼らだけでの繁栄を迫られ、王制を余儀なくされた。誰かがまとめていかなければ、これから先を進んでいくことは困難なように思えたのである。
特に五大国や四列島と違って、二種族の存在を忌避している三王都は。
「そうは言うが、王制も同じほどの年月しか経っておらん。王と担ぎ上げられてはいるが、元は同じ人間だ。その根本が変わることはなく、俺が女性を愛することにも変わりはない。……流石に、エグウィスを授かってからというもの、その別嬪一人だけだが」
自慢げにそう言うが、一国の王が一国民を身ごもらせるのは一人だろうと何だろうと問題だろう。
とは思うけれど、前からセンドリルは女好きであった。むしろ被害が一人であることに安堵するほかないのかもしれない。
「なかなか逢えないのだが、これがまた可愛くてな。今度また二人に会いに行くんだ」
「……何故わざわざ私にそのようなことを言うのかしら」
「いや、万が一にも俺に何かがあった時、二人のことを頼もうかと」
縁起でもない。体調が悪いという話も聞いていない。
「そんな厄介ごと、私が受けるとでも?」
「まぁそう言うなって。本当に可愛いんだ。上の子は俺に似ている気がするが、下の子はその別嬪の子って感じでな。たまに顔を出すだけの俺だが、下の子は凄く懐いて――」
「――待って!」
思わずスウェルは話を遮ってしまった。
今少し会話のずれが生まれたような気がする。
「二人って、その綺麗な母親と子供のことを指しているんじゃ……」
スウェルの言葉に、センドリルは豪快に笑って見せた。
「ガッハッハッハッハ! 違う違う! 隠し子はな、二人おるんだ!」
ニッコリと嬉しそうに笑うセンドリルに、スウェルは又もや言葉を失ったのだった。
※※※※※
「《まだディスペラードの血は絶えていないわ》」
突然知らされたその事実に、王都ディスペラードは当然混乱した。王家の血筋が絶えたと判断されたからこそ、新たな王家を決める王選が始まろうとしていたのだ。
四代名家が臨もうとしていたのだ。
だが、まだ血筋が絶えていないのだとすれば、その必要はなくて。
ルーファやシリウス達が王家となる未来は断ち切られてしまった。
「《ただ、表舞台に立つにはまだ時間が必要なの。だから、待ちなさい。不安や迷いに踊らされることなく、ただ真っ直ぐに生きなさい。その未来の先に、必ずディスペラードの繁栄が待っているわ》」
スウェルの王都内放送はそこで終わってしまった。
どうしてまだ時間が必要なのだろう。何故このタイミングでそれを伝えてきたのだろう。
血筋は絶えていないと言う衝撃的な内容ではあったが、判然としない部分も多い。むしろ混乱してしまいそうな気もするが。
「……ミューさんの件があったから、伝えてくれたのでしょうか。四代名家の娘の死は、四代名家は当然として周囲に様々な想像を抱かせますからね」
隣で放送を見ていたシャーロットが何やら思案顔でそう呟いていた。
イデアは今、寮のエントランスでシャーロットと並んで放送を見ていた。
朝起きた時、シャーロットは変わらない様子だった。ちらっと聞いてみても、「え、昨日の夜何かありましたっけ?」と本当に分かっていないようで。
でも、すぐにシャーロットも何かあったのだと気づいた。
「何で私、このパジャマ、私のじゃないんですが……」
普段着ていた可愛らしいパジャマではなく、男物のシックなパジャマを身に着けていたからだ。
流石に説明しないわけにもいかず、分からないながらもイデアが説明。気づいたら部屋に居なくて、探しに行こうと思ったらザドに背負われて帰ってきた、と。
「え、ええええええええ~~~~~!?」
これにはシャーロットも顔を真っ赤にしながら声を上げた。想い人のザドに背負われていたのだから当然だろう。そして、そのことから察するに、そのパジャマはザドのものなのではないだろうか。覚えていないからこそ、分からないからこそ、シャーロットとザドとの間に何かがあったんじゃないだろうかと想像が広がっていく。
「わ、私、夢遊病者だったんでしょうか……。でも、じゃあ、ザドさんに着替えさせられたということ……?」
完全にショート寸前の様子だった彼女を連れて、とりあえず落ち着かせるために朝食を取ろうとしたところで王都内放送を聞いたのだった。
「昨日既に他の四代名家の方々も家の方に戻っています。きっとミューさんの死を、四代名家を狙った犯行だと捉えているのでしょう。……或いは四代名家のうち誰かの犯行だと思っている、自分たちを王選で勝たせるための」
放送のお陰で落ち着いたのか、シャーロットがそう言葉を続けていた。
「なるほど。つまり、先程の放送は王家の存命を明らかにすることで、四代名家を取り巻く思惑は全て無駄だと伝え、命を奪うような争いを避けさせようということですか」
「実際のところは分かりませんが、それはそれとして四代名家というこれまで絶対的だった存在意義が揺らいだのは確かですね。先程の放送が吉と出るのか凶と出るのか……」
エントランスで立ち止まって二人で頭を悩ませていたが、当然今後のことなど分からず、とりあえずは腹の虫がうるさいので食堂で朝食を食べることにした。
昨日の今日で学園が再開することはなく、本日も休み。スウェルによる放送もあり、余計に再開できないのではないだろうか。
となればやることがなく、朝食後はシャーロットと部屋に戻って話したり勉強したりしたのだが。
……カイに会いたい。
カイ欲が溢れて止まなかった。
昨日から全然カイと会っていない。寝ている間に訪れてくれたみたいだが、ちゃんと会いたい。食堂にも現れなかったし。一体何をしているのだろう。
会いたい、会いたいよ。
カイ……。
ということで、会いに行くことにした。
即断即決。本当は異性の寮は行くことを禁じられているが、昨日だってカイはこっち側に訪れているし、兄妹設定なら行けるはずだ。
シャーロットに適当なことを言って部屋を出て、男子寮前で深呼吸するイデア。やはりルールを破るというのは緊張する。
そして何度目かの深呼吸で。
「あれ、フィグルちゃんじゃん!」
「わっ!? えっと、あの、決して入ろうとしていたわけじゃ――」
後ろから声をかけられて、思わず言い訳が出そうになったところで、声をかけてくれた相手を認識する。
「あ……ファイさん」
カイの級友であるファイだった。本名ファイナンス・ディグドン。皆にファイと呼ばれる彼は明るく気さくで、カイと一緒にいるところをよく見かけたし、時折話すこともある。
良かった、顔馴染みで。
ホッと胸をなでおろしていると、ファイが察したようにニヤニヤ微笑む。
「ははーん、さてはお兄ちゃんに会いたいんだなぁ?」
「え、えーっと……はぃ」
図星で、何だか恥ずかしくなる。表情に出ていたのだろうか。
「そんじゃ、一緒に行くか。俺もそろそろ起きた頃かなと思って声をかけようと思ってたんだ」
先を歩いたファイが手招きしてくる。少し躊躇した後、勇気を出してイデアは男子寮へと足を踏み入れた。
「その言い方だと、お兄ちゃんはまだ寝ているんですか?」
「んー、声をかけた時、返事がなくてさ。多分寝てると思うんだが……にしてもフィグルちゃん、流石の人気だな」
「え?」
言われて気づく。廊下を歩いているだけなのに、凄い数の男子が部屋から出てきてこちらを見つめてくる。
「マジ可愛い……」
「美人でもあるよな……」
「所作が美しいよ」
「どこかのお姫様なんじゃないか?」
「兄がシスコンじゃなきゃぐいぐい行けるのに……」
その視線の多さに、思わず縮こまってしまう。
「私なんて、そんな……」
「謙遜は罪だぜ? もっと自信もっていこう! 俺だって兄がヴァリウスじゃなきゃ狙ってたさ!」
気持ちは嬉しいけれど、生憎こちらはカイ一筋なので。
カイ……。
会って何を話すかは考えていない。そもそもちゃんと話せるかも、何とも言えないところ。ただ学園に入ってきて、前よりも距離は縮まっているように思える。まだカイを前にすると恥ずかしくて、照れくさくて、心が落ち着かないけれど、それでも心は喜んでいるから。
そう、きっと今、私はカイに会って心を喜ばせたいんだ。
ミューを失ってしまって、シャーロットの件もあって不安だから、カイに会って気持ちを明るくさせたい。
だが、どれだけ呼びかけても、部屋からカイが出てくることはなかったのだった。
※※※※※
「何故だ、スウェル!」
魔法による遠隔通話越しに、彼女は大きな声を出した。黒髪は恐ろしいほどに長く、座っていては床についてしまいそうだ。吊り上がった目は映した相手を委縮させるには十分であり、その口から出る言葉には鋭い力があった。
三王都が一つ、王都グランデロードの女王ウェン・グランデロードである。
「あの放送で話した内容は本当と言うのではあるまいな!」
王都グランデロードの象徴である世界一高い高層ビル「トップロード」の最上階で、語気を強くしながらウェンが畳みかける。
「今ディスペラードは混乱の最中に違いない。お主が信憑性のないことを言うから――」
「《センドリルには確かに隠し子がいる》」
「っ!」
目を閉じてウェンの言葉を聞いてたスウェルが、力強くそう言った。
昔とは違い、ほうれい線もはっきり出てきたようだが、彼女の持つ穏やかな中に潜む強さは健全で、常に強気なウェンも彼女の前では勢いを失速する。
後ろで結った短い栗色のポニーテールを揺らしながら、スウェルは頷いた。
「《貴方の言う通り、ディスペラードは混乱状態のはず。でも、これで四代名家への矢印は消失した。ミュー・リリットの死によって起こるはずだった、四代名家同士の血を血で洗う争いは起きることはないわ》」
「そもそもそんな争いが起きるとは――」
「《昨日、リリット家を除いた名家の子供達が深夜に戦ったそうよ》」
「……!」
「《これは確かな情報筋からの連絡。内一人は負傷、まぁ負傷と言っても軽度らしいけれど》」
ため息とともに、スウェルがウェンを見る。
「《分かるかしら。ミュー・リリットの死で起きるのは疑心暗鬼なの。誰がミューを殺したのか。ミュー・リリットは随分優秀だったそうだから、それを殺せる実力がある者として疑いやすいのは、なによりミューを殺すことでメリットになると考えられるのは、四代名家でしょう。だから皆が四代名家を疑うし、ミューの死に方は最近ディスペラードで頻発している不審死と同じだと聞いたわ。つまり、その全ての殺人の矢印が四代名家へと向かうのよ。その潔白を各々が証明するためには、真犯人を見つけるしかない。だから、四名家同士が争うことになり、その前哨戦が子供たちによって行われた、ということ》」
分かるかしら、とスウェルが見つめてくるが、ウェンだって言われなくてもその可能性については考えていた。
けれど、
「本当に四代名家のうち何処かが犯人かもしれぬではないか」
「《そうね。これは、ただのその場しのぎでしかないわ。でも、隠し子の存在のおかげでメリットというものは存在しなくなる。お互いを疑う必要性が減ったし、四代名家としては大打撃でしょうから、当分は迂闊に動けないはず。だから、これでまだこの期間に不審死が続いて起こるとしたら、四代名家が犯人の線は薄くなるんじゃないかしら。……尤も、四代名家のどこかが単なる愉快犯の可能性、或いはこれから王家になれない怒りによって、という線も無くなったわけではないけれど、可能性に踊らされている場合ではないわ。とにかく、この間に私達は動かなければならない》」
そして、スウェルが言う。
「《隠し子を探すわ》」
「……どこにいるか分からないと?」
だから、スウェルは「表舞台に立つにはまだ時間が必要」と言っていたのか。
ポニーテールを揺らしながら彼女が頷く。
「《「あの事件」から一切合切の消息を絶ってしまったの。……でも、もしまだディスペラードにいるのなら、セインツ魔法学園に通っている可能性は高い。これまでは秘匿性の高い学園のシステムに遠慮していたけれど、そうも言っていられないわ》」
「……まだ子供ということか? それに「あの事件」って、センドリルが死んだ――」
「《ええ、それよ。事件の日、彼はその隠し子と会っていたの。そして会ってる先で、事故に遭ってしまった》」
一瞬の沈黙が漂うが、すぐにスウェルが言葉を紡ぐ。
「でも、隠し子は生きているわ。それにセンドリルの血を引いている自覚もあると思う。前に一度、私に手紙を書いてきたことがあったわ。センドリルについてのね。返事は嘘の住所に送らされたけれど、きっと届いているはず。あの放送を聞いて、何か変化があれば分かりやすいのだけれど》」
顎に手を当てて思案するスウェル。その真剣な表情に、ウェンは思わず尋ねてしまった。
「何故、そこまでする。むしろ王都ディスペラードは、わらわ達で管理すればよいではないか。それが一番手っ取り早いとは思わぬか」
その問いに目を丸くしたが、やがてスウェルは微笑んだ。
「《あの豪快スケベ親父が作った国で、その子供だもの。私達には持て余すわ》」
スウェルの答えに、ウェンは言葉を返さない。
だが、映らない位置で強く握られる拳には。
確かな想いが込められていた。
※※※※※
「本当に隠し子ってやつがいるのか?」
「《少なくとも王都リバディの女王はそう言っていたが》」
「ふーん、てことはルーファ達もこれから大変だな。王選の必要が無くなるわけだし」
「《そういえば、お前がぐっすり眠っている間に想い人が訪ねてきていたぞ》」
「……マジで?」
「《ああ、だが過度な接触は返って奴に変な口実を与えるかと思って、起こさなかった》」
「……待って、過度ってどれくらいかな。これから俺イデアに会えないの?」
スウェルによる王都内放送があった日の深夜。
カイは再び黒ローブに身を包んでビルの最上階から街並みを見下ろしていた。その左眼は紅く光り、魂を映し出す。
昨日と打って変わって、紅い光が街のそこら中に見える。
あれが全部、ゲームの参加者ってか。あの野郎、焚きつけやがって。
「《準備はいいか、カイ》」
瞳に宿るトーデルが尋ねてくる。
準備も何も、あちらは待ってくれそうにない。
誰かが見つけたのだろう。カイのいるビル一直線に赤い光が集まり出していた。
「よし、全員存命で朝日を迎えようじゃないか!」
言葉と共に、ビルから一気に飛び出すカイ。真下には様々な模様の仮面を着けた者達が待ち構えていた。
正直、まだ悩んでいる。命を俺が脅かしているという事実を、どう繋げていけばいいのか、答えは出ていない。
けれど。
俺の目の前で、俺の手が届く範囲で、誰一人死なせてやるもんか……!
目の前の命が、こちらの命を狙っていたとしても。
それだけは強く想いながら、カイは闇に溶けていったのだった。
※※※※※
「力が、欲しいか?」
その問いは、とある背中にかけられた。部屋の中はこれ以上壊しようがないというくらい荒れており、その中心で拳を握りしめながら彼は立っていた。
突然かけられた声にも反応せず、その身体はただ怒りを内包して震えていた。
だからこそだ。
その背中に可能性を感じたからこそ、こうやって声をかけているんだ。
「おまえに、全てを蹂躙する力をくれてやろう」
まだ振り向かない彼に、レゾンは的確に言葉を紡いだ。
「人の上に立ちたいんだろう?」
ピクリと反応したかと思うと、ようやく顔がこちらを捉える。
怒りで、絶望で、悲しみで顔を歪ませ切った彼の表情を見て、レゾンは興奮を覚えた。
さぁ、かき乱そうぜ。運命って奴を!
《冥具》を取り出すレゾンを。
シリウス・セヴァンは黙って見つめていた。
紅のディスペラード編 完
真紅の三王都編 開始
あっけらんかとそう言い切った当時のディスペラード王、センドリルにスウェルは驚きを隠せずにいた。
昔からの飲み仲間だった彼らは、センドリルが病死するまで変わらず二人で会う機会が多かったのだが、スウェルも流石にそこまでの話は聞いたことがなかった。
言葉なくセンドリルを見つめるスウェルに、彼が長い白髭を撫でながら苦笑する。
「勿論エグウィスのことではない。以前街に繰り出した時にな、この世の生物とは思えぬような別嬪にであってな、つい身体が動いてしまったのだ」
「……一国の王がお忍びでそういうことをする、それの恐ろしさを理解していないの? ただでさえ世界がようやく人族のものになってから、まだ十数年しか経っていないというのに」
天使族と悪魔族が世界から消えてから十年と少し。人族も彼らだけでの繁栄を迫られ、王制を余儀なくされた。誰かがまとめていかなければ、これから先を進んでいくことは困難なように思えたのである。
特に五大国や四列島と違って、二種族の存在を忌避している三王都は。
「そうは言うが、王制も同じほどの年月しか経っておらん。王と担ぎ上げられてはいるが、元は同じ人間だ。その根本が変わることはなく、俺が女性を愛することにも変わりはない。……流石に、エグウィスを授かってからというもの、その別嬪一人だけだが」
自慢げにそう言うが、一国の王が一国民を身ごもらせるのは一人だろうと何だろうと問題だろう。
とは思うけれど、前からセンドリルは女好きであった。むしろ被害が一人であることに安堵するほかないのかもしれない。
「なかなか逢えないのだが、これがまた可愛くてな。今度また二人に会いに行くんだ」
「……何故わざわざ私にそのようなことを言うのかしら」
「いや、万が一にも俺に何かがあった時、二人のことを頼もうかと」
縁起でもない。体調が悪いという話も聞いていない。
「そんな厄介ごと、私が受けるとでも?」
「まぁそう言うなって。本当に可愛いんだ。上の子は俺に似ている気がするが、下の子はその別嬪の子って感じでな。たまに顔を出すだけの俺だが、下の子は凄く懐いて――」
「――待って!」
思わずスウェルは話を遮ってしまった。
今少し会話のずれが生まれたような気がする。
「二人って、その綺麗な母親と子供のことを指しているんじゃ……」
スウェルの言葉に、センドリルは豪快に笑って見せた。
「ガッハッハッハッハ! 違う違う! 隠し子はな、二人おるんだ!」
ニッコリと嬉しそうに笑うセンドリルに、スウェルは又もや言葉を失ったのだった。
※※※※※
「《まだディスペラードの血は絶えていないわ》」
突然知らされたその事実に、王都ディスペラードは当然混乱した。王家の血筋が絶えたと判断されたからこそ、新たな王家を決める王選が始まろうとしていたのだ。
四代名家が臨もうとしていたのだ。
だが、まだ血筋が絶えていないのだとすれば、その必要はなくて。
ルーファやシリウス達が王家となる未来は断ち切られてしまった。
「《ただ、表舞台に立つにはまだ時間が必要なの。だから、待ちなさい。不安や迷いに踊らされることなく、ただ真っ直ぐに生きなさい。その未来の先に、必ずディスペラードの繁栄が待っているわ》」
スウェルの王都内放送はそこで終わってしまった。
どうしてまだ時間が必要なのだろう。何故このタイミングでそれを伝えてきたのだろう。
血筋は絶えていないと言う衝撃的な内容ではあったが、判然としない部分も多い。むしろ混乱してしまいそうな気もするが。
「……ミューさんの件があったから、伝えてくれたのでしょうか。四代名家の娘の死は、四代名家は当然として周囲に様々な想像を抱かせますからね」
隣で放送を見ていたシャーロットが何やら思案顔でそう呟いていた。
イデアは今、寮のエントランスでシャーロットと並んで放送を見ていた。
朝起きた時、シャーロットは変わらない様子だった。ちらっと聞いてみても、「え、昨日の夜何かありましたっけ?」と本当に分かっていないようで。
でも、すぐにシャーロットも何かあったのだと気づいた。
「何で私、このパジャマ、私のじゃないんですが……」
普段着ていた可愛らしいパジャマではなく、男物のシックなパジャマを身に着けていたからだ。
流石に説明しないわけにもいかず、分からないながらもイデアが説明。気づいたら部屋に居なくて、探しに行こうと思ったらザドに背負われて帰ってきた、と。
「え、ええええええええ~~~~~!?」
これにはシャーロットも顔を真っ赤にしながら声を上げた。想い人のザドに背負われていたのだから当然だろう。そして、そのことから察するに、そのパジャマはザドのものなのではないだろうか。覚えていないからこそ、分からないからこそ、シャーロットとザドとの間に何かがあったんじゃないだろうかと想像が広がっていく。
「わ、私、夢遊病者だったんでしょうか……。でも、じゃあ、ザドさんに着替えさせられたということ……?」
完全にショート寸前の様子だった彼女を連れて、とりあえず落ち着かせるために朝食を取ろうとしたところで王都内放送を聞いたのだった。
「昨日既に他の四代名家の方々も家の方に戻っています。きっとミューさんの死を、四代名家を狙った犯行だと捉えているのでしょう。……或いは四代名家のうち誰かの犯行だと思っている、自分たちを王選で勝たせるための」
放送のお陰で落ち着いたのか、シャーロットがそう言葉を続けていた。
「なるほど。つまり、先程の放送は王家の存命を明らかにすることで、四代名家を取り巻く思惑は全て無駄だと伝え、命を奪うような争いを避けさせようということですか」
「実際のところは分かりませんが、それはそれとして四代名家というこれまで絶対的だった存在意義が揺らいだのは確かですね。先程の放送が吉と出るのか凶と出るのか……」
エントランスで立ち止まって二人で頭を悩ませていたが、当然今後のことなど分からず、とりあえずは腹の虫がうるさいので食堂で朝食を食べることにした。
昨日の今日で学園が再開することはなく、本日も休み。スウェルによる放送もあり、余計に再開できないのではないだろうか。
となればやることがなく、朝食後はシャーロットと部屋に戻って話したり勉強したりしたのだが。
……カイに会いたい。
カイ欲が溢れて止まなかった。
昨日から全然カイと会っていない。寝ている間に訪れてくれたみたいだが、ちゃんと会いたい。食堂にも現れなかったし。一体何をしているのだろう。
会いたい、会いたいよ。
カイ……。
ということで、会いに行くことにした。
即断即決。本当は異性の寮は行くことを禁じられているが、昨日だってカイはこっち側に訪れているし、兄妹設定なら行けるはずだ。
シャーロットに適当なことを言って部屋を出て、男子寮前で深呼吸するイデア。やはりルールを破るというのは緊張する。
そして何度目かの深呼吸で。
「あれ、フィグルちゃんじゃん!」
「わっ!? えっと、あの、決して入ろうとしていたわけじゃ――」
後ろから声をかけられて、思わず言い訳が出そうになったところで、声をかけてくれた相手を認識する。
「あ……ファイさん」
カイの級友であるファイだった。本名ファイナンス・ディグドン。皆にファイと呼ばれる彼は明るく気さくで、カイと一緒にいるところをよく見かけたし、時折話すこともある。
良かった、顔馴染みで。
ホッと胸をなでおろしていると、ファイが察したようにニヤニヤ微笑む。
「ははーん、さてはお兄ちゃんに会いたいんだなぁ?」
「え、えーっと……はぃ」
図星で、何だか恥ずかしくなる。表情に出ていたのだろうか。
「そんじゃ、一緒に行くか。俺もそろそろ起きた頃かなと思って声をかけようと思ってたんだ」
先を歩いたファイが手招きしてくる。少し躊躇した後、勇気を出してイデアは男子寮へと足を踏み入れた。
「その言い方だと、お兄ちゃんはまだ寝ているんですか?」
「んー、声をかけた時、返事がなくてさ。多分寝てると思うんだが……にしてもフィグルちゃん、流石の人気だな」
「え?」
言われて気づく。廊下を歩いているだけなのに、凄い数の男子が部屋から出てきてこちらを見つめてくる。
「マジ可愛い……」
「美人でもあるよな……」
「所作が美しいよ」
「どこかのお姫様なんじゃないか?」
「兄がシスコンじゃなきゃぐいぐい行けるのに……」
その視線の多さに、思わず縮こまってしまう。
「私なんて、そんな……」
「謙遜は罪だぜ? もっと自信もっていこう! 俺だって兄がヴァリウスじゃなきゃ狙ってたさ!」
気持ちは嬉しいけれど、生憎こちらはカイ一筋なので。
カイ……。
会って何を話すかは考えていない。そもそもちゃんと話せるかも、何とも言えないところ。ただ学園に入ってきて、前よりも距離は縮まっているように思える。まだカイを前にすると恥ずかしくて、照れくさくて、心が落ち着かないけれど、それでも心は喜んでいるから。
そう、きっと今、私はカイに会って心を喜ばせたいんだ。
ミューを失ってしまって、シャーロットの件もあって不安だから、カイに会って気持ちを明るくさせたい。
だが、どれだけ呼びかけても、部屋からカイが出てくることはなかったのだった。
※※※※※
「何故だ、スウェル!」
魔法による遠隔通話越しに、彼女は大きな声を出した。黒髪は恐ろしいほどに長く、座っていては床についてしまいそうだ。吊り上がった目は映した相手を委縮させるには十分であり、その口から出る言葉には鋭い力があった。
三王都が一つ、王都グランデロードの女王ウェン・グランデロードである。
「あの放送で話した内容は本当と言うのではあるまいな!」
王都グランデロードの象徴である世界一高い高層ビル「トップロード」の最上階で、語気を強くしながらウェンが畳みかける。
「今ディスペラードは混乱の最中に違いない。お主が信憑性のないことを言うから――」
「《センドリルには確かに隠し子がいる》」
「っ!」
目を閉じてウェンの言葉を聞いてたスウェルが、力強くそう言った。
昔とは違い、ほうれい線もはっきり出てきたようだが、彼女の持つ穏やかな中に潜む強さは健全で、常に強気なウェンも彼女の前では勢いを失速する。
後ろで結った短い栗色のポニーテールを揺らしながら、スウェルは頷いた。
「《貴方の言う通り、ディスペラードは混乱状態のはず。でも、これで四代名家への矢印は消失した。ミュー・リリットの死によって起こるはずだった、四代名家同士の血を血で洗う争いは起きることはないわ》」
「そもそもそんな争いが起きるとは――」
「《昨日、リリット家を除いた名家の子供達が深夜に戦ったそうよ》」
「……!」
「《これは確かな情報筋からの連絡。内一人は負傷、まぁ負傷と言っても軽度らしいけれど》」
ため息とともに、スウェルがウェンを見る。
「《分かるかしら。ミュー・リリットの死で起きるのは疑心暗鬼なの。誰がミューを殺したのか。ミュー・リリットは随分優秀だったそうだから、それを殺せる実力がある者として疑いやすいのは、なによりミューを殺すことでメリットになると考えられるのは、四代名家でしょう。だから皆が四代名家を疑うし、ミューの死に方は最近ディスペラードで頻発している不審死と同じだと聞いたわ。つまり、その全ての殺人の矢印が四代名家へと向かうのよ。その潔白を各々が証明するためには、真犯人を見つけるしかない。だから、四名家同士が争うことになり、その前哨戦が子供たちによって行われた、ということ》」
分かるかしら、とスウェルが見つめてくるが、ウェンだって言われなくてもその可能性については考えていた。
けれど、
「本当に四代名家のうち何処かが犯人かもしれぬではないか」
「《そうね。これは、ただのその場しのぎでしかないわ。でも、隠し子の存在のおかげでメリットというものは存在しなくなる。お互いを疑う必要性が減ったし、四代名家としては大打撃でしょうから、当分は迂闊に動けないはず。だから、これでまだこの期間に不審死が続いて起こるとしたら、四代名家が犯人の線は薄くなるんじゃないかしら。……尤も、四代名家のどこかが単なる愉快犯の可能性、或いはこれから王家になれない怒りによって、という線も無くなったわけではないけれど、可能性に踊らされている場合ではないわ。とにかく、この間に私達は動かなければならない》」
そして、スウェルが言う。
「《隠し子を探すわ》」
「……どこにいるか分からないと?」
だから、スウェルは「表舞台に立つにはまだ時間が必要」と言っていたのか。
ポニーテールを揺らしながら彼女が頷く。
「《「あの事件」から一切合切の消息を絶ってしまったの。……でも、もしまだディスペラードにいるのなら、セインツ魔法学園に通っている可能性は高い。これまでは秘匿性の高い学園のシステムに遠慮していたけれど、そうも言っていられないわ》」
「……まだ子供ということか? それに「あの事件」って、センドリルが死んだ――」
「《ええ、それよ。事件の日、彼はその隠し子と会っていたの。そして会ってる先で、事故に遭ってしまった》」
一瞬の沈黙が漂うが、すぐにスウェルが言葉を紡ぐ。
「でも、隠し子は生きているわ。それにセンドリルの血を引いている自覚もあると思う。前に一度、私に手紙を書いてきたことがあったわ。センドリルについてのね。返事は嘘の住所に送らされたけれど、きっと届いているはず。あの放送を聞いて、何か変化があれば分かりやすいのだけれど》」
顎に手を当てて思案するスウェル。その真剣な表情に、ウェンは思わず尋ねてしまった。
「何故、そこまでする。むしろ王都ディスペラードは、わらわ達で管理すればよいではないか。それが一番手っ取り早いとは思わぬか」
その問いに目を丸くしたが、やがてスウェルは微笑んだ。
「《あの豪快スケベ親父が作った国で、その子供だもの。私達には持て余すわ》」
スウェルの答えに、ウェンは言葉を返さない。
だが、映らない位置で強く握られる拳には。
確かな想いが込められていた。
※※※※※
「本当に隠し子ってやつがいるのか?」
「《少なくとも王都リバディの女王はそう言っていたが》」
「ふーん、てことはルーファ達もこれから大変だな。王選の必要が無くなるわけだし」
「《そういえば、お前がぐっすり眠っている間に想い人が訪ねてきていたぞ》」
「……マジで?」
「《ああ、だが過度な接触は返って奴に変な口実を与えるかと思って、起こさなかった》」
「……待って、過度ってどれくらいかな。これから俺イデアに会えないの?」
スウェルによる王都内放送があった日の深夜。
カイは再び黒ローブに身を包んでビルの最上階から街並みを見下ろしていた。その左眼は紅く光り、魂を映し出す。
昨日と打って変わって、紅い光が街のそこら中に見える。
あれが全部、ゲームの参加者ってか。あの野郎、焚きつけやがって。
「《準備はいいか、カイ》」
瞳に宿るトーデルが尋ねてくる。
準備も何も、あちらは待ってくれそうにない。
誰かが見つけたのだろう。カイのいるビル一直線に赤い光が集まり出していた。
「よし、全員存命で朝日を迎えようじゃないか!」
言葉と共に、ビルから一気に飛び出すカイ。真下には様々な模様の仮面を着けた者達が待ち構えていた。
正直、まだ悩んでいる。命を俺が脅かしているという事実を、どう繋げていけばいいのか、答えは出ていない。
けれど。
俺の目の前で、俺の手が届く範囲で、誰一人死なせてやるもんか……!
目の前の命が、こちらの命を狙っていたとしても。
それだけは強く想いながら、カイは闇に溶けていったのだった。
※※※※※
「力が、欲しいか?」
その問いは、とある背中にかけられた。部屋の中はこれ以上壊しようがないというくらい荒れており、その中心で拳を握りしめながら彼は立っていた。
突然かけられた声にも反応せず、その身体はただ怒りを内包して震えていた。
だからこそだ。
その背中に可能性を感じたからこそ、こうやって声をかけているんだ。
「おまえに、全てを蹂躙する力をくれてやろう」
まだ振り向かない彼に、レゾンは的確に言葉を紡いだ。
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ピクリと反応したかと思うと、ようやく顔がこちらを捉える。
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