カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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5『冥々たる紅の運命』

5 第二章第二十二話「犯罪者」

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 後始末をした後、カイ、ザド、ルーファの三人は霊園を後にし、アルデンティファー家の敷地に移動していた。シリウスの私兵の死体は霊園に埋葬し、できるだけ霊園の状態も元に戻しておいた。

「……」

 高々とそびえる木々の葉が真下にいるカイ達を雨から遮る。全てとはいかないが、雨に晒されるよりは何倍もマシだった。そもそも、既に全員ずぶ濡れであり、今更大差はない。

 ルーファの実家は広い敷地を有しており、その中心に大きな豪邸があり、それを囲むように木々が植えられている。すぐにカルラを治療したいからと、ルーファがこの場所を提案した。

 だが、そのまま家に入る前に、シャーロットを背中に背負ったザドが木々の下で足を止めた。家の中まで行くつもりはないらしい。ルーファとしてはすぐにでも中に入りたかったが、それ以上に気になることが多すぎた。ザドがここまで素直について来てくれただけでも今は満足するしかない。

 そうして三人、アルデンティファー家の敷地を囲う木々の下で、まるで警戒しあうように言葉なく、佇んでいるのであった。

 何から聞いていいのか、少なくともルーファは分からなかった。

 ミューの死の真相を知るためにシリウスの元へ向かったら、ヴァリウスが現れて、突如ザドも。挙句に怪物のようなシャーロットまで。何がどうなっているのか、まるで分からない。

 その沈黙を打ち破ったのはカイだった。

「ルーファ、あんなところで何をしてたんだよ。シリウスもいたみたいだけど」

 ミュー・リリットという四代名家の娘が死んだ直後に、残りの四代名家の子息息女が集まっている。随分と怪しい状況だ。怪しいと言っても、どうやら戦っていたようだが。

 問いに一拍置いて、ルーファが口を開く。

「……私とカルラは、ミューを殺したのはシリウスだと推測していたのよ。そこへシリウスから私一人を呼び出す手紙。次は私を殺すつもりなのだと思ったわ。だから、カルラと一緒にその呼び出しに応じた。それが霊園にいた理由よ。……尤も、シリウスは私たちがミューに手をかけたと思っているみたいだったけれど」

 もちろん、その言葉自体が嘘の可能性もある。自分がミューを殺しておいて、罪をルーファ達に擦り付けるための。だが、シリウスのあの様子は本当にそう思っていたように見えた。

「ミュー殺しの犯人……」

 カイは、視線をザドに向けた。

 ザド・リダルト。転入前日に、カイへ忠告してくれた男。なかなか学園で会うことができず、密かに探していた相手。

 カイは知ってしまった。ザドが人を殺しているということを。

 確かにトーデルの宿る左眼で見たのだ。ザドが佇むその先で、人が確かに絶命していた。

 ミューのように、その身体に一切の外傷なく。

「……答えろ、ザド・リダルト。お前がミュー・リリットをやったのか」

「っ!?」

 カイの言葉にルーファが目を見開く。何故そんな質問をザドに投げかけるのか、理由が分からない。

 だが。





「……そうだ」





 当たり前のことを告げるように、彼は言った。ルーファは愕然とザドを見つめ。

 その淡々とした様子に我慢ならず、気づけばカイはザドの胸倉へ掴みかかっていた。

「ふざけるなよ、人の命を何だと思ってるんだ!!」

 これまで王都ディスペラードで起きていた不審死の犯人はザドだったんだ。ザドが、これまで数多の命を奪っていた。ミューを殺し、イデアを悲しませているんだ。

 怒りで思考が狭まる中、これまでずっと黙っていたトーデルの声が脳裏に響く。

「《それは違う、カイ。言ったではないか。この国には命を対価に戦っている者がいると。そして思い出せ。お前の左眼に映った冥力の力は一つだけだったか?》」

 ……違う。二つ強い力があって、その内の一つが消えた時に向かったら、そこにザドがいて、死体があったんだ。

 
 つまり、あの死体にも冥界の力が元々宿っていたということか?


 胸倉を掴まれながらもシャーロットを落とさずに、ザドが言葉を返す。

「ミュー・リリットはゲームの参加者だった。俺が死ぬか、奴が死ぬか。そして奴が負けたんだ。だから、死んだ。それだけのことだ」

「それだけのことだと……!?」

「賭けているものは同じ、そして俺も奴も死ぬ覚悟をもって戦っていた。これまでの奴らもだ。合意の上で殺し合っている」

 これまでの奴ら……合意の上で……? ゲーム?

 つまり、これまでの不審死は合意の上で様々な人々が冥界の力を使って戦い合った結果だと言いたいのか。

 何なんだ、この国で何が起きているんだ。

 分からない、分からないけれど。

「合意の上だろうと殺していいわけないだろうが!」

 許せるわけがない。命を奪い合う。それが合意の上だと正当化されて良いわけがない。

 本人たちが合意だろうと、生きていてほしいと願う命がある。

 命は一つで成り立っているわけではないのだから。

「……はっ」

 だが、カイの言葉をザドは鼻で笑った。

「お前がそれを言うのかよ。世界に生きる数多の命の合意もなく、自分の理想だけを世界に押し付け続けたお前が」

「……!」

「さっきの戦い、随分と特殊な移動方法をするものだと思っていたが、なるほどな。転移ってやつか。道理で強いわけだ。《生霊の仮面》を着けた俺達が見えるのも、納得だぜ」

 蔑むように、嘲笑ってザドが言う。





「なぁ、カイ・レイデンフォート」





 正しく、カイの名をザドは告げた。これを確かめたかったからこそ、ザドはここまで素直についてきたのである。

 やはり転移の使用が裏目に出てしまっていた。隠していた素性がバレてしまった。

「さぞ気持ちいいだろうなぁ、英雄様よぉ。魔界の侵攻を止め、魔王を倒した男。世界がお前を英雄視している」

 言葉の端々から伝わってくるザドの感情。

 まさしく、怒りであった。

「だが、魔界が侵攻してきたのは何故だ。数年前まで魔界とのかかわりを禁じていたはずなのに、魔界へと向かい、挙句宣戦布告をしてきた大犯罪者は誰だ。この国の王だったエグウィス・ディスペラードを始めとする、数々の戦死者を出した第二次聖戦のきっかけを作ったのは誰だ!」

 掴まれていた胸倉を腕で払い、そしてカイへと指をさす。

「お前だ、カイ・レイデンフォート。お前が、お前の目指す理想がさまざまな命を死に追いやった。それも合意なくだ。何が合意の上での殺しを認めないだ。お前は合意なく人を死なせているというのに」

「……」

「お前は英雄なんかじゃない。犯罪者だ」

 カイは返す言葉なく、その場に立ち尽くしていた。闇に紛れてしまい、その表情はよく見て取れない。

 ザドはルーファにも視線を向けて言った。

「いいか、俺は必ずこのゲームに生き残る。そのためにこれからも命を賭けて命を奪う。その邪魔をするなら、お前たちを殺す。今日の出来事を言ってもだ。俺のこと、シャーロットのことを他言したら終わりだと思え」

 すやすやと眠るシャーロットを背に乗せながら、ザドが踵を返す。

「俺の野望は誰にも邪魔させない」

 そう告げて、ザドはシャーロットと共に闇へと消えていった。

「……」

 呆然と佇むカイ。その足がザドを追うことはなく、ただただ彼らが消えた闇だけを瞳は映している。



「今の話、本当なの」



 そんな彼の背へかけられるルーファの声。どこか震えているように聞こえてきた。

「本当に、あなたが、カイ・レイデンフォートなの?」

 その声に含まれているのは動揺と、ほんの少しの期待と信頼。

 逡巡した後に、カイはこれ以上隠せないことを確信し、告げた。

「……そうだ。俺はカイ・レイデンフォート。レイデンフォート王国の第三王子だ」

「―――!」

 ルーファに表れたのはザドと同じ、いやそれ以上の怒りだった。

「《フレイム・バーン!》」

 突如放たれた巨大な火球。完全にカイの不意を突いた一撃は、カイの背中へと殺到し、そして次の瞬間ターゲットを見失って木々を燃やしながら爆ぜた。

 闇夜に煌々と赤い炎が立ち上る。木をあっという間に包み込むと、近くの木へとどんどん炎が移っていく。土砂降りの雨が幸いして、それほど炎は拡大せずに済みそうである。

 転移で敷地外へと出ていたカイを見つけ、ルーファが睨みつける。

 その視線はまさしく憎悪で。

「絶対に、あなたを許さない……!」

 何故ルーファがそこまでカイという存在を恨んでいるのか分からなくて。でも、教えてはくれないだろう。

 今の爆発で豪邸から人の騒ぐ声が聞こえてきた。すぐここに集まってくるだろう。

 これ以上いられなくて。

 ルーファのその声を、怒りを、憎悪を浴びながら、カイはその場から転移して寮の自室へと戻った。

 今までの出来事が嘘みたいに、一瞬にして視界が変わり、静寂が訪れる。

 でも、嘘じゃない。

 ずぶ濡れの黒ローブから雨水が滴り、カーペットをどんどん湿らせていく。まとわりつく感覚が気持ち悪いが、脱ぐ気になれなくて、カイはやはりその場に佇むことしかできなかった。

 今日一日の出来事を完全に頭の中で理解できなくて、考えても考えても思考がうまく働かない。

 不審死にザドが関わっていて、それで人を殺していて。

 シャーロットも意味わからない感じになっていたし、彼女もまた人を殺してしまっていた。というかシャーロットに関しては結局何も分からず仕舞い。

 素性もバレ、ルーファは今までの関係が嘘みたいに滅茶苦茶俺のことを恨んでいる様子だった。

「お前は英雄なんかじゃない。犯罪者だ」

 ザドの言葉が脳裏からどうしても離れない。

「《……大丈夫か》」

 トーデルの声が静まり返った部屋に聞こえる。いつの間にか部屋にトーデルが姿を現していた。変わらずその身体は透過していてる。

 どちらかというと心配した声音。

 その心配に今はどう言葉を返せばいいか分からない。

「……後で全て教えてくれるって言ったよな。教えろ、この国で何が起きているんだ。教えろ、冥界とは何なんだ。……教えろ、俺は、アイツの言葉になんて返せばよかったんだ」

「《ああ、教えよう。この国で起きている全て、冥界とは何かを。だが、最後の問いはお前自身が辿り着かなければならない。英雄なのか犯罪者なのか、お前の存在は、お前が決めるんだ」

 顔を上げ、カイがトーデルを見つめる。その瞳は迷い、揺らいでいるように見えたが、それでも先へ進もうという覚悟が見て取れた。

 その覚悟にトーデルは頷き、そして語り始める。

 この国で起きている出来事について。

 そして、冥界とは何かを。
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