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5『冥々たる紅の運命』

5 第二章第二十一話「闇が紅に染まる日 結」

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「へー、シャーロット、好きな人がいるのか」

「ちょ、え、どうしてお兄さんが知ってるんですか!? さてはフィグルちゃん、言いましたね!?」

「今回もシャーロットさんが自分でポロっと言ったんですよ……」

 それは他愛もない、何てことない日常会話で。

「それで、誰のことが好きなんだ?」

「え、いや、その……」

「かっこいい?」

「そりゃもう! カッコいいなんて言葉じゃ表現できないくらい!」

 聞けば当たり前のように返ってくる答えに、イデアと一緒に苦笑しながら。

「俺、会ったことあるかなぁ」

「あると思いますよ、同じ学年ですし。あ、でも結構授業サボりがちみたいで」

「……ダメンズが好きなのか」

「いやいや! それがとっても優しいんですよ! 赤い髪と鋭い目が威圧感あるみたいですけど、私が困ってたら助けてくれたことあるんですから!」

「それで一目惚れってか」

「……いえ、本当はもっと前からザド先輩のことは気になってたというか……」

「また自分で名前まで明かしてますよ」

「あー! 諮ったなぁ、お兄さん!」

 いやいや、自分のせいだろと言葉を返しながら。

 そうか、ザド。ザド・リダルトかと。

 この偶然にも意味を感じてしまいそうだった。





※※※※※





 分からないことが多すぎる。どうしてここにルーファやカルラ、シリウスという四代名家が揃っているのか。何をしていたのか。

 それに、彼女のあの姿は一体何なのか。

 紅に染まる長髪が降り注ぐ雨に抗うように逆立つ。闇夜の中が不気味に光る真紅の髪は、この場にいる全ての者の意識を奪い去っていた。

 鋭利な牙と爪が、先程の所業が決して「シャーロット」を想起させることはない。だが一体どうして、その顔立ち、体格は彼女そのものだ。

「グルルルル……」

 獣の唸り声を上げながら、彼女が霊園にいる全員へ視線を向ける。まるで品定めしているみたいだ。

 あるいは、食事の順番を決めているような。

「ガァッ」

 次の瞬間、「シャーロット」は木の上から一瞬で飛び出し、近くに居たシリウスの私兵へと襲い掛かっていた。その速度は目で追えるものではなく、あっさりと私兵はその首元に噛みつかれてしまった。

「ぐっ、あ、あぁ……」

 必死に抵抗しようとする私兵だったが、段々とその動きは鈍くなっていき、遂には痙攣して動かなくなってしまう。

 間違いなく、あれは絶命してしまっている。

 本当に、あれはシャーロットなのかよ!?

 もしかしたら違うのかもしれない。そうであって欲しくはない。命を取るこの怪物が、イデアの友達だと思いたくない。

 ただでさえイデアはミューを失って悲しんでいるのだから。

 どうか。どうか勘違いであってくれ。

「ガアアアアアアアアア!」

 噛みついていた私兵を捨て、次の私兵へと「シャーロット」が飛び出していく。私兵は恐怖が極限まで達してしまい、その場から動けずにいた。

「ちっ、ここは引いた方が良いようだな……」

 彼らを雇っていたシリウスはと言うと、私兵全てを捨てて一人だけこの場から立ち去っていた。

「っ、シリウス!」

 ルーファが叫ぶが彼は既に姿をくらませてしまった。結局ミューの死について真実はまだ分からないまま。シリウスはどうやらルーファとカルラが主犯だと思っていたみたいだけれど。

 ということは、シリウスでもない?

 こちらに擦り付けるための偽証かもしれないから、一概には言えない。ただ、今奴を追うことはできない。

 ルーファはルーファで状況をまるで理解できていない。何故ここにヴァリウスがいるのか。何かと戦っているようだったけれど。そしてあの怪物は一体。

 分からないことだらけで、頭が混乱してしまいそうだけど、今は。

 悔しそうに拳を握りしめた後、ルーファは急いで倒れ伏すカルラの元へ。今、彼女達を狙う私兵達はいない。その場から急いで逃げるか恐怖で動けないかの二択だった。

「ヴアアアアア!」

 「シャーロット」が取り残された私兵へと襲い掛かろうとするが、その間にカイは割って入った。

 シャーロットなのか確信できないけど、命を取っていいわけないだろ……!

 神剣デュランダルを構えて「シャーロット」の飛びつきをどうにか抑える。鋭利な爪が今にも顔に刺さってしまいそうだが、どうにか踏ん張ってその動きを止める。

 いや、止めようと思っていた。

 何だ、この力……!?

 全力で押し返そうとしているのに、「シャーロット」は全く動かない。まるで巨大な壁を押しているみたいだ。

 むしろ押し返されるように、カイの方がじりじりと後ろへ下げられてしまう。そして、遂には神剣デュランダルを掴まれて別の方向へと吹き飛ばされてしまった。

「っ!」

 ぬかるんだ地面を何度も転がりながら、どうにか体勢を立て直す。顔を上げると、幸いにも「シャーロット」はターゲットをこちらへ移してくれたみたいだった。凄まじい速度でこちらまで駆けてくる。

 さて、力で負けているわけだが、どうしたものか……。

 仮にもシャーロットの可能性があるのなら、傷つけるわけにはいかない。

 と、次の瞬間「シャーロット」は急に方向転換した。

「なにっ!?」

 その先にはカルラへ回復魔法をかけるルーファが。

「ルーファ!」

「っ!?」

 ルーファが顔を上げた時、既に「シャーロット」の牙が眼前まで迫っていた。咄嗟の魔法も回避も、回復魔法をかけている最中のルーファにはできない。

 私は、こんなところで死ねないのに……。

 あの人の代わりに、私が王族にならないといけないのに……!



 エグウィス様……!



 死が確かに近づいて、ルーファは目をぎゅっと瞑った。が、その瞬間は訪れない。

「ぐ、ぐぐっ……!」

 彼女の目の前で、カイは歯を食いしばって神剣デュランダルを押していた。ギリギリのタイミングで二人の間に転移したのである。

 転移を出し惜しみしているわけには、いかないよな!

 更に、今度は「シャーロット」と一緒に空中へ転移。突如地上ではなくなり足場を失った「シャーロット」の体勢が崩れる。

 傷つけないように、でもって気絶させられるように。

 雷を手に集中させ、「シャーロット」の頭めがける。外傷なく、意識を沈める!

「《バニッシュ・ライ―――」

 だが、魔法を放つ直前に真横から鋭い斬撃が飛んできた。

「ぐっ!」

 何とか神剣デュランダルで防いだが、思い切り横に吹き飛ばされてしまう。

 視界の先、これまで介入してこなかった道化の仮面男が飛び出してきていた。

「くそっ、このタイミングでまだやるつも――」

 やるつもりかよ、と言葉を続けるつもりだった。だが、地面に着地して顔を上げた時、その言葉がどうしても紡げない。

 視線の先、左眼に道化の男は《映らない》。

 そして、右眼には見知った男が一人そこに立っていた。転校前日に会ってからずっとカイが探していたのに、何故だか会うことのできなかったその人。

「ひ、ひぃいい……!?」

 突然目の前に人が現れて、遂にシリウスの私兵全員がその場から逃げるように飛び出していく。

 そんなことを気にする様子もなく。

 外した道化の仮面を投げ捨て、魔力で生成した刀を消失させ、赤髪の男は必死に「シャーロット」を地面に組み伏せて叫んでいた。

「これ以上、人の命を殺めるな! お前まで穢れる必要はないんだ!」

「ガアアアアアアアアアア!!」

「やめろ、シャーロット!!」

 当然「シャーロット」の力の方が強く、赤髪の男は吹き飛ばされそうになるが、それでも何とかしがみつき続ける。

 その光景にはカイだけではなくルーファも驚きを隠せなかった。

 突然、何もいなかった場所に人が出現したのだ。

 それも。





「ザド・リダルト……?」

 

 

 セインツ魔法学園でカイやルーファと同じ高等部二年。日々の授業への出席率は悪く、この前の武術テストもザドの代わりにカイが入ったのだった。

 そんな知り合いの彼が何故ここにいるのか。そして、彼は確信をもって叫んでいた。

 目の前の怪物を、シャーロットと。

 それって、シャーロット・アンバインのこと? 

 ルーファもシャーロットのことは知っていた。カイやイデアがシャーロットと知り合う前から、ルーファはシャーロットのことを自分側に勧誘していたのだ。シャーロットの周りは明るく、人が良く集まる。人心を不思議と掴む力をシャーロットは持っていた。結局勧誘自体は、シャーロットが有耶無耶にしてしまったが。

「ぐっ!」

 遂に辛抱できず、ザドが「シャーロット」から振り落とされてしまう。地面を転がるザドへと彼女が飛び掛かっていくが、又もやその間にカイが割って入る。

 カイとしても理解が及んだわけではない。先程まで命を狙ってきていた道化の仮面男が、入学前日に親切にしてくれたザド・リザルドだった。道化の仮面男は誰かを確かに殺していた。ということはザドが人を殺したということだ。

 そして、目の前のシャーロットもまた人に手をかけてしまっている。

「あー、訳わかんねぇな!!」

 「シャーロット」だけを空中へ転移させる。幸い「シャーロット」は空中を移動できるわけではない。

「っ、シャーロットを傷つけるなら先にお前を殺すぞ!」

 消失させたはずの刀を再び生成させて、ザドがカイへと刀を向ける。その刀が改めて道化の仮面男とザドが同一人物なのだと証明していた。

「うるせえ! 訳わかんねぇけどな、お前もシャーロットを止めたいんだろ! なら手ぇ貸せ!」

「っ」

「ルーファ!」

 カイが「シャーロット」へ跳躍しながらルーファへと叫ぶ。

「魔法得意なんだろ! 眠らせるぞ! 魔力ありったけ込めろ!」

「――! 分かったわ!」

 魔法がどれくらい効果あるのか、正直分からない。分からないからこそ、全魔力を込めて効果を底上げする。

 ルーファから可視化された魔力が闇夜を照らすように溢れていく。

 その光に気づいたからだろう。「シャーロット」は空中に居ながら体勢を整え、ルーファへ向けてその鋭利な爪を怪しく光らせ始めた。

「ガガガガガガガガアアアアアアア!」

 そのまま、振り下ろされると同時に真紅の斬撃がルーファへ殺到する。魔法を唱えているからこそ、ルーファは動けない。迫りくる死の斬撃に彼女の額から汗が流れる。

「ルーファ、信じろ!」

「――!」

 その言葉に、ルーファは変わらず魔力を込め続けた。寸前まで迫った斬撃は、次の瞬間虚空を切り裂き大地を抉った。

 突然の浮遊感に目を開くと、ルーファはカイに抱きかかえられた状態で「シャーロット」の頭上にいた。

 一瞬でいつの間にここまで……!?

 ルーファが驚いてカイを見るが、カイは変わらず「シャーロット」を視界に収めていた。

 カイ達の存在に気づいた「シャーロット」が上を見上げ。再び爪に力を溜め始める。

 が、斬撃を繰り出す前にザドが地上から斬撃を飛ばし、その爪を切断した。

「爪だけだ、許せ、シャーロット」

 これで「シャーロット」の攻撃手段はない。

 その思考を打ち砕くように、「シャーロット」は口を開くと、そこに真紅のエネルギーを溜め始めた。

「嘘だろ……!」

「どう、するの……!?」

「……いい、このまま行く! 大丈夫だ!」

 言葉通り、カイとルーファは「シャーロット」めがけて落下していく。

 「シャーロット」は十分なほどの力を凝縮させ、

「ガアアアっ!!!」

 咆哮と共に真紅のレーザーを口から放った。ルーファの視界全てが真紅に染まる。だが、気づけば視界は元に戻り、「シャーロット」との間を邪魔するものは何もなかった。

 放った真紅のレーザーは、転移されて黒雲の中をまっすぐ駆け上っていた。黒を侵食するように紅の光が雲から漏れる。

「《スリーピング・バスケット!》」

 そして、ありったけの魔力を込めた魔法をルーファが唱える。「シャーロット」を包むように光が溢れ、いつの間にか「シャーロット」は淡い光でできた揺り籠の中に横たわっていた。

「グ、ガガ、ァ……」

 必死に眠気に抗おうとするが、ルーファの全魔力を込めた魔法がそれを許さない。

「―――……」

 遂に真紅の瞳が閉じられ、意識が遠のく。すると、燃えるような真紅の髪は桃色に戻り、爪も牙も普段の彼女のものに直っていった。

 本当に、シャーロットだったんだな。

 揺り籠に入った可愛く寝息を立てるシャーロットはゆっくりと、地面に降りていき、やがて揺り籠ごとザドに受け止められる。

「シャーロット……」

「ん、んー……」

 これまでの全てが嘘だったと言わんばかりに、良い夢でも見ているのかシャーロットが優しく微笑む。

 だが、周りは凄惨な様子で。地面は抉れ、墓石のいくつかは粉砕され、そして死体が転がっている。

 何もなかったわけがない。

 でも、ここで起きた全てを、カイも、ルーファも、ザドも知らない。

 ルーファを下ろした後、カイは倒れたカルラとルーファへ視線を送った後、真っすぐにザドとシャーロットへ口を開いた。

「……さて、何から話してもらおうか」

「……」

 無言のまま、ザドはカイを見つめ返す。ルーファも言葉を交わすことなく、ただただカイとザドを見つめていた。

 ここで凄まじい戦闘があったとは思わせないくらいの静寂の中に、変わらず雨音が降り注ぐ。

 まだ、雨は止みそうにない。
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