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2『天使と悪魔』
2 第二章第十話「世界の歴史」
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王都アイレンゾードは王都なだけあってかなりの数の悪魔が国中を埋め尽くしている。市場や店はもちろん数多く存在しており、建物の様子など人間界との違いなどは特に見つけることが出来ない。事実、歩いている悪魔達も見た目は人間達と変わらないため、悪魔族のことを知らない人間にここは人間界だと説明しても容易に信じてしまうだろう。
そんな王都アイレンゾードの路地にて、ダリルはひっそり姿を隠して待ち人を待っていた。
と、そこへ同時にメリルとミーアが合流する。二人が来た方向は別々であった。
ダリル:
「来たか二人共。どうだ、何か情報は手に入ったか?」
ダリルの問いに二人共頷いて見せる。
メリル:
「まぁね。その様子だとミーアもある程度手に入れたみたいだけど……何それ?」
メリルのその問いは、ミーアが抱きかかえていた藍色の大きな本に対するものであった。
結構な大きさであるそれをダリルとメリルへ見せつけるように突き出してミーアが答える。
ミーア:
「これなんだけどね! お店の悪魔のおじさんがくれたの!」
メリル:
「悪魔のおじさんがって……」
メリルが苦笑する。
三人の認識として、悪魔族が必ずしも全員悪い敵だとは言えなくなっていた。聞き取りにあたってどの悪魔族も優しく対応してくれていたのである。
ダリル:
「ミーア、くれたとはどういうことだ? その口ぶりからして買ったわけではないのだろう。こちらの世界と我々の世界の通貨はどうやら違うようだし」
ダリルの問いにミアが頷く。
ミーア:
「うん、買ったんじゃなくて言葉通り貰ったんだよ! なんかね、聞き込み調査してたら愛想のいいお店のおじさんに話しかけられてね、『可愛い子ちゃん、おまえさんさっきから魔界について色々尋ねているそうじゃないか』って言われたの!」
ダリル:
「まさか人間だとバレたのか!?」
ミーア:
「ううん、わたしも怪しまれたのかなってドキドキしてたんだけど、そしたらそのおじさんがこの本をくれたの!」
そう言ってミーアが再び本を天に高く掲げる。
ミーア:
「『ちゃんとお勉強するんだよ!』だって! 折角のご厚意だしお勉強しよっか!」
ミーアが満面の笑みでそう告げるのに対して、ダリル達は苦笑いだった。
ダリル:
「結構危なかったな……」
メリル:
「今回はミーアの幼さの勝利だったみたいね」
ダリル:
「あぁ、子供っぽさが役に立つとはな」
ミーア:
「……二人共、幼いだの子供だの誰のこと言ってるのかなー?」
ミーアからどす黒いオーラが噴き出している錯覚に襲われたダリルはすぐさま話を逸らした。
ダリル:
「さ、さて、それではその本は最後に読むことにして、まずはお互いの調査結果を報告し合おうか」
続けてダリルが自らの結果から話していく。
ダリル:
「まず私から言わせてもらうが、どうやらエイラの処刑は明後日ではなく明日のようだな。公表されたのが昨日だったわけだ」
メリル:
「……でもあれよね、私達が魔界に来てからまだ一日も経ってないはずでしょ? あたし達、エイラ達の後をすぐ追って魔界に来たんだし、エイラ達も今日魔界に着いたはずじゃない? どうして昨日の時点でエイラが捕まった体で話を進めているのかしら」
メリルの疑問はもっともで、それに関してはダリルも前から考えていた。
ダリル:
「……考えられる可能性としては二つ。一つは処刑の期日までにエイラを連れて帰る自信があった。だがこれは可能性としては低いだろうな。あまりに賭け過ぎる。そしてもう一つの可能性としては、私達がこちらへ来るために通った一本道が考えられる」
ミーア:
「どういうこと?」
ミーアが首を傾げる。メリルも似た反応であった。
ダリル:
「……これも推測でしかないが、あの一本道のあった空間、体感では数時間だったと思うがあの空間とこの世界の時間の流れは違うのかもしれない。つまり、あの空間での数時間がこちらでは一日ということだ」
ダリルの推測にメリルが理解を示す。
メリル:
「なるほどね。でも、ということはエイラ達は時間のズレなく魔界に到着したということよね。あの空間に行ってないのかしら。悪魔だからかしらね」
ダリル:
「それは分からないが、我々が歓迎のされない客人であるのは確かだからな。そういう理由もあるかもしれん」
ダリルはそう言うが、結局全て推測でしかないため話はここで止めることにした。机上の空論でしかないのである。
ダリル:
「で、メリルはどうだった?」
話を振られて今度はメリルのターンに変わる。
メリル:
「あたしはね、魔将について聞いてきたわ。どうやら魔将は他の悪魔族とは別格の存在みたいね。目が黒く赤くするのは魔将レベルの悪魔だけだそうよ。それに、魔将は一段階上の形態を持っているんだって」
魔将、と言われてダリルはバルサのことを思い出していた。バルサは確かに四魔将であると述べており、目は人間のそれとは異なっていた。それに、ベルセイン状態のカイの攻撃を難なく受け止めていたが、どうやらバルサにはさらに一段階強くなる方法があるらしい。
難しい表情でダリルが呟く。
ダリル:
「……正面から戦って勝てる相手じゃないのかもしれないな」
と、そこへミーアがメリルへ質問する。
ミーア:
「ねぇねぇ、その言い方だと悪魔族達は例外なく翼を普通に持ってるの?」
メリル:
「えぇ、そうみたい」
ミーア:
「でも、今まで会ってきた悪魔達は全然翼なんて生やしてなかったけど」
ミーアの言う通り、見た目が人間と変わらない彼らに翼なんて当然生えていなかった。
メリル:
「あぁ、それは何でも翼があると邪魔で日常生活に支障をきたすから仕舞ってるんだって。戦闘時はちゃんと翼を広げるらしいわ」
そう説明してから、メリルは以上と話を終える。
メリル:
「ミーアはどうだったの? なんか有力な情報得られた?」
ミーア:
「わたしはね、エイラの処刑の場所と時間かなー。時間の考え方はわたし達の世界と一緒だったけど、空はずっとこんな感じだし時間の流れとか全然分かんないね」
ミーアが禍々しい赤色の空を見上げてそう言う。
ダリルは三人の情報を踏まえて、状況の困難さを理解していた。
ダリル:
「やはりエイラの監禁場所等の情報は出回っていないか。どうする、正面から戦えばおそらく私達は負けるだろう。バルサという魔将曰く魔将は四人いるらしいからな。勝ち目はないと言ってもいいかもしれない」
メリル:
「奇襲、しかないでしょうね。それもエイラが処刑場に運ばれる瞬間。きっとそれ以外にチャンスはないと思う」
ミーア:
「明日までにお兄ちゃんとか皆集まるよね?」
ダリル:
「おそらく全員がここを目指しているはずだ。だからきっと何とかなるとは思うが……」
そうは言うものの相手の力が未知数な今、全く先の出来事が読めなかった。
ダリルとメリルの眉間に皺が寄っていく。
と、そこへミーアが藍色の大きな本を突き出した。
ミーア:
「はいはい! とりあえず調査報告は終わったことだしこの本を読もうよ! 息抜きにね!」
ミーアの提案にダリルとメリルは顔を見合わせ、苦笑しながらミーアの傍へ寄っていった。
ダリル:
「まぁ、息抜きにな」
そう言ってダリルが本の表紙に書かれているタイトルを見る。それは人間界と全く同じ文字で描かれていた。
ダリル:
「『三つの世界』……?」
メリル:
「……息抜けたらいいけれどね。きっと驚くことが一杯書いてあるんじゃないかしら」
ミーア:
「とにかく読んでいくよ!」
そう言ってミーアがページをめくり、序章と書かれた部分を読み始める。
ミーア:
「えっとどれどれ。『知らぬ者の方が少ないと思うが改めて言わせてもらえば、世界には三つの種族が住んでいた。悪魔族、天使族、そしてその二種族の奴隷であった人族である』。天使族?」
聞いたこともない種族に全員が首を傾げる。
しかし、闘技場でバルサはこう言っていた。
バルサ:
「この世にはね、人間の他にも別の種族が生きているのさ。そして、私と、そこにいるエイラは悪魔族だ。本当はもう一種族いるんだけど、虫唾が走るから言わないわ。あとは……そうね、一つ言うなら二十五年前、あんた達人間は私達、そしてもう一種族の『奴隷』だったのよ」
記憶の断片としてそれを覚えていたダリルは納得したように頷いていた。
ダリル:
「もう一種族とは天使族と呼ばれる種族のことだったのか……」
ミーア:
「えっと続き読むね。『だが、奴隷であった人族はあろうことか反乱を起こした。その反乱の先頭に立っていたのがゼノ・レイデンフォートである』」
ゼノ、という単語に今度は全員が改めて驚きを見せる。
ダリル:
「……言葉ではあまり実感が無かったがこう文献で見せられるとゼノ様は本当に凄い事をしたんだと思わされるな」
メリル:
「えぇ、普段は全然そんな雰囲気ないのにね」
ミーア:
「うん、ただの親バカだと思っていた……」
ゼノはミーアに対して激甘なのである。だからこそミーアは全然文献に出てくるゼノと記憶の中のゼノがかみ合わなかった。
だが、顔を振ってその両方を追い払う。
ミーア:
「まぁいいや、続き続き。『そして、驚くべきことにその反乱へ天使族が協力した。奴隷として扱っていた人族を対等だと、天使族は見なしたのである』。へー、天使族、良い人達だね!」
ミーアがそう言うが、続きが気になっていたダリルはミーアへ答えることなく続きを読んだ。
ダリル:
「『やがて天使族と人族対悪魔族の聖戦が行われた。そして、その聖戦はまさかの引き分けで幕を下ろしたのだった』か。二対一なのにそれでも引き分けとは、悪魔族はそれほど凄まじい武力を誇っているということか……」
ミーア:
「もう、わたしが読むってば! 『聖戦後、三種族は共存は不可能とし世界を三つに分かつことを決めた。正確には世界をもう二つ創造することに決めたのである。それが魔界と天界であった』。世界を作るって凄くない!? どんな原理なの!?」
メリル:
「まぁ、現にこうして魔界にいるわけだし、信じられないけど事実なのでしょうね」
ミーア:
「魔法なのかな、凄い気になる……。で、『悪魔族は魔王ベグリフと共に魔界へ移り住み、そして天使族は王家ハートの三姉妹、シノ、エクセロ、セラに率いられて天界へ』……ってあれ、セラ? お母さんと一緒の名前だ」
突如出てきたセラという名前にミーアが首を傾げる。ダリル達も同様であった。
そして全員にある予感が訪れるのだが、ダリルとメリルはそれを信じられなかった。しかし、ミーアはそう思えてならないのであった。
ミーア:
「……もしかしてお母さんって―――」
ダリル:
「いや、偶然だろう。セラって名前、おそらくいくらでもいる」
ミーア:
「でも、お父さんと結婚する前のお母さんの旧姓って聞いたことある?」
ダリル:
「……それはないが」
そこへ、ミーアが昔の記憶を呼び起こしながら告げる。
ミーア:
「確か、『ハート』って言ってた気がする」
昔、一度だけミーアはセラとそんな会話をした覚えがあるのであった。かなり昔のことでうろ覚えであるが、ミーアとしてはそう言っていた気がする。
ミーア:
「それに、お母さんってあんまり城にいないし! もしかしたらいない時は天界にいるのかも!」
ミーアの主張はつまりこうだ。
カイとミーア、デイナ、ライナスの母でありゼノの妻でもあるセラが、「天使族の王女」だと言っているのだ。
ダリルとメリルは顔を見合わせるが、流石に信じられず苦笑した。
ダリル&メリル:
「いやいやまさか、ねぇ?」
ここで先に言っておくならば、ミーアの主張は間違っていた……ある一点において。
………………………………………………………………………………
エリスは先程から驚愕の事実等々に驚かされてばっかりだったのだが、ついに一番の驚きが訪れた。
エリス:
「なっ、カイのお母さんが……天界の女王様!?」
その言葉に反応するように、エリスの目の前でセラ・レイデンフォート改めセラ・ハートは、天界の《女王》は穏やかに微笑したのだった。
そう、ミーアの主張は間違っていた。
セラは天界の王女などではない。女王なのである。
そんな王都アイレンゾードの路地にて、ダリルはひっそり姿を隠して待ち人を待っていた。
と、そこへ同時にメリルとミーアが合流する。二人が来た方向は別々であった。
ダリル:
「来たか二人共。どうだ、何か情報は手に入ったか?」
ダリルの問いに二人共頷いて見せる。
メリル:
「まぁね。その様子だとミーアもある程度手に入れたみたいだけど……何それ?」
メリルのその問いは、ミーアが抱きかかえていた藍色の大きな本に対するものであった。
結構な大きさであるそれをダリルとメリルへ見せつけるように突き出してミーアが答える。
ミーア:
「これなんだけどね! お店の悪魔のおじさんがくれたの!」
メリル:
「悪魔のおじさんがって……」
メリルが苦笑する。
三人の認識として、悪魔族が必ずしも全員悪い敵だとは言えなくなっていた。聞き取りにあたってどの悪魔族も優しく対応してくれていたのである。
ダリル:
「ミーア、くれたとはどういうことだ? その口ぶりからして買ったわけではないのだろう。こちらの世界と我々の世界の通貨はどうやら違うようだし」
ダリルの問いにミアが頷く。
ミーア:
「うん、買ったんじゃなくて言葉通り貰ったんだよ! なんかね、聞き込み調査してたら愛想のいいお店のおじさんに話しかけられてね、『可愛い子ちゃん、おまえさんさっきから魔界について色々尋ねているそうじゃないか』って言われたの!」
ダリル:
「まさか人間だとバレたのか!?」
ミーア:
「ううん、わたしも怪しまれたのかなってドキドキしてたんだけど、そしたらそのおじさんがこの本をくれたの!」
そう言ってミーアが再び本を天に高く掲げる。
ミーア:
「『ちゃんとお勉強するんだよ!』だって! 折角のご厚意だしお勉強しよっか!」
ミーアが満面の笑みでそう告げるのに対して、ダリル達は苦笑いだった。
ダリル:
「結構危なかったな……」
メリル:
「今回はミーアの幼さの勝利だったみたいね」
ダリル:
「あぁ、子供っぽさが役に立つとはな」
ミーア:
「……二人共、幼いだの子供だの誰のこと言ってるのかなー?」
ミーアからどす黒いオーラが噴き出している錯覚に襲われたダリルはすぐさま話を逸らした。
ダリル:
「さ、さて、それではその本は最後に読むことにして、まずはお互いの調査結果を報告し合おうか」
続けてダリルが自らの結果から話していく。
ダリル:
「まず私から言わせてもらうが、どうやらエイラの処刑は明後日ではなく明日のようだな。公表されたのが昨日だったわけだ」
メリル:
「……でもあれよね、私達が魔界に来てからまだ一日も経ってないはずでしょ? あたし達、エイラ達の後をすぐ追って魔界に来たんだし、エイラ達も今日魔界に着いたはずじゃない? どうして昨日の時点でエイラが捕まった体で話を進めているのかしら」
メリルの疑問はもっともで、それに関してはダリルも前から考えていた。
ダリル:
「……考えられる可能性としては二つ。一つは処刑の期日までにエイラを連れて帰る自信があった。だがこれは可能性としては低いだろうな。あまりに賭け過ぎる。そしてもう一つの可能性としては、私達がこちらへ来るために通った一本道が考えられる」
ミーア:
「どういうこと?」
ミーアが首を傾げる。メリルも似た反応であった。
ダリル:
「……これも推測でしかないが、あの一本道のあった空間、体感では数時間だったと思うがあの空間とこの世界の時間の流れは違うのかもしれない。つまり、あの空間での数時間がこちらでは一日ということだ」
ダリルの推測にメリルが理解を示す。
メリル:
「なるほどね。でも、ということはエイラ達は時間のズレなく魔界に到着したということよね。あの空間に行ってないのかしら。悪魔だからかしらね」
ダリル:
「それは分からないが、我々が歓迎のされない客人であるのは確かだからな。そういう理由もあるかもしれん」
ダリルはそう言うが、結局全て推測でしかないため話はここで止めることにした。机上の空論でしかないのである。
ダリル:
「で、メリルはどうだった?」
話を振られて今度はメリルのターンに変わる。
メリル:
「あたしはね、魔将について聞いてきたわ。どうやら魔将は他の悪魔族とは別格の存在みたいね。目が黒く赤くするのは魔将レベルの悪魔だけだそうよ。それに、魔将は一段階上の形態を持っているんだって」
魔将、と言われてダリルはバルサのことを思い出していた。バルサは確かに四魔将であると述べており、目は人間のそれとは異なっていた。それに、ベルセイン状態のカイの攻撃を難なく受け止めていたが、どうやらバルサにはさらに一段階強くなる方法があるらしい。
難しい表情でダリルが呟く。
ダリル:
「……正面から戦って勝てる相手じゃないのかもしれないな」
と、そこへミーアがメリルへ質問する。
ミーア:
「ねぇねぇ、その言い方だと悪魔族達は例外なく翼を普通に持ってるの?」
メリル:
「えぇ、そうみたい」
ミーア:
「でも、今まで会ってきた悪魔達は全然翼なんて生やしてなかったけど」
ミーアの言う通り、見た目が人間と変わらない彼らに翼なんて当然生えていなかった。
メリル:
「あぁ、それは何でも翼があると邪魔で日常生活に支障をきたすから仕舞ってるんだって。戦闘時はちゃんと翼を広げるらしいわ」
そう説明してから、メリルは以上と話を終える。
メリル:
「ミーアはどうだったの? なんか有力な情報得られた?」
ミーア:
「わたしはね、エイラの処刑の場所と時間かなー。時間の考え方はわたし達の世界と一緒だったけど、空はずっとこんな感じだし時間の流れとか全然分かんないね」
ミーアが禍々しい赤色の空を見上げてそう言う。
ダリルは三人の情報を踏まえて、状況の困難さを理解していた。
ダリル:
「やはりエイラの監禁場所等の情報は出回っていないか。どうする、正面から戦えばおそらく私達は負けるだろう。バルサという魔将曰く魔将は四人いるらしいからな。勝ち目はないと言ってもいいかもしれない」
メリル:
「奇襲、しかないでしょうね。それもエイラが処刑場に運ばれる瞬間。きっとそれ以外にチャンスはないと思う」
ミーア:
「明日までにお兄ちゃんとか皆集まるよね?」
ダリル:
「おそらく全員がここを目指しているはずだ。だからきっと何とかなるとは思うが……」
そうは言うものの相手の力が未知数な今、全く先の出来事が読めなかった。
ダリルとメリルの眉間に皺が寄っていく。
と、そこへミーアが藍色の大きな本を突き出した。
ミーア:
「はいはい! とりあえず調査報告は終わったことだしこの本を読もうよ! 息抜きにね!」
ミーアの提案にダリルとメリルは顔を見合わせ、苦笑しながらミーアの傍へ寄っていった。
ダリル:
「まぁ、息抜きにな」
そう言ってダリルが本の表紙に書かれているタイトルを見る。それは人間界と全く同じ文字で描かれていた。
ダリル:
「『三つの世界』……?」
メリル:
「……息抜けたらいいけれどね。きっと驚くことが一杯書いてあるんじゃないかしら」
ミーア:
「とにかく読んでいくよ!」
そう言ってミーアがページをめくり、序章と書かれた部分を読み始める。
ミーア:
「えっとどれどれ。『知らぬ者の方が少ないと思うが改めて言わせてもらえば、世界には三つの種族が住んでいた。悪魔族、天使族、そしてその二種族の奴隷であった人族である』。天使族?」
聞いたこともない種族に全員が首を傾げる。
しかし、闘技場でバルサはこう言っていた。
バルサ:
「この世にはね、人間の他にも別の種族が生きているのさ。そして、私と、そこにいるエイラは悪魔族だ。本当はもう一種族いるんだけど、虫唾が走るから言わないわ。あとは……そうね、一つ言うなら二十五年前、あんた達人間は私達、そしてもう一種族の『奴隷』だったのよ」
記憶の断片としてそれを覚えていたダリルは納得したように頷いていた。
ダリル:
「もう一種族とは天使族と呼ばれる種族のことだったのか……」
ミーア:
「えっと続き読むね。『だが、奴隷であった人族はあろうことか反乱を起こした。その反乱の先頭に立っていたのがゼノ・レイデンフォートである』」
ゼノ、という単語に今度は全員が改めて驚きを見せる。
ダリル:
「……言葉ではあまり実感が無かったがこう文献で見せられるとゼノ様は本当に凄い事をしたんだと思わされるな」
メリル:
「えぇ、普段は全然そんな雰囲気ないのにね」
ミーア:
「うん、ただの親バカだと思っていた……」
ゼノはミーアに対して激甘なのである。だからこそミーアは全然文献に出てくるゼノと記憶の中のゼノがかみ合わなかった。
だが、顔を振ってその両方を追い払う。
ミーア:
「まぁいいや、続き続き。『そして、驚くべきことにその反乱へ天使族が協力した。奴隷として扱っていた人族を対等だと、天使族は見なしたのである』。へー、天使族、良い人達だね!」
ミーアがそう言うが、続きが気になっていたダリルはミーアへ答えることなく続きを読んだ。
ダリル:
「『やがて天使族と人族対悪魔族の聖戦が行われた。そして、その聖戦はまさかの引き分けで幕を下ろしたのだった』か。二対一なのにそれでも引き分けとは、悪魔族はそれほど凄まじい武力を誇っているということか……」
ミーア:
「もう、わたしが読むってば! 『聖戦後、三種族は共存は不可能とし世界を三つに分かつことを決めた。正確には世界をもう二つ創造することに決めたのである。それが魔界と天界であった』。世界を作るって凄くない!? どんな原理なの!?」
メリル:
「まぁ、現にこうして魔界にいるわけだし、信じられないけど事実なのでしょうね」
ミーア:
「魔法なのかな、凄い気になる……。で、『悪魔族は魔王ベグリフと共に魔界へ移り住み、そして天使族は王家ハートの三姉妹、シノ、エクセロ、セラに率いられて天界へ』……ってあれ、セラ? お母さんと一緒の名前だ」
突如出てきたセラという名前にミーアが首を傾げる。ダリル達も同様であった。
そして全員にある予感が訪れるのだが、ダリルとメリルはそれを信じられなかった。しかし、ミーアはそう思えてならないのであった。
ミーア:
「……もしかしてお母さんって―――」
ダリル:
「いや、偶然だろう。セラって名前、おそらくいくらでもいる」
ミーア:
「でも、お父さんと結婚する前のお母さんの旧姓って聞いたことある?」
ダリル:
「……それはないが」
そこへ、ミーアが昔の記憶を呼び起こしながら告げる。
ミーア:
「確か、『ハート』って言ってた気がする」
昔、一度だけミーアはセラとそんな会話をした覚えがあるのであった。かなり昔のことでうろ覚えであるが、ミーアとしてはそう言っていた気がする。
ミーア:
「それに、お母さんってあんまり城にいないし! もしかしたらいない時は天界にいるのかも!」
ミーアの主張はつまりこうだ。
カイとミーア、デイナ、ライナスの母でありゼノの妻でもあるセラが、「天使族の王女」だと言っているのだ。
ダリルとメリルは顔を見合わせるが、流石に信じられず苦笑した。
ダリル&メリル:
「いやいやまさか、ねぇ?」
ここで先に言っておくならば、ミーアの主張は間違っていた……ある一点において。
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エリスは先程から驚愕の事実等々に驚かされてばっかりだったのだが、ついに一番の驚きが訪れた。
エリス:
「なっ、カイのお母さんが……天界の女王様!?」
その言葉に反応するように、エリスの目の前でセラ・レイデンフォート改めセラ・ハートは、天界の《女王》は穏やかに微笑したのだった。
そう、ミーアの主張は間違っていた。
セラは天界の王女などではない。女王なのである。
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挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。
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