妻が聖女だと思い出した夫の神官は、何もなかったことにして異世界へ聖女を連れ戻すことにした。

ありま氷炎

文字の大きさ
21 / 27
3章 神隠れ

21 ジャファード動く

しおりを挟む
 ジャファードに理解してもらい安堵していたが、それと悟られるのは不味いので、江衣子は暗い表情のまま聖女の部屋に戻り、湯あみ、夕食を終わらせる。昨日と異なり食欲はあったが、ここで食べてしまうと何かがあったと悟られてしまう。
 なので空腹を我慢して凌いだ。
 早めに休むといってベッドに入り、彼女は侍女が出ていくのを待つ。
 ジャファードの「夜に来る」という言葉を信じて、ベッドの中で眠気と戦った。けれども昨夜寝ていないため、彼女は完敗。
 眠りに落ちたところで、起される。

 目を開いたらそこにいたのはジャファードで、悲鳴を上げそうになったので、彼に口を押えられた。

「ごめん」
「こっちこそ、遅くなったな」

 お互いにそう言い合い、苦笑する。
 聞き耳をたてられているかもしれないので、かなり近づいて言葉を交わす。ベッドの上ということもあり、江衣子的にはかなり照れているのだが、ジャファードは平気そうであった。

(なんか、自分だけが好きみたいだ。っていうか、自分だけかもしれないなあ)

 そんなことを思い凹みかけるが、江衣子は気を取り直した。

(今はミリアのこと。馬鹿なことは考えない!)

「江衣子。ミリアが誘拐されていて、彼女を餌に取引を持ち掛けられている。この理解であっているか?」
「うん。取引というより、脅しだけどね」
「そうだな。その内容はどんなものなんだ?」
「新王に現国王の弟ウォーレンを即位させるという神託があったと嘘をつくこと」
「新王……、ウォーレン……。そういうことか」
「え?どういうこと?」
「西の神殿長をけしかけたのはこのウォーレンだ。まあ、なんで神託する聖女を殺そうとするかはわからないが。とりあえず西の神殿長とウォーレンは繋がっているだろう」
「ミリアは、このウォーレンのところにいるの?」
「どうかな?違うところに監禁していると思うぞ」
「違うところか……。その場所がわかれば何かできるかもしれないのに……」

 江衣子のつぶやきにジャファードが何かを思いついたように目を開く。

「チェスターに相談してみる。奴なら何かわかるかもしれない」
「チェスターに?」
「うん。今は実家に戻っているけど、ここから遠くないようだから、行ってくる」
「今から?」
「うん。早い方がいいだろう」
「ありがとう」
 
 ジャファードの体のことも心配であったが、捕まったミリアのことはもっと心配だった。

「明日は休もうかな。そうすれば、ジャファードも休めるでしょ」
「そうだな。そうしてくれると助かる。チャスターに相談したら不審がられないようにすぐには戻ってくるつもりだけど……。とりあえず江衣子はもう休め。昨日寝てないんだろう?」
「あ、うん」
「じゃ、おやすみ」
 
 頭を撫でられ、驚いているとジャファードは窓に近づくとひょいっと外に出た。
 声を出しそうになったが必死に押さえて、窓に近づく。
 彼は窓の外の小さな出っ張りの上に乗っていた。どうやらこれを伝ってこの部屋に入り込んだらしい。
 窓から見下げる彼女に気が付いたジャファードは手を振る。

(危ない!)

 それがとても危なっかしくて、江衣子は彼が無事に別の棟の部屋に入り込むまで眺めていた。

  


 チェスターの実家アレナス家は王都にあり、大神殿から馬で10分ほどだ。徒歩では1時間程度で、ジャファードは屋敷についた。

(……馬鹿か。俺は。貴族の家にアポなしでこの時間に訪問して入れてもらえるわけがない)

 浮かれていたのか、どうなのか、ジャファードは自らの行動に頭を抱えたくなった。
けれどもやはり神はいるらしい。
 屋敷の周りをウロウロしていると、突然腕を掴まれた。抵抗しようともがいているとそれがチェスターであることに気が付いた。

「不審者確保~」

 チェスターはにやにや笑いながらそう言って、抜け穴から屋敷に彼を案内した。

「とりあえず大きな声は出すなよ。後はお茶は出せない」
「わかっているよ」

 お互いに小声で言い合ってから、まずはジャファードが要件を話す。

「知っ!」

 聞き終わった後「知ってる」と答えられ、驚いて大きな声を出しそうになった彼の口をチェスターが押さえる。
  
「だから小声。頼むな。この件はうちの兄貴も一枚かんでいるようなんだ」

 また声を出しそうになり、チェスターは心配らしくずっと口を押えたままだ。

「俺もミリアが心配なんだ。だから居場所を突き止めたら助けに行こうと思っている」
「俺も付いていく」
「聖女様はどうするんだ?」
「神託をさせる目的がある今、危険はない。だからこうして訪ねて来れてる」

 そう答えるとチェスターが目を丸くした後にやっと笑った。

「俺を頼ってくるとは。友達って認めてくれたんだな。友よ。しかも変な丁寧語もやめてるし。最高だぜ」

 そんな風に喜ばれてジャファードは少しだけ複雑な気持ちになるが、素で話すと決めたので、そのまま続ける。

「どうやって居場所を突き止めるつもりだ?」
「兄貴はすでに行き先を掴んでる。俺に言わないだけだ。だから、兄貴の部屋に忍び込むつもりだ」

 どや顔で答えられ彼は返答に困るしかない。
 だが、その方法が一番早い気がして頷いた。

「俺も手伝うよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

白い結婚のはずでしたが、いつの間にか選ぶ側になっていました

ふわふわ
恋愛
王太子アレクシオンとの婚約を、 「完璧すぎて可愛げがない」という理不尽な理由で破棄された 侯爵令嬢リオネッタ・ラーヴェンシュタイン。 涙を流しながらも、彼女の内心は静かだった。 ――これで、ようやく“選ばれる人生”から解放される。 新たに提示されたのは、冷徹無比と名高い公爵アレスト・グラーフとの 白い結婚という契約。 干渉せず、縛られず、期待もしない―― それは、リオネッタにとって理想的な条件だった。 しかし、穏やかな日々の中で、 彼女は少しずつ気づいていく。 誰かに価値を決められる人生ではなく、 自分で選び、立ち、並ぶという生き方に。 一方、彼女を切り捨てた王太子と王城は、 静かに、しかし確実に崩れていく。 これは、派手な復讐ではない。 何も奪わず、すべてを手に入れた令嬢の物語。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】真の聖女だった私は死にました。あなたたちのせいですよ?

恋愛
聖女として国のために尽くしてきたフローラ。 しかしその力を妬むカリアによって聖女の座を奪われ、顔に傷をつけられたあげく、さらには聖女を騙った罪で追放、彼女を称えていたはずの王太子からは婚約破棄を突きつけられてしまう。 追放が正式に決まった日、絶望した彼女はふたりの目の前で死ぬことを選んだ。 フローラの亡骸は水葬されるが、奇跡的に一命を取り留めていた彼女は船に乗っていた他国の騎士団長に拾われる。 ラピスと名乗った青年はフローラを気に入って自分の屋敷に居候させる。 記憶喪失と顔の傷を抱えながらも前向きに生きるフローラを周りは愛し、やがてその愛情に応えるように彼女のほんとうの力が目覚めて……。 一方、真の聖女がいなくなった国は滅びへと向かっていた── ※小説家になろうにも投稿しています いいねやエール嬉しいです!ありがとうございます!

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

処理中です...