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3章 神隠れ

22 作戦

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「これはどうしたものか?」

 無人と思ったケビンの部屋にはすでに罠が張られており、部屋に入ると扉を閉められ、優雅に椅子に座った部屋の主と対面することになった。

「兄貴!最初から知っていたんだな」
「当然だ。私を誰だと思っている」

 ケビンはにやにや笑いながらそう答え、ジャファードは思わず流石兄弟と思ってしまうくらい似ていた。
 彼の実の兄なので、おかしなことをされないだろうとジャファードは若干リラックスして、二人の様子、そして背後にいるはずのケビンの部下の様子を窺う。

「さて、お前がジャファードか。肝が据わっているな。お前も神官を辞めて私の部下にならないか?」
「兄貴」
「兄上だ。チェスター」

(どういう意味だ?もってことは、チェスターも辞めるつもりなのか?)

「チェスターも彼と共に働く方がいいだろう?」
「俺はジャファードを巻き込むつもりはない。しかも、奴は俺と違ってちゃんとした神官だ!」

 二人はいがみ合い……というか、チェスターが一方的にかみついている印象なのだが、ジャファードはチェスターの言葉に反論する。

「私は神官を辞めるつもりはありませんが、チェスターと共に仕事をしたいと思っています。チェスター、あなたも立派な神官だ。どうして辞めるなんて」
「それは私が命じたのだ。こやつは私に反抗したいがために神官になった。そんな理由は下らんからな」

 ケビンに断言され、チェスターは黙りこくった。

「下らない理由などではありません。私だって生きていくために神官になりました。崇高な考えではありません」

 両親が亡くなり、彼は食い扶持を求めて神殿の門を叩いた。まずは神官になるための基礎学問を身に着けようと神官の下働きの仕事をしながら、教えを請う。そうして試験を受けて神官見習いになり、15歳で1人前の神官になったのだ。
 門を叩いた時に彼には神の教えなど全く考えてもいなかった。

「……なるほどな。チェスター。お前はまだ神官を続けたいか?」
「はい」
「なら、私のいう事を聞け。そしてジャファード。お前もだ。ミリアという侍女のことはこちらに任せておけ。命は守る」
「命は、ですか?」
「ああ」

 ジャファードは女性の身で捕まった場合に辱めなどを受ける可能性も考え、眉を潜める。

「私はあなたのいう事は聞けません。聖女様の侍女にこれ以上苦しい思いをさせることは、聖女様の想いを踏みにじることです。ましてや侍女に深い傷を負わせてしまうかもしれません。時として心の死は、肉体の死より重いです」
「言うな……。だが、今救出するとすべてが無駄になってしまうのだ。奴らが牙をむいた瞬間を捉える必要がある。」
「兄上。その牙をむく瞬間というのは神隠れの時なのか?」
「そうだ」
「まだ2週間もある。待てません」

 ジャファードはケビンの答えにすぐに拒否を示す。

「時期を早めることはできないのか?」

 チェスターは何か思いついたようにケビンに尋ねた。

「どういう意味だ?」
「神隠れの時を演出するやり方がある」

 訝しげに聞き返した兄にチェスターがにやりと笑う。

「そうか!神殿の中心なら可能です」

チェスターの思い付きに、ジャファードが相槌を打つ。
顔を見合わせる二人に対して、ケビンは怪訝そうな顔をしたままだった。

*

「ごめんなさい。今日はちょっと体調が悪いの。部屋で休んでもいい?」

 朝起しにやってきた侍女に、江衣子はそう言って少しだけ不審そうな顔をされたが吐きそうな演技をしてごまかした。
 実際食事をあまりとっていないこともあり、眩暈がしているのは事実だった。

(本当、ジャファードに何か持ってきてもらいたい)

 侍女に疑われないように朝食を少しだけ食べてから、横になる。
 しばらく見張るように見ていた侍女だからすぐに部屋からいなくなった。

(ああ、いなくなった。でも部屋の外にいるんだろうなあ)

 憂鬱に思いながらも、昨晩ジャファードを話したことで気持ちが楽になっていた江衣子は、ベッドで横になっているうちに眠ってしまう。

「江衣子」

 そんなわけで熟睡しきっていて、ジャファードに耳元で名を呼ばれベッドから跳ね起きてしまった。

「ごめん。驚かせたか?」
「びっくりした。ちょっと寝てしまってごめんなさい」
「いや、いいよ。ほら、飲み物」

 ジャファードに柔らかく微笑まれ、江衣子は照れた自分の顔を見えないようにそっぽを向いた。そうは言っても隠しているわけじゃないので、丸見えなのだが……。
 彼はベッドの傍のテーブルに水の入ったグラスを置き、彼女の手に手紙が握らせる。
 驚いて彼を見ると、静かにしてというように唇に指を当たる動作をしていた。頷いて彼女は手紙を開いた。

「今日は部屋で経典でも読むか?少しでも読んでいたほうがいいかもしれないな」

 ジャファードは手紙に目を通す江衣子に聞かせるわけでもなく、むしろ部屋に外で耳を澄ましているだろう、侍女に向かって話す。

「そうね。ちょっと体調がよくなったらそうしようかな」
「無理はしないようにな」
「うん」

 そんな会話をしながら、江衣子は手紙を読み続けた。

 手紙には昨日チェスターとその兄と会ったこと。真相はすでに王側に伝わっており、黒幕を一斉に捕まえるため、今すぐはミリアを救出できないこと。2週間では長すぎるのでこちらから罠を張ること。それは神隠れの時期を早めることで、予定では4日後ということだった。ミリア救出も4日後に行われる。

「ジャファード、ちょっと経典を持ってきてもらってもいい」
「大丈夫なのか?」
「うん。少し体調がよくなったから」

 言葉でそう言い、仕草で伝えたいことがあると知らせる。
 ジャファードは頷き、経典を本棚から取り出し彼女に渡した。

 ――あ・り・が・と・う

 そう経典の平仮名を指さすと、ジャファードは返事を返す。

 ――と・う・ぜ・ん・だ

 同時に彼は微笑み、江衣子は自分の気持ちに泣きたくなった。

(ミリアが大変なのに、こんな風に会話できることを喜ぶなんて駄目だ。4日後には暗唱できるように頑張る。ミリアもその日には救出されるんだから)

「経典の暗唱頑張るから」
「無理はするなよ」

 二人は最後にそんな会話を交わし、ジャファードは手紙を再び回収してから部屋を出て行く。

(ミリア。待っていて。4日は長いけど。助けがいくはずだから)

 そうと決まればやることは決まっていると、彼女はジャファードが持ってきた水を飲み干すと、経典を暗記し始めた。

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